土曜ドラマ『みかづき』メモ

NHKで土曜の夜にやっていた5話完結ドラマ『みかづき』の感想。NHKのドラマは『落語心中』といい、『透明なゆりかご』といい、見逃しがちなので、今回は見逃さずに済んでとても嬉しいな、と思いながら観た。

高橋一生と永作博美が夫婦で、塾経営の草分けとしての生涯を綴った作品。原作は森絵都の『みかづき』という同名小説。小学校高学年の時に森絵都の小説にどっぷりと浸かっていたわたしとしてはそこも楽しみだった。
とはいえ、『風に舞い上がるビニールシート』のあたりから『カラフル』や『DIVE!!』のように子供の心に沁みる作品から、大人の女性の心に沁みる作品へと徐々に変化して行ってから、あまりきちんと読んでいないので、『みかづき』は未読。

どんな話かな、と思って観てみたらあの頃よりずっと世界は広がっていた。なんというか、個人から人と人との関係を大きく描くという変化があったのかもと思った。
同じように小学生の頃読んでいた桜庭一樹の作品も、『砂糖菓子の弾丸は打ち抜けない』から『ファミリーポートレート』や『赤朽葉家の伝説』へと、世界が広がった、と思って読んでいたけどそんな感じが少しした。
と言いつつ、まだ原作は読んでないのですが。

題材は、朝ドラでありそうといえばありそうな話。教育という共通項をもとに出会った若い2人が、塾を経営して変化していく話で、娘たち、孫と、親子3代のこともその中で語られていく。
それが1時間ドラマ5本という尺で、ある意味さっぱりと語られていく。
もちろん、その場その場の登場人物たちの想いというのは、きちんと表現されているが、そこに執着しない感じがあるのだ。
想いの表現は、言葉や小さなエピソードや演技に集約されていて、尺をどれだけ割くかとか、1時間のうちのどこにそのシーンが配置されるか、みたいな方法ではない。

そんな『みかづき』で、これは忘れたくないなと思ったシーンがあった。3話で夫婦の間に生まれてくるすれ違いの表現だ。
直接的な2人のぶつかり合いよりも、2人の行動や言動が遠回しにそのすれ違いを表現していて、見事だなと思わされる回なのだが、一番良いのはパンのシーンだ。
塾を大きくして生徒を集め、他の塾との競争に勝つために塾経営に勤しむ妻と、塾同士の競争と受験のための勉強に違和感を抱き、そうではない教育論を広く伝えたいと執筆に勤しむ夫のすれ違い。そして夫の背後には女の影。そんな状況がパンを通して綺麗に対比される。
賑やかな喫茶店で原稿用紙に書き付ける夫の向かい側に、教育論の執筆を薦め、編集者の知り合いまで斡旋してくれた女性が座る。彼女はサンドイッチを彼の口元に運び、彼はそのサンドイッチにかぶりつく。
そして場面は切り替わり、真っ暗な塾の事務所に卓上の電気のみをつけて、1人でガリガリと机に向かう妻。彼女は袋に入った食パンを、書く手は止めずに貪るように食べる。
書くという同じ行為をしながらも、その思想は相反していて、場所も、一緒にいる人も、そして食べるものも、似通っているようで決定的に違う。ここで、2人のすれ違いをまざまざと思い知らされるのだ。

このシーンを観られただけでも、観た甲斐があったなという気持ちになる良いシーンで、ドラマ全体も良いドラマだった。

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