「逃げるは恥だが役に立つ」10巻を読んだ

先日、社内で懇親会があった。うちはあまり飲み会もしないしせっかくだからということで、新しく雇われたアルバイトの女の子にも参加してもらった。彼女は今年の春に大学に入ったばかりの18歳。年齢は知っていたのにも関わらず、彼女の生まれ年を聞いて驚いた。2001年、すでに21世紀。阪神大震災は生まれる前の出来事で、きっと9.11も歴史みたいな感覚なのだろうと思う。
さて、それに驚いた私は90年代初頭生まれ、現在20代後半のOLだ。バブル崩壊は生まれる前に起きた、もはや歴史上の出来事である。

「逃げるは恥だが役に立つ」(以下「逃げ恥」)の主人公、森山みくりさんは連載開始の2012年に25歳。私より少し年上のお姉さんになる。とはいえ一旦連載が終了した2017年には、年齢はほぼほぼ追いついて、「みくりさん」は「みくりちゃん」になっていた。
「逃げ恥」を私が読み始めようと思ったのは、おそらく第3・4巻が出た2014年頃だったと思う。当初は、同作者の「小煌女」を読む予定だったのだが、こちらの評判も良いのを聞いて、せっかくだから現代ものの方を、と購入したのだった。

結論として、「逃げ恥」は、私にとって大事な漫画の一つとなった。主人公のみくりさんが置かれた状況は、当時学生で就職活動もしていた私の境遇にも近く(まーいっぱいお祈りされたので)、本作品中で時折描かれるさまざまな「仕事」の形に、何となく慰められ、何となく励まされることもあった。幸いにして、私は無事仕事にありつけ、今現在まで何とかやって来ている。もしかしたらそれは、いろんな人のいろんな考え方を示してくれた、この物語のおかげなのかもしれないのだった。

ただ、『逃げ恥』は、お仕事漫画でもあるので、ゴールは結婚ではなく(もうしてるし)出世かな、と思っています。
(「逃げるは恥だが役に立つ」第3巻 後書き より)

作者の海野つなみ先生がこう書いていた通り、第9巻でみくりさんは家事ではない外の仕事を得て、平匡さんとの家庭において「CEO」という立場に出世して、一度物語は終わる。
私は、ああ~みくりちゃん就職できてよかったねえ、結婚おめでとう、なんて思いながら単行本を閉じた。全9巻の「逃げ恥」は、本棚の一番上の段に大切に納められる……はずだったのだが。

なんと連載再開のニュースが飛び込んできたのだった。正直なところ、私は「マジで!?」といたくショックを受けた。大団円でまるっと収まったはずでは、と思ったし、やっぱりドラマがヒットしたせいなのか、とも変に疑ってしまった。……それから、本棚の省スペース化も努力していたので、単行本出たらどうしよう、という不安も。
年明けには連載が始まったものの、私はしばらく本作のことを思い出すことはなかった。第10巻が発売されたのを知ったのも、仕事からの帰宅途中、電車に貼ってあった広告を見たから。

改めて第9巻までを読んでみると、「逃げ恥」はとても当時の時代に即した作品だったな、と思う。みくりさんが経験した就職難は、若い労働者不足の2019年現在においてはあまり感じられないかもしれない(とはいえ就職活動がなんやかんや大変ではあるのは確かだ)。「仕事」と「家事」に関する考え方も、ここ数年で目まぐるしく変わっていっているのを肌で感じている。
2012年から2017年の間に、少し年上だった「みくりさん」は、同世代の「みくりちゃん」になってしまった。再開した2019年には、もしかしたら年下になっているかもしれない。そんな彼女が経験する出来事に、果たして私は共感できるのだろうか……。連載再開のニュースへの戸惑いは、現実と作品内の時の流れの違いに対する寂しさもあったのだと思う。

そんな不安を抱きながら、特に情報を得ることなく購入した第10巻。
2019年の津崎みくりさんは、30歳になっていた。やっぱり、私より少し年上のお姉さん。「みくりちゃん」は再び「みくりさん」になったのだ。
津崎夫婦が新たに直面する問題は、みくりさんの妊娠出産に伴うアレコレや家族の病気など、私自身もそろそろ他人事ではなくなってきたものばかりだ。二人に直接は関係なくとも、周囲に描かれている「産休育休の順番待ち」や「男性社会における少数の女性の立ち位置」も、頭を抱えて呻くほどに身につまされる。
私が感じていた連載再開に対する不安など、杞憂でしかなかった。これから本作品がこれらに対してどのような考え方を示してくれるのか、共感するしないに関係なく、とても楽しみにしている。

前述した通り、「逃げ恥」は時代に即した物語だ。そしてある意味、その時代にその問題に直面した世代の人間にしか、刺さらない部分もあるのではないかとも思う。
おそらく、大学生になったばかりの18歳の女の子には、きっといまいちピンと来ないだろう。私やみくりさんよりもっと上の世代には、到底受け入れられない考え方も多々あるに違いない。

アルバイトの彼女は、なりたい職業を目指して勉強しているのだと言っていた。「がんばってね、きっと今はどこも若手が必要だから就職できるよ」なんて私が無責任にも軽口を叩いてしまうと、彼女はこう答えた。
「でも私が就活する頃って、オリンピック終わってるし今より景気悪くなってると思うんですよね……」
それを聞いて、私は軽口を申し訳ないと思うと同時に、少し悲しくも感じてしまった。(私も一応それに当てはまるけれども)若い世代に、未来は明るいと思ってもらえるのは、いつになるのだろうか。

彼女も小説や漫画が好きなようだ。私に「逃げ恥」があったように、どうか彼女にも、辛いときに慰めになる物語がありますようにと、未来に願わざるを得ない。

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