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蒐集癖の根っこ

昔から好きなものは多ければ多いほどいいという感覚があった。
SNS全盛時代に嫌われる行為の1つであるプロフに好きなバンド列挙も、かっこいいと思っていた時期があった。熱を上げられるものが複数あると自覚できることをよしとしていたのかもしれない。昔好きだったもので無理してプロフィールを埋めるより、いま現在好きなもので満たすほうがいい。歴代ジャンル/CPを書き連ねるより現在の取り扱いを増やしたい。オタク風に言うならそんな感じだ。
この感覚に完璧主義が加わるとコンプ厨が爆誕する。推し関連のものをすべて手元に置きたくなる。そうして蒐集癖が出来上がる。
私は何度となくこのパターンを繰り返し、時には海外通販を利用するまでに至った。
漫画、CD、ムック本、ぬいぐるみなど、様々なものを集めては手放してきた。いまは化粧品を集めている。
このとき、物質的なものであることが重要になってくる。デジタルデータにはあまり価値を置かないので、例えばゲームをパッケージ版とダウンロード版両方購入することはあまりない(ないとは言い切らない)。置く場所がないのに物質的なものを求めてしまう。
所有することで満足するので、形があると安心できる。

蒐集癖のある人は孤独な人という説があるらしい。30過ぎて独身でフラフラしているから当たっていると思う。
家庭環境に問題もあったし、現状も上手く行ってないし、心に隙間ができる下地は十分だ。
もし私の孤独や不満が解消されたら蒐集癖はなくなるのかとても気になる。
どうすれば数の大きさにこだわらなくなるのか知りたい。いまは深く狭いタイプのオタクになりたい。十年後はなんと言っているだろう。この先私はどう変われるだろう。
その変化が成長であることを願っている。

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