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ネズミ捕りの男の証言:地下水道に潜むもの

あれはたしか、今日みてェに月がやけに明るい夜の事だったっけ…。

あの日あっしは、いつもの様に宿屋(踊る案山子亭)の主人に頼まれて、ネズミを――いやね、その主人の名前はウーゴ、っていうんですがね。いやァ、あの人は使いが荒くていけねェや。ねずみが出たらいつもあっしを頼るくせに、いざ仕事がおわったらちょっとだけの銅貨とエールを一杯くれるだけなんでさ。そのくせ、一匹でも捕まえ損ねると、まるで真っ赤なオウガみたいに怒鳴り散らすもんで、そりゃ面倒な男で…。

――え? あぁ、すいやせん。あの話の事でしたね。

それでね、あっしはあの日の夜も、いつものように宿屋の貯蔵庫で罠をしかけたり、走り回るネズミを捕まえたりしてたんでさ。ほら、旦那は学者サンだからご存知でしょ。ここは港町なもんで、毎日いくら潰しても、船荷から潜り込んできてはすぐ増えっちまうんでさァ。ま、そのお陰であっしも食い扶持に困らずいれるんですがね。

でね、その日はやけにネズミが多くて大変だった。いくら捕っても全然減らなくてね、こりゃウーゴの親父にエール3杯は飲ませてもらわにゃ、なんて考えながらカゴに入れたり吊るしたりしてたんでさ。

…そしたらですよ旦那。よく見たら貯蔵庫の奥っちょにあるワイン棚と壁の間からヤツらがチョロチョロ出てくるのが見えたんでさ。それを見てあっしはピンと来た。あーこりゃ町の地下水道からの穴が空いちまってるぞ、って。たまにあるんでさ、そういう事がね。ありゃ一昨年の出来事だったか、鍛冶屋のザシャの作業場ん時は、恐ろしくデカい蛇が出てきてそりゃ驚いたもんでさ。

で、こういう時は、とにかく穴を塞がないことにはキリがねェ。だもんで、ワイン棚をヒィヒィ言いながらずらしたんでさ。こりゃ更にもう1杯エール追加してもらうぞってね。ありゃね、ほんとに骨が折れたんですよ旦那。それで、まぁちょいと時間はかかりましたけどね、なんとか人ひとりが入れるくらいの隙間が出来たんで覗きこんだんでさ。そしたら案の定、まあでっかい穴が空いてる。ホレ見ろやっぱりって、あっしは急いで板っ切れをもらってきて穴をふさぐ作業に取り掛かったんでさ。本当はしっかり石なりレンガなりで塞ぐのがいいんですがね、取り急ぎの処置ってやつで。

…あっしが旦那にお伝えしたかったのはここからの話で。

ワイン棚の裏に潜り込んで、穴に近づいたら、穴の先の向こうから、なんだか音がする。…へェ。こういう仕事をしてるもんで、この年でも耳には自信がありますよ。でね、よーく聞いてみたら、風や水じゃねえ。あきらかに何かの”声”だったんでさ。その上、なんだかどうもこっちを呼んでるような感じがする。分かりますでしょ、旦那?何を言ってるか分かんねえけども、なんとなく誘うような感じっていうんですかねェ。そういう感じがしたんでさ。

そりゃ気味悪かったですよ。地下水道の奥に住んでる奴なんて、乞食か気違いくらいなもんで。いつもだったら無視してさっさと仕事を終わらせて、一杯飲んで女買って、といってる所なんですがね、その時はなんだか妙にその声が気になって、穴の奥、声のするほうに行ってみたんでさ。

で、地下水道をね、少しずつ声が大きくなるほうへ進んでいったんでさ。半刻をすぎたあたりになると、もう声が何を言ってるかわかるようになってきた。その声はね、「左」「まっすぐ」「そのまま」って言ってあっしを呼び続けてるんでさ。でもおかしいと思いませんか旦那?あの暗くて曲がりくねった地下水道で、あっしの周りは誰もいないのに、どこから見て、どうやってあっしの居場所を知るんだろうって。周りにいるのは薄汚いねずみ共だけなのに。でも、そんなに気味が悪いってのに、なぜかあっしは言われるがまま進んで行っちまった。

それで、気がついたら目の前に大きなドアがあったんでさ。

あの声は相変わらずずっと聞こえてましたよ。「開けろ」って。周りには沢山のネズミがずっとチューチュー言いながらみんなこっちを見てる。あっしは開けましたよ。そりゃ恐ろしかったですがね、引っ張られるように、自然と自分の両手が戸を押しちまってた。

ドアの向こうは、だだっぴろい広間みたいに開けてて、地下水道の外れにこんな所があるなんて、そりゃびっくりしましたよ。で、部屋の奥に目をやったら…、”それ”が居たんでさ。

あの姿…。なんて説明すればいいやら…。前に手配書で見た「ラミア」に似てるようだけれども、それよりもっとおっかねェ。旦那、”それ”に似た生き物なんか、この大陸、いやきっとこの世界中どこを探してもいやしねェ。あっしは学がねェけども、それだけは判るんでさ。きっと旦那もそう思うでしょうよ。

“それ”は、突っ立ってたあっしの事をじーっと見て、何やら話しかけてきたんでさ。蛸の脚みてェなものを忙しなく動かして、気色悪い、声なんだかゲップなんだか解らねェ音でグズグズグズグズ…。
でもね旦那、怖いのはそこなんで。何を言ってるのか、判るんですよ。”それ”が出す声は、あっしらの言葉とは似ても似つかねェってのに…。

“それ”はあっしに、「今の仕事で一生困らないようにしてやる」って言ったんでさ。そして「その代わりにお前の****(聞いたことのない単語でした)を捧げてもらうぞ」って。あっしは思いましたよ。(どうやって?)。そんで、(何をか知らねェけどソイツが本当なら、命以外だったらいくらでも捧げてやらあ)って。そしたら、そいつ、笑ったんでさ。ええ、口がどこだか分かんねェのに、笑ったんでさ。

だけど、その辺りから目の前がぼわーっと真っ白になっちまって。で、気がついたら宿屋の貯蔵庫にひっくり返ってたんで。壁の穴も板で塞いであるし、ネズミは居なくなっちまってた。だもんで、その時は、さっきまでのアレはもしかしたら夢かなにかだったんじゃねェか、って思って、その日はそのままエールをたらふく飲んで、寝ちまいました。

…しかし、やっぱり夢じゃなかった。

だってね、その日以来、手持ちの金が少なくなったな、と思ったら必ずどっかからネズミ捕りの相談が来るようになったんでさ。それも話に聞くに、最初は別のネズミ捕りに仕事を頼んだらしいんですが、どうにも捕まえられないってんで、あっしに話が来るみてェで。それであっしがその依頼の場所に行くと、なんてことは無ェくらいに捕まえられるんで。捕まえるどころか、ネズミが自分から”捕まられにくる”んでさ。だもんで、あの日からずっと食い扶持に困ることは無くなったんで。

それにね旦那…、あの日からずっと、あっしはどこかからいつも視線を感じるんでさ。裏路地の陰から、排水口から、ゴミ溜めの隙間から。あいつら、ずっとあっしの事を見張ってやがるんだ。
…あっしは恐ろしくてしかた無ェ。最近じゃチューチュー言うあの鳴き声が、何を言ってるか分かる気がするんでさ。「もうすぐだ…もうすぐだ…」って…。

使用ミニチュア

Otherworld Miniatures:NPCC3 – Rat-catcher

Reaper Miniatures:80040: Bathalian Primarch

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