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ガンガァクスの戦士達 −その4

 翌朝、白鳳隊は魔窟の入り口に揃っている。

 マールは完全武装で部下の前に立つ。怖じ気づいた者は一人も見当たらない。「白鳳二番隊、八十二名。ご命令あらばいつでも出兵できます。」カイデラ副隊長が意気揚々と報告する。

 しばらくすると、ドミトレスがやって来る。隣にはバジムとクリクの姿も見られる。後ろからは数百名の男達がついてくる。人間とドワーフの混合部隊のようだ。皆装備もばらばらで、隊列すらも成してはいない。

 「お早いおつきで」ドミトレスがにこやかに言う。

 「当然です。こちらはいつでも出立できる」マールは冷たく言い放ち、横目でクリクを睨む。ウルフェリンクは、舌を出し、ドミトレスの後ろに隠れる。

 「なんだい、お嬢さんその鎧、まだおれの言ったとおりにはしてないのかい」バジムがマールをまじまじと観察する。肩には例の改造ボウガンを担いでいる。

 それからほどなくして、ピークスが飛んでくる。

 「おれは事務仕事があって、今日は中には潜れないけれど、みんなよろしくね」彼はそう告げると、すぐに飛び去っていく。

 ピークスのその言葉が進軍の合図だったようで、男達がぞろぞろと降ろされた橋桁を渡り出す。そのうちの何人かは見張りとして残るようだ。

 マールが颯爽と右手を挙げる。

 「全隊、進め!」カイデラが叫ぶ。

 不揃いの戦士達を追うようにして、最後尾で白鳳隊が規則正しい隊列を成す。



 しばらくはごつごつとした岩肌の下り坂を進み、それから再び大理石の坂道になる。洞窟が開けると巨大な螺旋状の回廊が続き、渦を巻いた縦穴の坂道の底には、巨大なドワーフの石像が並ぶ大きな開かれた扉が見える。

 「あれが第一聖堂か」マールは呟く。

——明日は第二聖堂から奥の探索を願いたい。

 マールは、昨夜のピークス司令官の言葉を思い出す。

——現在の我々は第二聖堂までは、ほぼ占拠している。戦士たちは何世代ものあいだ、長い時間をかけて、そこまでの通路を奪還してきた。

 ピークスはそう言った。

 では何故、第二聖堂を前線の拠点にしないのかといえば、そこからは通路が別れていて、見張りを立てにくい構造になっているからだという。それでは第一聖堂はどうかといえば、そこは現在の前線との距離がそれほどなく、そのことを鑑みると、やはり現在の魔窟入り口にある、あの反り立つ崖ほどにうってつけの天然防壁はそうそう有るものではないらしく、いずれにしろ、無理に拠点を押し進める必要性はないだろうとのことであった。

 「それに、ドワーフはともかく魔窟内で生活を共にできる種族もあんまりいないしね」要は、おれたちは魔物を外に出さなければいいのだからね。司令官は最後にそう付け加えていた。

 「ピークス司令によれば、第二聖堂までは昼夜問わず戦士たちが交代で巡回しているために、そう危険はないらしい」そう告げるマールに、カイデラが深く頷く。

 つまり、今回の詮索は、第二聖堂の先に、拠点となり得る場所があるか否かを調査することが目的であった。それが可能となる場所さえあれば、そこに前線を置き、少なくともドワーフたちは広い第一聖堂に住処を移せるし、そうなれば、彼らは実に三千年ぶりの里帰りともなるという。

 「何にせよ、我々が警戒を怠ることはありません。ここはガンガァクスの魔窟なのですからな」

 マールは副隊長のことを頼もしく思う。はじめての実戦に腕が鳴るのは嘘ではない。それでも実際に、こうして魔窟内部に入り込んで見ると、ただならぬ雰囲気を感じざるを得ない。

 元はといえばドワーフの地底王国であるこの場所は、大理石で覆われ、破壊されている箇所も多大にあるが、それでも通常の洞窟などに比べれば、はるかに美しく、衛生的でさえもある。

 死体を奪い去るゴブリンや、猛毒の虫けらさえも口にする愚かなグールが潜んでいることによって、奇しくも魔窟内部の衛生は保たれてさえいる。しかしそれは、裏を返せばあらゆる生き物の生息できる環境ではないことを意味してもいる。

 そうして魔窟は、そこかしこに見られる過去に滅び去った王国の荘厳な石の建築とも相まって、どこともつかない恐ろしさを醸し出している。



 横に掘られた巨大な通路を抜けると第一聖堂に入る。そこは長方形に伸びた巨大な部屋で、奥の通路へと続く広間には無数の石柱が規則正しく並び、高い天井を支えている。

 「思ったよりも広いうえに、天井もずいぶん高いな」

 「天井が高いのは、背の低いドワーフの劣等感からくるものですな」気がつくと隣にドミトレスがいる。

 「馬鹿者!そんなわけはなかろう」さらにその隣にはバジムも来ている。「天井の高さは、ひとえに我ら種族の技術力の賜物だ」

 「自分の持ち場はどうした?」マールは二人に冷たく言い放つ。彼女は二日前のことを、未だに根に持っている。

 「ガンガァクスの戦士たちの進軍には、特に持ち場というものはありませんな」ドミトレスが言う。

 なるほど、前を行く連中を見れば、皆おもい思いの集まりを成して、気ままに歩いている。しかし、よく観察すれば、集団はそれぞれが四、五人に固まり、小さな纏まりをつくっているようにも見える。

 マールがそのことをそれとなく呟くと、「わかりますか、流石ですな。マール隊長殿」などと、わざとらしく褒めてくる。

 「そんなふうに媚を売っても、このあいだのことは決して忘れません」マールはぴしゃりと言い放ち、横目で睨む。

 「と、とにかくですな」ドミトレスは軽く咳払いをする。

 「ここの戦士達は、それぞれが己の特性に見合った相手と共同し、少数精鋭のいわばパーティを作ります」彼は話を続ける。

 それはここの義勇兵たちが、元々少数で旅をする冒険者として、世界を練り歩いてきた者が多いことに起因している。ドミトレスはいつもの多弁を繰り広げる。「彼らの多くは、徒党を組むのではなく、個別の集団で身軽に行動できることこそが、最も魔窟探索に効率的だと考えているのです」

 「最後の部分は我が隊への当てつけか?」マールがそう言うと、彼は大きな笑い声を立てる。

 「まあ、そう言いなさるな。ただ、己の経験に見合った形で動く方が、生存率はより上がるという話です」

 「それでは我らが白鳳隊は、このままで構うまい」

 「そうですな」ドミトレスは急に真面目な顔をする。

 「わたしたちには上下関係はほとんどありません。ピークス司令官でさえも、我々は上官とは考えてはいません」そこにあるのは敬意だけです。彼は低い声で語り出す。

 「皆、横の繋がりを持って、隣を行く者、後ろを歩く者たちと共同して、自分の命を守ります」

 「はっ。そうだな。それがガンガァクのやり方だ」隣で話を聞いていたバジムが笑う。

 「ただ、近くを歩く者達に共通していることが、ただひとつだけあります」ドミトレスはいつになく真面目な声で言う。

 「それは、皆が同じ仲間だということです」

 散々出し抜かれたここ数日の経験から、いい加減な男だと高を括り、話半分に聞いていたマールも、その真剣な物言いに少しずつ関心を寄せていく。

 「ひとつ教えて下さい。あなたの側にいる者たちは、ただの部下ですか?」そう訊ねる彼にマールは少し考え、しっかりと首を横に振る。ただの部下ではない。皆、大切な部下たちだ。「それでは家臣ですか?」その問いに素早く、自信を持って首を横に振る。

 「皆、背中を預けられる同士だ」

 「それを聞いて安心しました」ドミトレスが笑う。それから、鋭い眼差しをマールに向ける。

 「必ず、生きていてください。マール・ラフラン様」

 その言葉に、マールは神妙に頷いてみせる。



 第一聖堂を抜けると、魔の物との小競り合いが増えてくる。それでも襲ってくるのは小鬼程度で、前へ行く戦士達が各個撃破して滞りなく進める。

 通路は先ほどとはうって変わり、なだらかな坂道と行き止まりの小部屋や、曲がり角の多い一本道の回廊が続いていき、その分、先頭を行く者たちの歩みは遅くなってくる。曲がり角の度に、ある程度の警戒が必要となるからだ。

 さらには、時折見つける『ゴブリンの胎動』を焼き払う者たちや、過去に倒れた仲間の装備品を回収する者たちもいて、個々に遅れを取るパーティも次第に増えてくる。

 そうして、先行する人垣は徐々にばらけていき、白鳳隊はしんがりから押し出されるように、前衛近くまで移動していく。

 マールは頃合いを見計らい、先頭を行く部下達に抜刀を命じる。それから、あまり距離を取らず、少し先に斥候をたて、安全確認が取れ次第、回廊のそこかしこにある燭台に灯りを点させつつ進む。灯りさえあれば、もしもの撤退の際、退路での混乱を防げると考えたからだ。

 「流石ですな。手際が良い」再びドミトレス達と合流する。マールが少しだけ微笑んでみせると、彼が過剰なほどに照れはじめる。

 「あ、いや、これは決して、おべっかというわけではありません」

 「え!なんだよ。もう仲直りしちゃったのかよ。」今度はクリクも来ている。この犬牙族の憎まれ口が不思議と気にならなくなっているのは、共通の作戦に準じているからだろうか。

 「貴殿たちはいつも一緒にいるように思えるが、パーティを組んでいるのか?」

 「いんや、そういうわけでもないがな。ま、腐れ縁だ。」バジムが豪快に笑う。「この犬ころとて、役に立つことも多いでな」ドワーフがクリクの太ももを軽く叩く。クリクはクリクでドワーフのヒゲをひっぱり、二人の小突き合いが始まる。



 長い回廊が続く。曲がり角で何度か小鬼が待ち伏せをしているが、おおむね負傷者もなく順調に進んでいく。

 さらに暫く進むと、じゃれ合っていたクリクがぴたりと止まる。

 「どうした?」訊ねるマールがドミトレスに制される。

 それを受け、彼女も手信号で部下に合図を送る。斥候を呼び戻し、隊の足並みを止めると、回廊がにわかに静まりかえる。

 クリクは前傾姿勢で両耳を忙しなく動かし、鼻を働かす。仕舞いには四足歩行になり、前へ前へと進み出す。それから角の手前まで行くと、びくりと急に立ち上がり、叫ぶ。

 「来るぞ!大群だっ!」

 マール達が一斉に抜刀する。どういうわけかもの凄い喧騒がすぐ近くから聞こえてくる。

 「強いめくらましだ。奴らやりおった!」バジムが自動ボウガンを構える。

 曲がり角から魔物たちが一斉に押し寄せてくる。小鬼に屍鬼。中には羊を醜くしたような異形の怪物の背に乗っている奴らもいる。

 「なんだ、暴蹄羊<グイシオン>まで連れてやがる」ドミトレスが大剣を水平に構える。

 「隊列を崩すな!」マールが叫ぶ。部下達は扇型に隊列を組み、槍を持つ者たちが前へ出る。

 ドミトレスとクリクが敵へ向かって走り出す。他の戦士たちも後に続く。先行するグイシンオンを避け、ゴブリンどもの集団に斬りかかる。

 グイシオンに乗ったゴブリンどもはそのまま白鳳隊の隊列に突入する。隙間なく並んだ大盾のあいだから、無数の槍の切っ先が水平に向けられる。

 「さあ、!魔物どもを串刺しにっ!」カイデラの叫びに呼応するように、兵たちが雄叫びを上げる。

 魔窟に得も云えぬ破裂音が響き渡る。金属がぶつかる音、肉と金属がぶつかる音、肉を裂く音、骨を砕く音、布の裂ける音、あらゆる音が回廊の巨大な通路に同時に響きわたる。

 先頭のグイシオンどものほとんどが串刺しになる。醜い羊は槍を道連れに崩れ落ちる。兵たちはすかさず抜刀し、背に乗っていたゴブリンどもを始末すると、後に続くグイシンオンはたまらず後退する。

 「追い打ちをかけろっ!」マールを先頭に白鳳隊が追撃に出る。

 ドミトレスが大剣を振るう。素早くは動けぬ重装戦士の彼だが、飛びかかる敵を無駄のない動作で叩き伏せていく。彼は主にゴブリンを狙う。怒りっぽく集団で襲いかかる小鬼どもは、一箇所に留まり大量の敵を引きつけつつ戦う彼にとっては、捌きやすい相手だからだ。

 やや小鬼よりも動きの早いグールはクリクに任せる。屍鬼とは目に付いた相手の周りを走り回り、隙を見て背後から飛びかかる魔物だ。耳と鼻の効くウルフェリンクが、グールごときに後を取られることはない。

 クリクは半円に曲がった湾刀を持っている。この得物はすばしこい敵を捕らえることに長けている。走り回る屍鬼を湾刀で捕らえることさえすれば、敵は自らの勢いを止められずに、自重で勝手に引き裂かれていく。

 一方、バジムは改造ボウガンを扱う。戦士たちが打ちもらした敵を丁寧に処理していく。混戦なので前のように連射はせずに、一発一発狙いを定めて射貫いていく。かなりの矢を装填し、弓弦も引かずにすむために、近距離で複数の敵に襲われていても、冷静に対応できる。

 マールは走りながら敵を切り裂いていく。飛びかかるゴブリンを最小限の動きでかわし、的確に急所を突く。グールの素早さも彼女には劣る。屍鬼どもが彼女を囲もうとする前に、流れるような動作で敵の動きを読み、先手先手で相手の攻撃を無効化していく。

 「こいつは驚いた」バジムが小鬼の目玉を打ち抜きながら感心する。

 「初めての実戦とは到底おもえぬ動きだな」噂以上の姫様ではないか。ドミトレスが口角を上げる。

 マールの眼前に二体のグイシオンが鼻を鳴らしている。彼女は立ち止まり、細身の剣を構える。醜く巨大な四つ眼の羊が、彼女を踏みつぶさんと唾液を垂らしながら猛突進する。

 その蹄が眼前に迫るその瞬間、彼女は横へ跳びのきざまに水平に剣を振り抜く。グイシオンの両足が宙を舞う。魔獣はそこにあるはずの両足を空中で泳がせたかと思うと、大理石の床に強かに打ちつけられる。

 すかさずもう一体が突進しはじめる。彼女は自らの剣につられるように、ゆらりと膝を折り曲げ、仰向けになり、魔獣の腹の下に潜り込み、そのまま刃を腹に食い込ませる。裂けた腹から己の内臓をぶちまけながらも、グイシオンは通路の向こう側まで気付かずに走り去り、そこで静かに倒れ込む。

 流れるような剣さばき。予想の出来ないその動き。真っ白な鎧があたり構わず動き回り、剣の切っ先が、まるで滑るように光り、青白い尾を引き、敵を切り裂いていく。

 「まさに白ツバメ…」その様にドミトレスが思わずそう漏らす。

 そこにいる皆が、彼女の戦いぶりに圧倒されている。

 

−その5に続く

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