エゴギョウのメモ

 感謝の反対語は傲慢です。人が自分に何かしてくれるのは「あたりまえだ」ということで感謝の念が生まれません。この「あたりまえだ」が傲慢の温床でしょう。

 親であれば、子であれば、妻であれば、夫であれば、恋人であれば、部下であれば、上司なら、店員なら、お客なんだから,,,etc 。相手の決まった役割があるんだからその役を果たせよ!それは「あたりまえのこと」でしょう!

その役割の向こう側に個性的な人が存在しているということが見えていないのです。僕もかつてそうでした。今でも当時の残渣があって困っています。

3年以上も前はそれにドップリでした。給料払っているのだから働くのは、言ったことに従うのは「あたりまえだろう」という態度でした。何も教えずに、その役をもらったら自分で学んでできるようになる、その為に努力することは「あたりまえ」だろう❗️

僕自身は社会人になってからそうしてきたので、そうしていない人を見ると信じられない思いが度々あったのです。人は自分を基準にモノを考え、その尺度で良し悪しを判断するわけです。ジャッジメントの始まりは「傲慢」の始まりです。

火性は自己基準から発するので「傲慢」の発生源です。赤ちゃんは火性の始まりですが、傲慢ですね。お母さんを泣くことで支配しています。笑

感謝の念というのは、この私たちが根源的に持っている傲慢性との闘いで生まれます。人は傲慢なので感謝が生まれるわけです。傲慢病は一生治らないと言われるのは「気づき難し」のせいです。自分のことばかり考えているからです。自分が活かされるためには他者を活かす以外にないと気づいた時、土性の芽が出ます。

 火が転じて土性に変化しますよ。決して火が滅するのではなく高度になるのでそれを育てると自己も他者も社会に活かされているというもっと拡大したまなざしが生まれます。社会の仕組みによって個人の幸不幸の土台があると気づくようになります。
 国が戦争をするような国では幸福の追求が閉ざされるからです。最初の発端である火性に歪みがあると土性も金性も歪んできます。結果は自分を守るだけの水性を尖らせあるいは他者を無視する水性になります。木性の判断力はさらに歪み物事をまっすぐに見れないようになります。

・最初の発端である火性、すなわち育ちがいかに重要であるか。火が満点だからといって良いわけでなく、どういう姿の火であるかです。その姿によってはずっと大人になっても赤ちゃんのような傲慢を引きずるのです。

真の大人になるとは火から自分を乗り越えて、自己意識の拡大を社会性、さらには世界 地球 宇宙との出会いを成し遂げることでしょう。

火の自己意識の拡大を達成するとは自己という檻から抜け自由になることです。それは感謝の対象が拡大する過程でもあると思います。

火性の動物的感覚だけでは、人生は行き当たりばったり。少し進化して土性に入っても情に流される。

この二つだけでは社会的漂流者になってしまいます。金性に至ってようやく社会性が身につくけれど身につき過ぎては硬い鎧を纏ってしまい、しゃちこばってしまう。これでは鈍重な人生になってしまう。

 火の熱性が(自由への希求)金の硬い鎧を溶かしてくれて、土の共感性が硬い金を解いてくれる。土の高次な共感性とは生命共感というものでお互いに「一瞬の泡として生まれ消えていくもの」という実感に基づいたものです。これをおそらく仏教では「慈悲」というものではないかと思います。

さて火剋金をどう考えるか。金がいき過ぎて硬化している場合、その金をコントロールする火の次元の問題があります。感覚だけの火では硬化した金を溶かすことはできない。金を剋するにはその金よりも高次な火でなければならない。正しさを強調する金に「楽しければいいのよ」という単純な火では太刀打ちできないでしょう。

・金性は固定化という安定を作る方向で働きます。それが完成すると安住します。あらゆる変化を拒みます。思い込みによる頑固な状況で生きます。それで生きられれば良いのですが、そうは問屋が卸しません。この世界は変化するのです。周辺が変化するので適応できなくなりますね。外界の息吹を入れませんから内部は腐ってきます。そうした閉塞状況を打破する力が必要です。

それが火性です。火性は金性の殻を打ち壊します。火が硬く冷たくなった金属を温めて、さらに熱エネルギーを加えて燃え上がらせます。

行き先は不安定です。不安定感が増すと周辺の状況を観察するようになりますね。木性の判断力の発動です。人は見たようにしか判断できないので、ここが重要です。火が金を徹底的に燃やしておかないと思い込みで囚われた判断になりますね。

・親が金性での子の支配は単純ですね。命令して従わなければ怒る 不機嫌になる。わかりやすいので大人になってから暗示も解けます。解けない暗示の掛け方がある。命令も指示もしない。言われなくても私が不機嫌であること、
なにをしてもらいたいのか察しなさいネ。
こうやって子は自主規制的になって結果として水性を高めます。なにをして良いのか、したいのか分からない大人になり、そうなってしまった理由もわかりません。

 火の自己感覚にマイナスの作用を起こすものに水と金があります。自分を遠いものに感覚させるものは火そのものが低いのですが、火が高くても水が高いと一種の葛藤が起きます。その葛藤感覚が自己感覚を抑えます。

金が高い人は自己感覚よりも社会的な一般的な価値観を選択します。感じているものを誤ったものと認識させてしまいます。こういう場合は常に「正しいよりも楽しいを選択する」と意識しておくことです。やがては「楽しいことが正しいこと」であったと判るでしょう。

火の自己感覚が正しく機能すると、それは他者への共感能力に進化します。
他者を感じる能力に進化するわけです。自己感覚が薄い人がなぜ他者を感じられるでしょうか。

障害者施設においての連続殺人がありました。この犯人の青年は「痛み」の感覚が薄いのでしょう。自分に痛みの共感覚がないのです。他者の痛みを感じられないので平然と顔をそむけることなく実行できました。人が殺されるシーンに顔をそむけてしまう人は共感覚が豊です。金の差別意識は火と土の感覚を遠いものにしてしまいます。差別意識と生命感覚は両立しません。

・怒っている人は自分が今まさに怒っているとは自覚しないものです。怒っているではなくて正しいことを言っているのだと考えています。正しい=あたり前なのだから怒っているわけではないと思うわけです。

けれど、なぜか人は正しいと思っていることを表明するときは声が大きくなります。実は「正しくない」相手に対して「正しいこと」を言うときは怒っているのです。感情が動いているので声が大きくなるのです。怒りの感情が声を大きくします。

エゴギョウで言えば金性が正しいと思った時には同時に木性の客観的冷静さを剋するのです。金によって肝が破られたとき「怒り」が湧きおこる理由です。五行において肝は怒り、というわけです。

怒りとは感情の発散です。ですから、溜めてしまった鬱屈を掃き出すチャンスをいつもうかがってるのです。いつでも怒れる装置は「正しさの尺度を狭く」しておくことです。狭い分だけはずれる人は増えますから、怒れるチャンスも増大しますね。(笑)

怒る理由は本当は外にはなくって、その人にあるのです。怒りたいのです。怒ればスカッとするからです。金性の強い人は「正しさ」を武器にして怒るのです。

相手の怒りに対処する側は、あくまでも冷静にということですね。 線を引くぐらいでよいですね。
けれど、強靭な木性が必要です。そうでなければ相手の怒りをそのまま食べてしまうことになり、あなたにも怒りが湧いてきます。そのことを相手が吐瀉したものを食べると言います。

テクニックがあります。それは先ずは聴こえないフリをするのです。聴こえなかったので、何を言われたのかもう一度言ってくださいと頼みます。

そして、その意味が良く分からないので、もう一回、順序良く話してください。どうしてそう思うのかわかりやすく説明をお願いします。困った顔でなんども訊くのです。そのうち相手お冷静になります。怒る理由は「どんどん芋づる式に訊けば相手も怒る理由を失うのです。


木性の傲慢物事をメリットとデメリットで仕分けする。割りきれなくて余りが出れば切り捨てで良いと考えている。デメリットを選ぶ人の気持ちが分からず馬鹿にする。

口癖:それって損でしょう!

火性の傲慢
物事を自分を中心に考えるという天動説に立っている。好きか嫌いかという一つの指標だけで判断する。世間はそれで動いていないので壁に頻繁にあたる。自分でぶつかっているのだが、ぶつけられたと感じて不機嫌になる。

口癖:可愛い!
これは自分が可愛いいことは自分が守られる条件になっているらしい。
周囲を可愛いもので満たそうとする。
可愛いいものと同化できると感じている。

土性の傲慢
自分の能力を過大評価しているらしい。子供や困った人を救えるのは自分と過信。かまった分だけ相手の力を奪っていると気付けない視野狭窄状態。

口癖:してあげた

金性の傲慢



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