私の大学奮闘記3年次。 vol.1

大学3年次で変わったことを述べよう。

交友関係が変わったのだ。

私は(学芸員資格)をとるために友達と科目を履修していた。その間、美術科とは全体的に離れていた。

その理由は、やはり、おおくりょと別れたからであろう。
逃げていたわけではない。
必然的に、(将来)を選ぶ中で会わなくなったのだ。
そういうものだ。

ということだとおもったのだ。
おおくりょとのたくさんの思い出のある品川町の10畳のアパートも撤去して、駅裏にある稲田で下宿が一緒だったやっさんと暮らし始めたのは、3年次の後期の頃の話。

それまでは、弘前のイトーヨーカドーで新しくアパレル定員をしたいた。6ヶ月しか続かなかったが、すごく勉強になった。
その活力となったのは、”やっちゃん”という中学校専攻の教育学部の北海道仲間の彼氏の存在。

”やっちゃん”に追いつくために働いて明るくなるぞ!〜〜〜

それが原動力で頑張った!

今まで芸術の仲間といたけれど、やっちゃんといると心が晴れるし、北海道弁も話せる!

やっちゃんは、帯広のひとである。
わたしは、帯広に親戚がいて、(高橋まんじゅう屋)さんの話をすると、意気投合して二人で笑顔で語った!

すごく奇跡みたいで楽しく、このまま新しい恋愛が続くと思った。

けれど、いろいろなことがあり、私は4年次の卒業式に出られなかった。
やっちゃんと記念写真も撮れずに、私は札幌に戻ってきてしまった。

それは悲しい思い出で、

そんな悲しい思い出もあるけれど、ちょうど2011年には、SNSが普及され、Facebookでみんなの様子が見れるようになった。

時代と共に変容していくこの社会で、なにか繋がりができるのは嬉しい限りで、私は休学をしている間も、札幌に戻るか、弘前に帰るかどちらか迷ったけれど、

震災という真実から逃れられない

この事実には何も言わずに札幌に残る。

そう決めたのは、お父さんからや病院からの助言でした。


それからやっちゃんが、結婚したと聞いたのはSNSで知った2016年度の話。

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