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全裸で入るエストニアのサウナが、私を救ってくれた

今でも鮮明な映像で脳内で再現できる。

中学1年生の秋、校外学習のお風呂。

「え(笑) 胸、全然ないね(笑)」

ひとの何気ない言葉はいろんな形の武器になって、他人を傷つけるけれど、その言葉は私にとって8年間ずっと呪いだった。

小学校4年生の頃から、第二次性徴をむかえる子たちがあらわれはじめた。

私も、いつになったら私のおっぱいは大きくなるんだろう、と半分は不安、半分は期待の気持ちで「女性らしくなれる」時を待っていた。

でも、初経を経験している子たちのほうが多くなって、私はまだおっぱいも大きくなっていないし、生理もまだ来ていないし、確かに焦りを感じていた。そんな時に自分の胸を、他人に鼻で笑われた。

呪いは私を不安にしたし、卑屈にした。

インターネットで「胸が大きくなる方法」を何度も何度も調べた。鶏肉やキャベツ、豆乳の摂取、「育乳に効く」ツボや筋トレ。ちょっと怪しいサプリのサイトも、中学生だから購入はできなかったものの、舐めるように見た。豆乳は、味自体はあまり好きじゃなかったけど、イソフラボンの含有量を気にして買った。

中学は、男の子も女の子も、デリカシーのない子たちがいっぱいいたけれど、私も同じだった。デリカシーがなかった、わからないことばかりだった。

「胸は大きいほどいい」というバカみたいな考えを、「バカだなあ」と思いつつ信仰していた。更衣室で胸の大きい子の体を眺めてしまったことも多々あった。胸が大きい女の子は最強に見えた。それなのに私は買い替える必要のない小さなブラジャーをずっと使っている。悲しかった。

高校。自分の小さな胸をネタにすると、みんな結構笑ってくれることに気づいた。私、胸がなくて空気抵抗もないから、走り幅跳び得意なんだよね。とか。クラスの男子に「え!胸、どうしたの?」って聞かれた時「うるせえ!時代は軽量化なんだよ!」と茶化すとか。

自分のコンプレックスを、おもしろおかしい形にしたら、みんな笑ってくれる。こんなにいい昇華のしかたはないじゃん。

大学。私は留学が必須の学部に進学することになった。

留学への熱意はもともとなく、旅行行きたいし、ヨーロッパかな。生活費安いところがいいな。なんてぼんやり考えていた。

そんなとき、梨木香歩さんの『エストニア紀行』を読んだ。エストニア、素敵。北欧と東欧のあいだ。電子国家をめざす歴史・文化の背景も面白い。

そして何より、サウナ文化がある! 当時私は、かの有名なヨッピーさんの交代浴の記事を読んで、銭湯にどっぷりはまっていた。もうエストニアしか考えられなくなった。

そして去年の夏エストニアに来た。

霧と湿地と森、ひんやりとしたあたたかさを感じられる素敵な国。

この国ではじめて訪れたサウナは、ホームサウナのパーティーだった。日本人が家に浴槽を持つように、この国ではホームサウナの設備がある家が少なくない。

混浴なので水着を着る。でも、一番乗りで体を温めていたその時、裸のお兄さんが入ってきた。

「ホ、ホームサウナだし、そういうこともあるか...」と思いつつ、どこを見ていいか、何を話していいかわからない。緊張していると、顔の下を見てしまうし、どうしていいかわからない。ちなみにタオルも巻いてない。

泡を食っているあいだに、続々と裸のお兄さんが入ってくる。女の人もパンツ一丁で入ってきた。

「エストニアでは、こうやるんだぜ。」と言いながら、サウナの石にビールを注ぐお兄さん。

「今日は初雪だ!歩こうぜ!」とぞろぞろと外に出るお兄さんたち。(さすがに外では腰にタオルを巻いています。)

そんな様子を見ていたら、いつしか気まずさは消えていった。私もウオッカを飲んでからサウナに入浴したので、「エストニア最高!」と興奮していた。

体も心も温まって、「日本も、公衆浴場があるけれど完全に男女別だから驚いた。」と私が言うと、「そっか、エストニアではこれは普通にあることだよ。誰も気にしないから。まあ、恥ずかしいと思う人もいるし、水着を着ることも、男女別のこともあるけど。」と返ってきた。


ああ、ここでは、誰も人の容姿を評価しない、できない。悪く言わない、言えない。性的な視線を向けることも許されない。

言葉の呪いに、私は長年傷ついてきた。

でも私も、同じくらい誰かに呪いの言葉を唱えてきたかもしれない。"誉め言葉"というかたちで。

本当に申し訳ないと思う。

単に私は羨ましかった。胸の大きな女の子が。ずっと。胸のない私が劣っているのだと、思い込んでいたから。

だから、そういった言葉の授受がタブーとされている、サウナというこの小さな空間に救われたのだ。

固く縛った紐がほどかれるように、私の呪いも少しほどかれた気がした。

サウナを終えて、わたしは誰の視線も気にせずに水着を脱いで、体を拭いた。あまりにも自然すぎて、自分でもパンツを脱いでいる最中に驚いた。ちょっと嬉しかった。

帰ってから泣いた。

中学生の時の、胸が大きくなるサプリを指をくわえてみている私。高校生の時の、自分の貧乳コンプレックスをネタに昇華しようとする私。その時の私は傷ついていたんだなあとはじめて自覚して、涙が出た。


エストニアのサウナが私を救ってくれた。

エストニアにとってサウナはずっと神聖な空間だ。教会に行く前の土曜日の夜に体を清める場所であったし、今でも妖精が住んでいると言われている。この美しい文化のことをもっと知りたくて、知らせたくてたまらない。

そして日本にもこういう場所が、サウナがあったらいいなと思う。

人の容姿について何か言うべきではない、評価すべきでない、というのが私の考えだ。でも、難しいと思う。誉め言葉というかたちで与えてしまうこともあるから。他人の気持ちは完全にはわかりきれないから。

この社会をまるごと変えるのは難しいけれど、そこから逃げることのできる空間をつくるのは難しくないと思う。私はそういう空間をつくりたい。

サウナを混浴にすべき!と言っているのではない。

最近は痴漢や女性専用車両が話題になって、女性の男性に対する嫌悪、女性の過激すぎる発言・行動に対する男性の女性に対する嫌悪がTwitterには蔓延っている。絶対に説明しきれない溝がある。

でも、当たり前だけれど、女性を傷つけるのは男性だけではないし、男性を傷つけるのは女性だけじゃないよ。私はそれを経験から知っている。

男性であるとか女性であるとか、心身コンプレックスのコンプレックスとか、そういうものから逃避して、ただ気持ちいいなあと思える環境があってもいい、と思うのだ。


交換留学が終わる6月。エストニアのサウナについて、発信していきます。

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ふらちな

大学生。サウナが好き好きで好きで、エストニアに来ました。 それから、地理学、モダンアート、美術館、負の遺産、コンテンツツーリズム、記号学に興味があります。

サウナ

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