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「人生の時間」(2019年4月)

●4月30日-02
福島の「はじまりの美術館」で「あしたときのうのまんなかで」という展覧会が行われています。
この展覧会には現代美術家のクワクボリョウタさんや詩人の谷川俊太郎さん、そしてハナムラも含めた8人のアーティストが参加しています。
僕の新作の「半透明の福島」というインスタレーションも体験できますが、今回は、時間、空間、見えない風景、記憶、そして心の中の秘密などについての問いかけをしています。
小さな空間ですが、彷徨う体験が出来るはずです。
7月上旬まで開催されていますので、このGWにでもぜひお越しください。
http://hajimari-ac.com/enjoy/exhibition/mannaka.php

30th,Apr :02
The exhibition named “Between Tomorrow and Yesterday” in HAJIMARI ART CENTER in Fukushima is already start.
This exhibition is participated 8 artist like Ryota Kuwakubo, Shuntaro Tanigawa and including me.
You can experience My art instalation named "Translucent Fukushima" is also.
In this installation, I tried to think about the question of time, space, invisible scenery, memory and secret in our mind.
However it is small space, you will have the experience of lost feeling of way.
It is openning till the beginning of July, so please visit there in this golden week.

4月30日-01
最近の状況からして、おそらくもうすぐ大きな経済危機がやってくるのかもしれない。米国の株式市場は依然として上昇しているが、非常に不均衡で、Facebook、Apple、Amazon、Netflix、Googleのような少数の大企業だけが株価の平均を上げる不自然な状況になっているからだ。さらに、トランプ大統領が鉄鋼業などの特定の産業を保護するために関税を引き上げたため、米国では価格が上昇している。この影響でしばらくしてから日本でもひどい状況が起こるかもしれない。備えなきゃな...

30th,Apr :01
From observing the recent situation, it is said that a huge economic crisis will probably occur soon.
The US stock market is still rising, but it is very unbalanced.Only few huge company like facebook, apple, amazon, Netflix and google rise the average of stock price, but it is unnatural situation.
In addition, prices have risen in the US as President Trump raised tariffs to protect certain industries such as Iron industry.
Because of this influence, Maybe it will also occur awful situation in Japan after a while. I should prepare for it...

4月27日-02
講義の始めに僕はいつも、大学の学費について学生に話をする。
「君たちは公立大学の学生だ。
そして両親は君たちの勉強のために年間およそ55万円を支払っている。
しかし一人の学生の教育にはその約4倍のお金が必要だ。
残りのお金は税金からきているのだよ。
なぜ君たちの勉強のために税金を払うのか理解しているかね?
君たちの将来の給料のためだと思うかね?
君たちの高いキャリアのためだと思うかね?
君たちの豪華な生活のためだと思うかね?
そうではないのだよ。
君たちが将来、社会でちゃんとリーダーシップを取ったり、皆の問題を解決してくれると期待するからだよ。
アメリカでは、ほとんどの学生が自分で学費を払っている。
そしてほとんどの大学は私立大学だから、年間300万円から600万円をローンで支払うんだ。
だから彼らは企業に入ったときには、およそ1,000万円ぐらいの借金を抱えてスタートする。
彼らは借金を取り戻さなければならないうえ、世界のためにとても一生懸命勉強する。
そして多くの貧しい国々では、たくさんの学生がもっと学びたいと思っているけど、お金の問題で大学に進学にできない状況にあるのだよ。
君たちは非常に恵まれた状況にいる。それでも勉強するのは退屈なのかね?
楽しく学ぶことは必要だ。
しかし自ら学ぼうとしない限り何も与えてもらえないよ。」
ちゃんと話せば学生たちはピリッとし始める。
教師がちゃんとその意味を語らねばならないのだ。

27th,Apr:02
In the beginning of my lecture, I always say to students about the price of lecture in University.
"You are students of Public University and your parents pay around 550,000 yen per year for your learning.
But the training for each student need about 4 times of your paying.
The rest of money is derived from tax.
Do you understand why we pay tax for your learning?
For your future salary?
For your high career?
For your gorgeous life?
No.
Because we are expecting you can lead our society or solve some problems of us.
In United States, almost students pay money for university by themselves.
In addition, almost Universities are private University, so they have to pay from 3,000,000 yen to 6,000,000 yen per year by loan.
So they have debt around 10,000,000 yen when they enter companies.
They are studying so hard because they have to recovery of debt and for the world.
In developing countries, many students want to learn more, but they have hard situation to learn in University because of money problems.
You are in a very blessed situation, however why you are boring to learn?
It is important to enjoy for studing.
However you can’t take anything without active attitude for learning."
They can understand after my words.
So teacher should explain the meaning of learning.

●4月27日-01
今日はハナムラのクラスを受ける22人の学生を国立国際美術館で開催中のクリスチャン・ボルタンスキーの展覧会「Lifetime 」に連れて行った。
ボルタンスキーの作品には生、死、記憶、恐怖、時間などのたくさんの重要なトピックが含まれている。だからこの展覧会は多くのテーマを考えるのに最適な素材となる。
おそらく現代美術を見るのは、彼らにとって初めての経験だろう。僕は彼らの偏見や心のフィルターを出来るだけ取り除いて、ニュートラルに見て欲しいと考えた。
だから作品が何であるかは一切解説せずに、最初の30分は説明も読まないように指示を出した。
加えて、展覧会に入る前に生徒に5つの問いと答えについて書く紙を渡し、会場に入ってからは、誰とも話さず必ず独りで見るようにと指示をする。
だから学生達は作品を観ながら、懸命に自分なりの問いと答えを記述していた。
このクラスはマネジメントを学ぶ学生のためのものだ。だが意味の分からないものや、理解できないものに出会った時に、それをいかにマネジメントするのかを学生は学ぶ必要がある。
彼らは受験勉強の中で、与えられた中から答えを選ぶことに慣れている。しかしそれは来るべき社会では役に立たない。
新しいアイデアや概念を創造する能力を得るためには、問いを立てる能力を得ねばならないのだ。そうでないと簡単に人工知能に仕事を奪われてしまうだろう。
終了後の学生達は入る前とは全く違う顔になっていた。

27th,Apr:01
Today I took 22 students of my class to the exhibition of “Lifetime” by Christian Boltanski in The National museum of Art, Osaka.
Various important topics are included in artworks of Boltanski.
So this exhibition is best material for learning many issues such as life, death, memory, fear and time.
It maybe the first experience for them to see contemporary art. So I wanted to remove their prejudices and filters of mind and wanted them to see the exhibition by neutral perspective.
I didn’t explain what are these works and I forced them not to read explanations in the first 30 minutes.
Each person have to see this exhibition by alone. And I gave 5 questions to students before entering the exhibition.
Students were thinking around these questions during seeing art works.
This class is for students learning management. So I try to give the opportunity to learn how to manage various things of unknown or hard to understand.
They are accustomed to choosing answers easily through exam competition. But it will be useless in next society.
I think they have to get the ability to build questions and create new ideas or concepts.Otherwise AI will rob their jobs easily.
After finishing the experience, all students changed their faces.

●4月23日
本日、僕の著書「まなざしのデザイン<世界の見方>を変える方法」が日本造園学会賞を受賞したとの連絡を頂きました。僕の研究はこの学会のメインストリームではないので、そのニュースにまさかと驚くばかり。
関係者の皆様、ご支援および応援頂いた皆様、見守って頂いた皆様に、その他多くの皆様、そして生きとし生けるものに心の底から深く感謝致します。写真は年末に引き払ったアトリエを組み直して新装した僕の研究室より。

●23th, Apr
Today I got the news that my book won the academical award of Japan institute of Landscape Architecture.
I was really surprised the news because my book “Design of perspective” is not the mainstream of this academy. From bottom of my heart, I really appreciate everybody related this book. And also I have to say thank you my friends and every being.
This picture was taken in my laboratory installed from my atelier which is closed in the end of last year.

●4月21日
フラーによると自然に働く「歳差」というシステムは運動方向に対して90度に働く作用を及ぼす。
それは人間社会でも同様であり、時々我々は歳差的な振る舞いをする。つまり”間違った原因から正しい行動をする”のだ。フラーはその例として、我々の生活に必要な技術が軍事技術の結果として開発されたと説明する。
もしそれが本当なら、その逆として、”正しい動機から間違った行動を起こす”ということも起きるだろう。今の社会を見渡すとそんな事例をたくさん見つける事ができる。
もちろん分かっているように、”正しいマインドから正しい行動をすること”が最良であることは言うまでもない。そのためには我々は常に自分自身を自覚的に気づいていなければならない。

●21st, Apr
According to Fuller, nature have system of “precession”. It is a force that acts on a moving object at 90 degrees.
In human society also, we sometimes behave such like precession system.
We sometimes act “right behavior which was started in wrong reason”.
Fuller explained the example that some technologies of our life was developed from weapons for war.
If it is the true, the opposite process will be also true such as “we act wrong behavior from right motivation”. We can find many examples in this society.
Of course as we are understanding, the best way is that we act right behavior from right mind. To do so, we must always be aware of ourselves.


●4月18日
数年ぶりに我が心の師匠である植島啓司先生とお会いする。植島先生とは岩手の調査でご一緒させて頂いたり、那須の「山のシューレ」でも聖地についての対談させていただいたりと、以前より大変お世話になっているが、なかなかお会いできずにいた。スペインにいる間に、一度シチリアあたりで落ち合いましょうと言っていたが、それも結局叶わずにいた。だから帰国してからようやくお会い出来て、再会がとっても嬉しい。
70を越えられても、今なお最前線で意欲的に研究されている姿に、僕自身も未熟な一研究者としていつも刺激を頂いている。
自分も若手と言っていられない年齢になって来たが、あんな風にステキな歳の重ね方が出来ればと思う。

●4月17日
この社会では頭が良いというのは沢山のことを素早く処理できることを意味する。しかしその定義で進めていけば、いずれすぐに我々は人口知能に取って代わられるだろう。頭の良さを目指すのではなく智恵を得ることを目指すべきだ。

●17th,Apr
In this society, being smart means that he can handle many things quickly. However, as the definition goes forward, it will eventually replace artificial intelligence someday.
We should aim for wisdom rather than for smart.

●4月15日
春のせいか最近ついつい食べ過ぎになりがち。1年前にバルセロナのギャラリーで「Body in Food」というパフォーマンス作品を作った時に書いた「食べることをやめるとどうなるか?」という論考を見返しながら、そろそろ断食の季節になってきたかと改めて。
人は本当に食べないと生きていけないのか。食べることを減らした社会はどういう可能性があるのか。など書いている。その内に、このあたりのテーマで本でも一冊書いても良いかと。

●4月14日
2008年から昨年末まで大阪で運営していた我がアトリエ「♭」(フラット)が明日から解体工事に入る。
10年間、そこに住みながらコミュニティとコミュニケーションの実験を”リアル演劇”としてアウトプットしていた。
昨年の12月末にその3800日の演劇に幕を閉じ、看取りの日を迎えたが、その時の様子をビーコンTVさんが唯一取材に来てくれた。
ここをなぜ始めたのか。そしてそれはどういうものだったのか。そしてこれからどうしていくのか。それを赤裸々に語った映像なので、もしご関心あれば覗いて頂ければ幸い。

●4月11日
昨日の授業で「どんなことでも答えるので質問しなさい」と言うと、ある学生が「骨折してモチベーションが上がらないのでどうすれば良いか?」と質問した。
そこで僕が答えたのは、「骨折して片足が一時的に効かなくなるチャンスなど人生の中でそうないので、今が色々と観察するチャンスだ。そんな面白い状況を逃すなんて勿体なさすぎる。」と答えた。
そこから学生は顔色が変わって身を乗り出して僕の話を聞き始めた。
おそらくそんなことは考えたことが無かったのだろう。
心が開き始めた兆候だ。
彼にとって骨折しているという事実は何も変わっていない。
しかしその同じ事実をどのように捉えるのかは、本来は自分で選択することはできる。
まなざしをデザインするとは、そういうことだ。
学ぶ準備が出来れば、後は徐々に入ってくるだろう。
マネジメント学類の学生なので、本当はもっと高度なことを伝えたい。
今の世界の債務残高と世界のGDPとの比率を見ると、今年から数年以内に目も当てられない経済危機が起きる、とか。
この数十年の日本では対外純資産は膨れる一方なのに、政府の長期債務残高は大変なことになっていて、君らが僕ぐらいの年齢になる頃には大変な状況が確実に来る、とか。
もし投資をするならどこが最も良い国か、とか
シンギュラリティが起こると世界はどうなるのか、とか。
しかし学び方を学ぶ前の準備体操をせねばならないので、そんなシリアスな問題になかなか行き着かないのが歯がゆいところ。

●4月10日
昨日に引き続き、本日は2回生の基礎ゼミ。こちらは半期だが、毎回ワークショップ形式で進めて行く。
感じを見ながら調整していくが、こちらもまだまだ学ぶ準備が出来ていない学生ばかり。この状態で知識や情報を与えても、おそらく流れていくだけで吸収出来ない。
学生の大半は集中力が持続しないので、すぐに眠くなる。これまで脳を開発する機会がなかっただろうから無理もないが、心もまだ未熟な状態なので、関心のある具体的なものから入っていかないと学びの入り口にも立てないのだ。
だから演劇や美術や映像的な手法などを織り交ぜながら、遊びの要素を入れて関心を寄せれるようなエンターテイメントにするようには心がけている。
人は関心がないものには心が開かない。心が開かないと集中出来ないので、記憶にも残らない。逆に心が開いていないから関心が持てない。今の膨大な情報に晒される情報依存社会では、心が分散しますます集中する心が育っていかないのだ。
昨年、高校の先生たちと話をする機会があったが、皆さん手を替え品を替え、眠くならないように飽きさせないように苦労されている様子を聞いた。
一方で高校までの学び以上に、大学では能動的な学びが必要になる。能動的に学ぶ態度さえ身につけば、後は知識や情報が自ずと入ってくるはずだが、その準備も出来ていない学生の方が多くなってしまっている。
本来的には、学ぶ準備がある状態で、初めて専門的な知識や幅広い見解、理論的なことなどを伝えることが出来る。
高等教育である大学とは高度なことを学ぶ場のはずだ。しかし学び方を教えるところから始めねばならないところに、大学という場自体のあり方が、もはや理想の状態とは違ってしまっていることを感じる。
僕自身は舞台に立って芝居することもあるので、エンターテイメントしながら講義を進めることには慣れている。しかし本来はそこにチカラを割くのではなく、一歩進んだことを伝えたいのだが、なかなか一足飛びにはいかない。
感覚的には今の学生を見ていると大学に来るのは5年から10年ぐらい後の方がいい感じだろう。だがもしうまく彼らに関心のスイッチさえ入れば、その時間は飛ばすことが出来るはずなので、その手法を探りながら進めていく。

●4月9日
本日より花村ゼミがスタートする。初めて自分のゼミとして20代の学生を教える。
これまで僕は社会人大学院生の教育をしてきたので、ほとんどが自分より歳上でキャリアのある学生たちだった。
前職の大阪大学では若い学生たちだったが、共通教育だったので自分の直属のゼミ生は居なかった。
ただ当時プロジェクトに関わった学生たちは、10年経った今でも何かあれば僕のところへ来てくれるのは嬉しい。
アトリエでは私塾のようなことをしていたが、何か決まったカリキュラムで教えていたわけではなかった。
本学では初めてゼミを持つ。4月から僕は高等教育推進機構に配置換えになったので、来年以降新しい学生がつくこともない。
だから数年後に控える大学統合後はわからないが、少なくとも今の大学の体制下では最初で最後の学部のゼミ生になる。だからこの8名が僕が直接育てる唯一の学生たちになるだろう。
社会人大学院での教育と学部の教育は変えねばならない。
大人たちは学びたいことがあって入ってくることが多い。
しかし彼らが学びたいことは、色んな意味でフィルターがかかっている。
だからまずそのフィルターを取るのが大変だ。
大体は大人の学生の学びたいことは、本当に学ばねばならないこととは異なるからだ。
一方で若い学生たちは、まだ学ぶ準備が出来ていない。
だから学び方を学ばねばならない。
自分たちの中にまだ問いが立っていない状態では、こちらの言葉は入らない。
その状態でいくら専門的なことを差し込んでもピンとこないだろう。従って問いを立てていく訓練をせねばならないと思っている。
初回の今日はガイダンスでもあったので、「思考」、「対話」、「表現」、「芸術」、「実験」、「役割」という6つの角度から話をした。
こちらから何か教えてもらえるだろうという期待を取り外して、能動的に学ぶことをまず差し込む。
これからの社会は急速に変化する。だからこそ、その変化を後ろから慌てて追いかけるのではなく、変わらないものが何か、本質が何かを見抜ける目を鍛える方が、今後の人生で一番役に立つ。
マネジメント学類という性格上、専門家を育てるのではない。だからどんな領域に行っても能力が発揮できて慈悲深い人格になられるような根底の部分を身につけてほしい。目先のプレゼンテーションの技術や要領の良さではなく、本当に人のためになる人に導きたい。
これから二年で彼らのまなざしがどのように変わっていくのか楽しみながらやっていければと思う。

●4月6日
本日より福島県猪苗代の「はじまりの美術館」で「あしたときのうのまんなかで」展が開催されます。僕も「Translucent Fukushima/ 半透明の福島」という新作インスタレーションで参加しています。
私たちが見ている風景は常に「いま」「ここ」にあるもののはずですが、必ず過去の記憶や未来の予想という頭の中の情報が重なって目の前を眺めています。時にはその情報の方が強すぎて、目の前の風景が歪められてしまうこともあります。
今回のインスタレーションでは、「いま」「ここ」の連続として風景を捉えられるように美術館の空間の異化を試みました。
それと同時に、私たちが確実にいつか行くことが分かっている「そこ」を眺めながら、自分の記憶や感情を確認するという仕掛けをしています。
福島の方々も含め、震災から八年を経た今の私たちが何を考えているのかを見つめ直すような機会になればと願っています。
この展覧会は“風景”をテーマにした8組の作家で構成されていて、現代美術のクワクボリョウタさんや詩人の谷川俊太郎さんなども出品されています。
7月7日まで開催されているので、お近くにお越しの際には是非お立ち寄りください。

●4月2日
福島でのインスタレーションの設営を概ね終えて、週末は敬愛する能勢伊勢雄さんにゲーテ形態学を教わりに岡山まで。デザインサイエンスを考える上で欠かせない考察のため、基礎からしっかりと学ぶ。
生命を扱うランドスケープは特にそうだが、あらゆるデザインは自然現象からその形を学ぶべきだと思い、「現象デザイン」と称して10年以上前から関心を持ってきた。
その中で自分の作品でも霧や風を使ったり、振り子のような運動を使うことを通じて実験しているが、もう少し理論的な補強が必要だと思い、フラーを読み漁ったり熱力学や複雑系、果ては分子生物学的な勉強なども少しずつしてきた。
しかしどこかで体系的に学ぶ必要性に駆られていたところ、山のシューレに参加した時にロビーの立ち話で能勢さんの形態学の話を聞いて、衝撃を受け、いつか必ず学ばねばならないと誓ったことを覚えている。
その後、個人的にもドルナッハのゲーテアヌムやバートイシュルのピタゴラスケプラー財団に訪れたり、神聖幾何学を学んだりしながら、少しずつ核心に近づきたいと努力を続けている。
世の中にはまだまだ知らないことだらけで、能勢さんのような膨大な知を全て受け止められるような器は僕にはないけど、少しでも引き継いで次に伝えていかねばと思う。


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