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海外学振だけでスイスでポスドクはできるのか?

「ポスドクで海外へ行って修行したい!」というのはよく聞く話で、実際私もそのように考えて(短期ですが)スイスのETH Zurichに滞在して研究をしています。
日本で博士号を取ってからすぐに海外へ行ってポスドクをしようとする人にとって、最も有力な手段は海外学振だと思います。私自身D2の冬あたりからETHへ行くことを考えていたので、海外学振へ出すことを考えていました。
今回の記事は、「日本の学術機関の常勤雇用職に就いていない人が、スイスのETHで海外学振だけでポスドクができるか?」について話していきます。海外学振は博士号の取得後5年以内であれば助教や准教授などであっても取得が可能ですが、こうした人たちは大学に雇用されたまま(給料ももらいながら)海外学振の給与ももらって海外へ行けます。ダブルインカムならさすがに余裕で生活できると思うので、ここでは考慮しません。


海外学振の給料でスイスで生活できるか?

まず初めに考えることが、「物価の高いスイスで海外学振の給料は足りるのか?」ということです。
海外学振の給料は年収ベースで
・指定都市 7,519,000円
・地域甲 6,278,000円
・地域乙 5,037,000円
・地域丙 4,526,000円
となっています。
それぞれの地域がどのエリアに相当するかは海外学振の手引き16,17ページをご参照ください。

正直、この地域分けは物価や現地給与の実情に対応しきれているとは言えません。ヨーロッパの中でも比較的物価の安いフランスやポルトガルにいる先輩たちは余裕を持って生活できているそうですが、スイスで生きていくにはなかなか厳しい額だと思います。アメリカは多くの州が指定都市扱いになっているので意外と悪くないかもしれません(アメリカの現地ポスドクの給料はそこまでよくないという話もあります)。
ちなみにこの額は税金が引かれる前の金額です。在住国へ税金をどの程度払う必要があるのか(そもそも払う必要があるのか)については、国や地域によっても異なるので、あらかじめ確認しておく必要があります。
さて、仮に税金を一切払わなくてよいとして、チューリッヒで生活できるかどうかを考えてみます。過去に私の生活費を試算したところ、旅費や友好費を除くと月 30 ~ 40万円くらい使っているということがわかりました。

自炊は必須として、もし税金を払わなくてよければ(独身であれば)ギリギリ生きていけそうです。郊外では家賃が安くなる可能性もあるので、もう少し余裕が生まれると思います(その分生活も不便になりますが)。意外なことに、海外学振でスイスで生きていくことは不可能ではなさそうです。ちなみに、配偶者や子どもを連れていく場合にはより広い家を探す必要があり、家賃も倍以上に跳ね上がるので、海外学振だけで生活するのは難しいでしょう。

海外学振の落とし穴(ETH Zurichの場合)

生活費は問題ないとして、次に考えることはビザの問題です。
海外学振を取ると2年間海外で研究することになるので、現地のビザを取得することが必須です。スイスの場合には、Residence permission(滞在許可証)を発行する必要があります。そのためには、生活するのに十分な収入があることを(大学を介して)証明する必要があります。
海外学振は雇用関係を結んでくれません。したがって、海外学振特別研究員は、「日本でどこにも雇われていない人」という扱いになります。この場合、受入先の大学としては、以下の二つのうちどちらかのやり方を取ることになります。
(1)客員研究員として受け入れ、受入先の教員が(教員の好意次第で)自分の研究費で給与や社会保障料の補填を行う
(2)正規の博士研究員として受け入れ、受入先の教員が自分の研究費で給与の差額を支払う
ETH Zurichの場合、(1)の客員研究員に相当するポジションとしてAcademic guestというものがあります。私もこの身分を与えらえれて滞在しています。

この身分は基本的に、どこかの大学や研究機関に所属している博士課程学生やポスドクが、一時的にETHに滞在して研究を与えるという場合に与えられます。基本的にはこの滞在のあと、所属している機関へ帰ることが前提となっています。
一方で、海外学振は日本での身分を与えてくれないため、ETHでAcademic guestの身分を得ることはできません。したがって、正規のポスドクとして受け入れてもらう必要があります。
ポスドクの給与は一律に決まっていて、受入先教員の意志でこの額を上下させることはできません。一年目は92,200スイスフラン(≒1,500万円)で、これだと海外学振より900万円高いことになります。

この差額を受入先教員が支払うことができない限り、いくら海外学振に採用されても受け入れてもらえないということになります。教員としては、この差額を払ってまで(しかも海外学振を取れるという保証がない)人をポスドクで雇うよりは、新しく博士課程の学生を雇うことを選ぶと思います。
したがって、ETHへ行きたい場合には、初めからポスドクとして雇ってもらえるという話をつけたあとに、海外学振に応募するという流れを取る必要があります。もしこれで海外学振を取れれば、受入先の教員も多少研究費を節約できることになります。実際に、同僚の韓国人ポスドクがこのやり方で最初の一年間自分の給料の半分を自国の研究費で賄って、二年目からは給料の全額を教授に払ってもらうという形に切り替わりました。なお、自分で研究費を持ってくる場合でも雇用は100%扱いです。

海外学振以外の方法

いきなり現地で雇ってもらうのはそれなりにハードルが高く、雇う方も(よほど研究費を持っていない限りは)給料の高いポスドクを雇うときは慎重になってしかるべきでしょう。そのため、まず海外学振で海外へ行って、そのまま追加で数年雇ってもらうという方法がよく使われますが、ETHではこれができません。したがって、他のやり方を考える必要があります。
もしポスドクをしたいと思うところが決まっているのであれば、博士課程の間に若手研究者海外挑戦プログラムで行くのが一番だと思います。3~12か月滞在できて、100 ~ 140万円の研究奨励費+往復航空費がもらえます。スイスでも3か月であればこの額で生活できると思います。

かつては学振とETHの間で交換留学事業があり、毎年10人程度の学生が短期留学していたのですが、残念ながらその制度はなくなってしまいました。
日本国内でポスドクになって、その間に短期滞在で研究するという方法もあります。この場合、日本国内の財団の助成金へ応募するのが有力ですが、スイスへ行きたい場合には以下のSNSFの助成金にも応募できます。

あとは、現地のフェローシップを取るのが有力な方法です。ヨーロッパでは、もともとある国で研究してこなかった人が、ポスドクとしてその国へ来る場合に応募できるマリーキュリー財団のフェローシップが有名です。

スイスでは給料水準が高いため、スイス版のマリーキュリーフェローシップがあります。ただこれは狭き門で、かつ研究計画を(当然英語で)10ページにわたって書かなければならないということで大変です。業績よりは研究計画の良し悪しと、自分のスキルと研究計画との親和性が重視されるようなので、NatureやScienceがなくてもあきらめる必要はないですが、申請書作成にはかなり時間とエネルギーを割く必要があります。採用率は2割くらいだったと思います。

ETHの場合はETH postdoctoral fellowshipというものもありますが、これは半年で12人しか採用されないというとんでもなく狭き門です。このフェローシップを取った後は独立したキャリアへ進むことが想定されていて、それ相応の業績も求められます。私の場合は応募自体はできるのですが、受入先の教員が一人しか推薦できないこと、かつ私の業績を考慮し、応募は見送っています。実際にこれを取得していた元同僚たちは既に自分の国へ戻って独立ポジションを得ています。


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