観光デザインのフレームワークについて

●ツーリズムの時代
 石森秀三は人類学の立場から、人類はこれまでに三度にわたる観光革命を経験し、50年ごとに観光革命が起こると述べている。1860年代の鉄道、1910年代の米国中産階級の隆盛、1960年代の航空技術の普及に続いて、2010年代の今起こっている世界規模の大交流を第4次観光革命と呼んでいる。今世紀はグローバル化の進行とともに、人々の流動性が急速に高まり、2020年には世界で5人に1人が外国人旅行客になるとUNWTOは予測している。ツーリストのみならず、それに関係する観光産業は膨大な規模に上り、21世紀に世界最大の基幹産業として社会の構造を大きく変化させ始めている。このように今世紀はこれまでに無かった未曾有のツーリズムの時代であると言える。

●観光デザインという視点
 一方でデザインとは19世紀の産業革命以降に社会の中に位置づいた行為であり、これも21世紀の重要なキーワードになっている。今ではデザインはモノを作るということだけではなく、社会的な課題に対して具体的なアウトプットを通じて解決をはかる思考方法であり、様々な局面でデザイン的な思考の必要性が唱えられている。
 20世紀はモノの生産をどのようにするのかということがデザインの中心であったが、モノの生産に関してある程度成熟を迎えた21世紀のデザインは、社会の形をどのように考えていくのかという方向をますます強めていくと考えられる。
 観光はすでにある資源をネットワークさせていくというソフトプラグラム的な側面から考えられることが多いが、積極的に観光資源を生み出していくというクリエイションの観点からも捉えられるべきであり、そのためには政策や制度、ライフスタイルや価値を生み出すという広い意味においても、また具体的な場所やモノの形やコミュニケーションの手段を生み出すという狭い意味においてもデザインという方法からアプローチすることは非常に有効である。
 従ってツーリズムの時代である21世紀において、「観光デザイン」という視点から既存のデザイン領域を再度編み直して社会とデザインとの関係を新たに構築する上で、どのような枠組みが必要なのかと考察することが求められる局面を迎えていると考えられる。そこで本論考では「観光デザイン」にはどのような枠組みが必要であり、それらは既存のデザイン領域とどのような関係を結ぶのかについて考察することを目的とする。

●観光デザインのフレームワーク
 デザインとは思考方法であると同時に、具体的にアウトプットを生み出す行為である。世界規模の人々の移動現象である観光におけるデザインを考える上で、どのようなアウトプットがあり、それにどのようなアプローチが考えられるのか。またそれらのアプローチは既存のデザイン領域とどのような関係を結ぶのか。それらを整理することで、人々の移動に伴って生まれる観光デザインというフレームワークとそのスキームについて考察を深める。
観光デザインを展開する上で、そのアプローチの方法としてデザインアウトプットから捉える方法と、観光体験から捉える方法がある。デザインアウトプットというのは、プロダクト、ファッションなどの「モノのデザイン」、インテリア、建築やランドスケープといった「空間のデザイン」、ウェブサイトや本、グラフィックといった「情報のデザイン」という3つに大きく分けられる。
 これらは20世紀のデザインのフレームワークの延長として考えることができ、その中に観光や移動にまつわる要素が包含されていると言える。
 一方で観光デザインというフレームワークにはまずトラベラー/ツーリストという主体がおり、それが様々な方法で移動し、別の場所へ訪れるという体験とそれらが集合する現象を前提としてデザインの枠組みを組み立てる必要がある。「現代観光総論」の中で前田は、観光主体(旅行者)、観光の客体(観光資源+観光施設)、観光の媒体(移動手段・情報)という三つの要素で観光という行為を捉えている。(※「現代観光総論」前田勇編著・学文社pp10-11)
 この要素からとらえると、①トラベラー/ツーリストに関するデザイン、②ディスティネーションに関するデザイン、③メディアに関するデザインと大きく三つのアプローチが考えられる。
 
●トラベラー/ツーリストに関するデザイン
①はトラベラー/ツーリストにまつわるあらゆるデザインであり、自宅や生活空間から離れて長距離を移動し、モノを持ち運ぶということを前提にしたデザインが観光デザインというフレームワークの中では必要であると言える。
 例えば旅行者が身につけ携行するような様々な旅の持ち物などは通常のデザインの観点とは少し異なると言える。バッグやキャリーケース、靴や洋服などのファッションデザインにおいて、移動の性能や旅先での使用に特化するデザインのアプローチは既出のブランドに様々な形で見られる。
 また同様に旅先で使用する様々な道具も、コンパクトで持ち運びしやすいように工夫された都市型のトラベルグッズから、大自然の中で使用できるように機能性を特化させた登山用品まで、移動を前提にしたプロダクトデザインはその機能性から生まれた表現が一つのファッションとして位置付いていると言える。
 またもう一方で、ディスティネーションから持ち帰る土産物もトラベラー/ツーリストがディスティネーションから持ち帰るプロダクトであると言える。土産物のデザインは性能や機能の面だけではなく文化的な要素が中心になっており、その土地の気候風土や宗教、文化や慣習といったディスティネーションの特徴がなんらかの形で内包した表現がデザインの中心に据えられる。また旅先での記憶や渡す相手に対する記憶の共有など、通常のプロダクトデザインの機能とは異なる観点からデザインスキームが組み立てられる必要がある。
 このようにトラベラー/ツーリスト自身と一体となって動くようなファッションやプロダクトは生活空間の中で日常的に使用するようなものとは少し違ったスキームで設計され、旅人を主体としたアイデンティティが表現される。観光現象の中心に来るのは、こうしたトラベラー/ツーリストという主体であり、観光デザインのフレームワークの重要な一部分を形成すると言える。

●ディスティネーションに関するデザイン
 ②はディスティネーションに関するデザインであり、トラベラー/ツーリストをその場所へと移動させる動機となるアトラクターのデザインが観光デザインのフレームワークでは中心となる。ディスティネーションのアトラクターは、気候風土や景観、建築や施設、名所といった「空間的要素」と、季節や祝祭、イベントなどの「時間的要素」の二つからアプローチすることができる。
 空間的要素のデザインは、ランドスケープデザイン、アーバンデザイン、建築デザイン、インテリアデザインなどの既存のデザイン領域においてこれまで行われてきたものであり、ディスティネーションにおいて最も重要な要素である。
 これらのデザイン領域は20世紀においては住環境の拡充と充実という観点から地域住民を主体にそのスキームを構築することに主眼が置かれていた。しかし観光デザインというフレームワークの中には、住民だけでなく地域を越えて訪れるトラベラー/ツーリストを含めた「ユーザー」という考え方でデザインスキームを組み立てることが必要である。
 20世紀前半のスペースデザインの支配的なスキームは、規格化・標準化・平均化という概念であり、どこの地域にも同じデザイン原理を適用することを目指したモダニズムの中で世界のあらゆる空間が建設された。一方でその反動から20世紀の後半にはそれぞれの空間の差異を重視したポストモダンの考え方が世界の空間を作り変えていったと言える。どちらにも共通して言えるのは、地域の文脈とは無関係に空間が生産されるデザインスキームを中心に据えていることである。
 一方で21世紀の大観光時代では、生活空間とディスティネーションとの地域性の違いそのものがアトラクターとなるため、地域性を中心に据えた空間設計のスキームが重要な概念となる。地形、植生、海岸といったランドスケープ。都市や建築などの町並みや施設。施設空間におかれるファニチャーや設備などのプロダクト。サインや情報掲示といったグラフィック。三次元的なデザインから二次元のデジアンに至るまで、気候風土や地域性に基づいて総合的にデザインされることが観光デザインにおいては重要であると言える。
 また同時にディスティネーションの空間が様々な文化背景を持つユーザーにとって快適であるためには、地域性の違いを超えた標準化や国際化という観点も重要である。従って観光デザインのフレームの中で求められるのは地域性と国際性とをバランスさせるデザインスキームである。
 もう一方の時間的要素のデザインというのは、その土地で起こるのデザインである。出来事には、地域の住民がの中で培われる日常的な出来事から、宗教的な祝祭や芸術に基づいたフェスティバルや、コンベンションのような集会による一時的な出来事まで、様々な時間スケールが含まれている。これらは既存のデザイン領域では扱われにくい対象であり、これまでは積極的にデザイン理論の中には取り組まれてこなかった。しかし昨今、ハード中心の20世紀からソフト中心の21世紀へと移り変わる中で、ライフスタイルのデザイン、ソフトプログラムのデザインやイベントデザインのような形で表現されることが増えており、観光デザインの中ではこうしたディスティネーションの時間的要素のデザインについて積極的にフレームを考える必要がある。

●メディアに関するデザイン
 観光において重要になってくる要素の一つにトラベラー/ツーリストとディスティネーションを媒介するメディアが挙げられる。ここでメディアと呼ぶのはガイドブックやウェブサイトのようなディスティネーションの情報を媒介する既存のメディアが一つである。こうした情報メディアはトラベラー/ツーリストがディスティネーションの情報を手に入れ、訪れるための一つの動機となるという意味において非常に重要な要素である。それだけではなく、映画やアニメ、小説といったメディアもその場所の情報の媒介を目的とはしていない自立したメディアであるが、トラベラー/ツーリストがその地域に触れ、訪れる観光動機になる可能性があり、観光デザインのフレームの中ではそうした物語そのものがメディアとなると考え、それらのデザインについての理論を構築せねばならない。
 


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