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中世ファンタジー世界の甲冑を考える

はじめに

この記事では各種創作で流行を極める中世ファンタジー世界において使用される甲冑がどのようなものになるか考察する。この領域で創作をされる方々の助けになれば幸いである。なお、筆者の科学知識は中学生程度なので拙い部分がある点はご承知おき頂きたい。

世界観を考える

中世ファンタジーとはここでは「鋼鉄の甲冑に身を包んだ騎士」「弓使い」「魔法使い」が共存するヨーロッパ風の世界で、技術レベルは我々の世界の中世末期程度であると定義する。また、考察の簡略化のため銃は発明されていないものとする。

次に、使用する魔法を定義する。魔法の種類は無数に思いつき、組み合わせによって全く違う歴史が形成される事が予測される。よってここでは話を簡略化するために最も想像しやすい「ファイアボール」が軍事面において主流をなす魔法であると定義する。

このファイアボールの性能を以下のように設定した。()内にはそう設定した理由を示した。

1. 直径10cmほどの火球を生成し、時速80km程度で直線上に飛ばす。(目視してギリギリ回避・防御可能な速度だが逃げる騎兵には追いつける程度。あまり速いと弓兵のアドバンテージが消える)

2. 拡散しながら飛翔し、有効射程は50mを超えないものとする。有効射程限界では火球の直径は40cm程度まで広がる。(これ以上長いと弓兵のアドバンテージが消える。また直径がこれを超えると範囲攻撃として成立してしまい考察が面倒になる:人間の肩幅は43cm程度)

3. ある程度の密度をもつ物体に当たると急速に拡散しながら数秒燃え続けるが、40cmを超えて拡散した部分は人体にダメージを与えない程度に温度が下がるものとする。(範囲攻撃として成立するため同上)

4. 火球の温度は1500℃を超えないものとする。(鉄の融点が1536℃。それでも甲冑の強度を減じ、人体に損傷を与えるのに十分な温度)

5. 魔法的な防御は一切不可能である。物理的に対処するしかないものとする。

以上。技術レベルと弓兵と共存するという縛りがあるとこのようになると思われる。

ではどうなるか

我々の世界の騎士は、15世紀には甲冑が射撃に対する強力な防御力を獲得したため「盾を捨てる」という判断に至り、両手武器が主流となった(有効な射撃は巻き上げ式弩の直射と、その時代において先行している銃と砲程度)。

しかしファイアボールが存在するとどうか? 甲冑の中に着込むギャンベゾンという綿入れは当然引火点が低く、鉄は熱伝導率が良いため、ファイアボールが甲冑に直撃してしまうとギャンべゾンに引火し内側から焼かれる可能性がある(甲冑内部の酸素が少なければ燃えない可能性はあるが、汗を吸ったギャンベゾンが加熱されるかもしれない)。かといってギャンべゾンを着なければただの鉄板焼だ。また、ヘルムのスリットから入り込んだ炎や熱い空気で肺を焼かれるかもしれない。そこで、盾を用いてファイアボールの熱を身体から遠ざけるのは合理的判断に思える。この場合、盾は薄い金属製(物理攻撃を防護する必要はなく、放熱効率の関係で薄くて良い)で、すぐに放り捨てられるようにセンターグリップ式(盾中央部についたグリップを握って保持する方式)が選択されるだろう。あるいは物理防御を諦め使い捨てる前提ならば木製盾でも良いかもしれない。甲冑本体に関しては、甲冑の放熱能力を上げる事によって熱によるダメージを最小限に抑えようとする努力も無駄とは思えない。

これらを勘案すると、この世界の甲冑はこのように進化するだろう。

放熱の効率を上げるために甲冑は薄い必要があり、かつ投射兵器、近接武器に対する防御を維持するためにマクシミリアン様式が選ばれるだろう。これは鉄板に畝状の模様を付与する事によって強度を増し、また鉄板の端をΩ状に折り曲げる事によって曲面部に張力を付与し強度を増した形式だ。

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wikipediaより画像引用

この様式で甲冑表面に付与される畝は、偶然にも表面積が増える事によって放熱効率の向上が期待出来るかもしれない。足りなければ放熱用のフィンが装着されるかもしれない。さらにヘルムについて言及すれば、熱された空気が肺に入り込む事を防ぐために、我々の世界では馬上槍試合でしか使われなかったフロッグマウスヘルム(顔を下げていれば正面の視界が確保されるが、顔を正面に向けると正面に開口部が一切なく顔面が完全に防護される)を着用するのは合理的な可能性がある。

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wikipediaより画像引用

これらの装備により、必然的に使用する武器は片手武器となる。敵騎士との戦闘を考えた場合、プレートアーマーの装甲部に対して物理攻撃はほとんど通らないため、隙をつくなり組討で打倒してからプレートの隙間を突く事になるだろう。そうなると組討での利便性を考えて、武器は片手剣が選択されるはずだ。

まとめるとこうだ。

頭:フロッグマウスヘルム
胴:マクシミリアンアーマー(フサリアの羽のようなフィンがついてるかも)
利き手:片手剣
オフハンド:金属盾

普通に中世ファンタジーものでありそうでは!?

ついでに氷魔法についても考えてみよう。プレートアーマーはその熱伝導率の良さが仇となり、冷却には弱い可能性がある。例えば甲冑に損傷がなくとも、鉄板が汗だくのギャンベゾンの熱を奪い凍ってしまい身動きがとれなくなる、などが想像される。そうなると革鎧やブリガンダイン(革鎧の裏に鉄の小札をリベットで留めたもの)、スケイルアーマー(ブリガンダインの逆で革鎧の表に鉄の小札を縫い付けたもの)の方が冷却に対しては強いかもしれない。

こうして考えてみると驚くべきことに、中世ファンタジーものでよくある「時代遅れの甲冑がプレートアーマーと共存している」という状況に一定の合理性が付与される。

注釈:ブリガンダインが使われたのは14世紀、マクシミリアンアーマーが使われたのは16世紀初期とおよそ250~300年の開きがある

ただ電撃魔法だけはゴムなどの絶縁物質が開発されるまでどうしようもないかもね。

結論

以上の考察により、魔法対策を考えると幅広い種類の甲冑が選択されうる事がわかった。「これはトーナメント用の甲冑だから実戦では使わないよ」「なんでプレートアーマーと時代遅れのブリガンダインが共存してるの」などのツッコミは、魔法の存在によって意味を為さなくなるのだ。

そういうわけで、中世ファンタジー領域において創作をされる諸賢においては、あまり深い事考えずに出したい甲冑を出せば良いと思う。

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