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モノづくりの解像度の話

デザイナーの仕事のコアは、クライアントやユーザーが考える漠然としたイメージやビジョンの解像度を高めることだと思う。

たとえば、ユーザーの観察した「概念の解像度」がこれぐらいだったら…


それを精緻化して、これぐらい「概念の解像度」を高めて代弁するのが、デザイナーの役割だと思う。


ところがよくある残念なシナリオとして、一歩さがって俯瞰してみると…実はこんな風になっているケースも多い。


全体傾向として、「自分の見える範囲、担当する範囲の解像度を最大化すること」に囚われるケースが多いように思える。ビジネスのゴールを犠牲にしてまで、美しくしたり…とか、表現のために接続速度を犠牲にしてコンバージョンを下げたりといったシナリオだ。

大きな傾向として、細部に注視して精度を高める方向に特化傾向があり、全体を俯瞰することが相対的に苦手なように見える。俯瞰ができないというよりは、俯瞰よりも細部に集中する傾向がある。


多くの実務では、一部が完璧にクリアなことよりも、「全体が均一にボケているけども、総体として把握できる」がベストケースだったりもする。


プロダクトではなくサービスとして、総体で物事を考えた場合、特定の部分だけズバ抜けて解像度が高いことよりも、全体が統一された品質であることが大事なケースも多い。(もちろん、その逆として「意図的」に一点突破するシナリオはありえる。)

スタートアップやサービス系を見ていると、クリエイターのクリエイティビテティの発露が優先され、ビジネスを破壊してしまうケースが残念ながら多くある。

デザインや観察の解像度というと、微細さの方向にアンテナも議論も走りがちだけど、全体の分散や標準偏差方向の解像度はもっと議論されるといいなぁと思う。

そんなことをたまに考える。

いただいたサポートは、コロナでオフィスいけてないので、コロナあけにnoteチームにピザおごったり、サービス設計の参考書籍代にします。