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「御手の中で」〜とある老司祭の生涯‥18

今日子が大好きだったベルギー人の神父にもらったという古い聖書は、1978年に第1版が刊行された「共同訳」で、確かに言い回し一つとっても非常に古いものだった。司祭は自身どこか懐かしさを覚えながらそれを見、そのままの言葉で書いてある通りにゆっくりと朗読した。

《イエススが舟に乗って再び向う岸に渡ると、大勢の群衆がそばに集って来た。イエススは湖のほとりにいた。そこへ、会堂長の一人でヤイロスという名の人が来て、イエススを見ると足もとにひれ伏して、しきりに願った。「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう」。そこで、イエススはヤイロスといっしょに出かけて行った。

大勢の群衆も、イエススの周りに群がってついて行った。さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしてもなんの役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。イエススのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、うしろからイエススの服に触った。イエススの服にでも触れば治してもらえる、と思ったからである。すると、すぐ出血がまったく止まって病気が治ったことを体に感じた。イエススは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触ったのはだれだ」と尋ねた。そこで、弟子たちは言った。「群衆があなたの周りにこんなに群がっているのがおわかりでしょう。それなのに、だれがわたしに触ったか、などとおっしゃるのですか」。しかし、イエススは、触った者を見つけようと、辺りを見回していた。その女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。イエススは言った。「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい」。

イエススがまだ話しているときに、会堂長の家から人々が来て告げた。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わせるには及ばないでしょう」。イエススはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言った。そして、ペトロス、ヤコボス、またヤコボスの兄弟ヨハンネスのほかは、だれもついて来ることを許さなかった。一行は会堂長の家に着いた。イエススは人々が大声で泣いたりわめいたりして騒いでいるのを見て、家の中に入り、人々に言った。「なぜ、騒いだり泣いたりするのか。子供は死んだのではなく、眠っているのだ」。人々はイエススをあざ笑った。しかし、イエススは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行った。そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言った。これは、「少女よ、さあ起きなさい」という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした。もう十二歳になっていたからである。人々はそれを見たとたん、あっけにとられた。イエススはこのことをだれにも知らせないようにと厳しく命じ、また、食べ物を少女に与えるようにと言った》

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