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アメリカ映画を禁じられたフランスで突如誕生したアメリカ映画――アベル・ガンス監督『キャプテン・フラカス』(Le Capitaine Fracasse,1943)

 1943年だから、戦前というよりは戦中というべきであることは重々承知している。その上でなおこの映画に触れようと思うのは、アメリカ映画の公開が禁止されたヴィシー政権下のフランスで、突如としてアメリカ映画が誕生し、しかもそれが滅法面白いからだ。
『戦争と平和』(J'accuse,1919)や『鉄路の白薔薇』(La Roue,1923)、『ナポレオン』(Napoléon,1927)といったサイレント映画で名声を勝ち得たアベル・ガンスAbel Gance監督が手掛けたトーキー映画である『キャプテン・フラカス』(Le Capitaine Fracasse,1943)は、ある時期のアメリカ映画のような映画である。


 いわゆるヘイズ・コードと呼ばれる映画製作倫理規定条項は、1930年時点ですでに誕生してはいたもののその効力を強く発揮するには、1935年ころまで待たねばならなかった。このわずかな期間をプレ=コード期と呼び、その時期に撮られたアメリカ映画の一部については、私自身もこのnoteに記事にしているが、このプレ=コード期で最も存在感を示したワーナー・ブラザースWARNER BROS.は、コード以後、いわゆる「スワッシュバックラーもの」を多く手掛けることとなる。この領域で最も存在感を示したのは、監督ではマイケル・カーティスMichael Curtiz、役者ではエロール・フリンErrol Flynnであろう。『ロビンフッドの冒険』(The Adventures of Robin Hood,1938)や『シー・ホーク』(The Sea Hawk,1940)といった作品は、今なお名作としてよく知られている。あるいは、戦後もジャック・ターナーJacques Tourneur監督の『快傑ダルド』(The Flame and the Arrow,1950)などの傑作があるが、このアメリカ製「スワッシュバックラーもの」に最も接近した作品のひとつが、フランスで誕生した『キャプテン・フラカス』であろう。

 映画はトーキー以後、滑らかに語る装置として作動し始めている。マイケル・カーティス=エロール・フリンの「スワッシュバックラーもの」も同様で、むしろそのように高機能なナラティブの映画であるがゆえにトーキーと順応できたといってよい。しかし、アベル・ガンスは徹底してサイレント映画の人物であり、滑らかさよりは視覚性の優位によって、アメリカ製「スワッシュバックラーもの」との差異が際立っている。冒頭の廃墟のような屋敷、キアロスクーロゆたかな画面、馬が引く馬車の車輪のアップショット、クローズアップの多用といったものは視覚性優位のアベル・ガンスならではのように思う。いっぽうでアクションの軽やかさはアメリカ映画にいささかも劣ってはいない。美しい階調で描かれるフランス製アメリカ映画――これが面白くないなどということがあるだろうか。


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