ウクライナ国立チェルノブイリ博物館

「現実および商品化された死と災害現場をめぐる、提示と(来訪者による)消費を包括する現象」ダークツーリズム。(Foley and Lennon 1996)

いつからかそんな現象に興味を持ち、気が付けばかなりの博物館に足を運んでいたことに気づいたので、ここに記録を残そうと思う。なお、ダークツーリズムやいわゆる負の遺産といわれるもの以外にも、平和構築にかかわる博物館等も紹介できればいいなと思う。

最初に取り上げるのは2018年10月に訪れたキエフ・チェルノブイリ博物館。この博物館の展示に感銘を受け、わたしのダークツーリズム熱が加速したといっても過言ではない。

博物館に入ると、まず日本の民族衣装・着物とウクライナの民族衣装・ヴィシバンカに身を包んだ子供たちの展示に驚く。

この博物館は、2011年3月に日本で起きた福島の原子力発電所事故をかなり意識している。博物館公式サイトの言語も、英語・ロシア語・ウクライナ語の次に日本語が並ぶほどである。

展示してあるのはウラジーミル・マリシェフ(まりしぶ)氏の水墨画。

1986年と2011年。二つの事故の似た風景、違った風景を描き出している。

弱さと強さの共存する水墨画のタッチ。水墨画の題材としては珍しい、人間の作り上げた文明と、結局それによって壊された人間の住処。

私たちの国日本では、鬼や巨大な生き物を天変地異や災厄のときモチーフとして出現させる。人間の力では太刀打ちできない、自分たち人間とは階層が違うものとして。ウクライナではどうなのだろうか?上の画像では巨大な悪魔が描かれている。チェルノブイリの事件では、地震などの災害が起きたわけではない。共産主義下にあっても、正教会と密接な関係を保ってきたウクライナの人々。彼らは最悪な事件を引き起こした、幾多の偶然の重なりを、神の気まぐれと捉えるのかもしれない。

私を戦慄させたのは、1階と2階を結ぶ階段。

チェルノブイリ周辺の76の町の名前。すべて事故後立ち入り禁止になった場所。そして階段を上って振り返ると

実際見ないとと伝わりにくいかもしれないけれど、肌が粟立つ。もう戻れない、といった絶望感を感じさせる。

二階の展示室でまず出会うのは、宙に浮かぶ作業員と、1時23分からずっと止まった時計。背景には大量の顔写真。彼らは皆汚染作業員である。ダークツーリズム系の展示に、被害者の顔写真を羅列するのはよくある手法だが、何度見ても慣れない。作業員の総数は80万とか600万とか言われているが、たとえ1万でも、数字で10000と書かれるのと10000人の顔写真を並べるのとではその圧が全く違う。そして、その10000分の1にひとつずつ、何千時間もの人生の物語があると考えると眩暈がする。

布や、紐や、本、額が絡まったリンゴの木。根元には宗教画が添えられていいて、無数の写真が地面に散乱している。町へ戻ろうとしても柵を超えることはできない。正直この博物館は、まだ外国語での展示解説が不足している(オーディオガイドは充実している)が、このような記号的な展示方法が多々あり、言葉はわからずともその被害の大きさや人々の苦難を訴えかけてくる。

二つ目の展示室。キリスト教の装飾と事件現場はミスマッチに思えるけれど、だから芸術性が強いような気もするし、印象に残る。

天井はキエフの教会内でも見られるようなゴールド。豪華な感じがするが、所々欠けている。それから、網なのかレースなのかわからない布。正教会の装飾のイメージと事故現場の怪しい雰囲気をうまく組み合わせている。

広島についての展示もあった。広島の原爆資料館も、等身大被曝再現人形の撤去で話題になった。ただ単に怖いから」ではなく「原爆の被害はこんなものではなかった」という声を受けての撤去だそうだが、リアリティに欠けるから撤去するというのには私は反対の立場をとる。

被曝者の方々がその悲惨な状況について思い出して言葉にするのは非常に辛いことだと思うし、自分たちのどろどろした、深い苦しみや辛さを、それを経験していない他人に形作られたら癪に障ると思う。でも、平和ボケしている私たちの世代は戦争の悲惨さをイメージしにくい。そんな私たちにとって、蝋人形にはリアリティがあるように映る。「現実」(リアル)ではないのかもしれないが、イメージを喚起してくれる。資料館は「現実」(リアル)の資料で原爆の被害を伝えていくというが、数字や遺物などの資料だけではピンと来ないことだって多い。おどろおどろしいフィクションが、その壮絶さを伝えてくれる。

戦争を経験した世代は減少していくし、デジタルネイティブの世代は情報の氾濫のなかにいて、目を引かないものをすぐに見過ごしてしまうのだ。わたしたちは伝えかた、記録のしかたを考えていかないといけないはずだ。もちろん表面的なものになってはならないと思うけれど、表面にかすりもしなければ向き合えない。

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ふらちな

大学生。サウナが好き好きで好きで、エストニアに来ました。 それから、地理学、モダンアート、美術館、負の遺産、コンテンツツーリズム、記号学に興味があります。
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