ステンドグラス

「御手の中で」〜とある老司祭の生涯‥7

  

「ちょっと待って。少し休もう」

司祭の言葉が、今日子の思考を止めた。あらためてその顔を見やると、白い巻き毛が汗なのか湿気のせいなのか、べっとりと頰にまとわりついている。顔色も白く、さっきよりもかなり疲れているようだ。

「神父さま、大丈夫ですか」

自分のことしか考えていなかったような気が急にして、今日子は申し訳ないような気持ちになった。一刻も早く、梨子を探しにいかなければいけないと思う一方で、この老司祭のことをもっと知りたくなった。知らなければいけないと思った。 

「そう言えば、神父さまは確か、ここに来るまで家で倒れていらっしゃった、と言われましたよね」

そう聞かれて、司祭はぽつりぽつりと話し始めた。今日子が心の中で回想していることが彼には手に取るように分かるのと違って、司祭が頭に思い描いただけでは、その中身が今日子に伝わることはない。だから、ゆっくりと順を追って話すしかなかった。

      ++司祭の回想5 教会から外の世界へ

「僕はね、もう四十年もその小さな家に住んでいたんだ。まだ三十代になったばかりで、日本の地方都市での暮らしにもようやく慣れてきた頃、教会から外の世界へ出たくなった。最初は小さなアパートを借りたんだ。なんでかって?僕が日本に来たのは『一教区の司祭』になるためじゃなく、『宣教師』であり続けるためだ。それには、もっと普通の日本人を知らないといけない。ごく一部のカトリック信者ではなくて、仏教や神道を信じ、いや信じてはいなくとも、たまにはそういう風習にのっとったこともする、なにより先祖を大事にする、そういう日本人と膝を突き合わせて付きあう必要がある。そうしたかった。

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