重たく気軽な関わり

『PC版「アメーバピグ」が終了へ 利用者から惜しむ声』という見出しをツイッターで見た。
アメーバピグ。なんて懐かしい響き。
ちょうど中学生の頃、私の周りではアメーバに関したものがやたらと流行っていた。
主にブログサイトのアメブロとアメーバピグだけど。

部活の先輩や同期がやりだしたブログは全てアメーバ。よく読んでた。フレンドから芋づる式に先輩方のブログを見つけてしまって焦ったなあ。思えばその頃から身近な人の書くものが好きだったのかもしれない。
ブログの公開方法としてアメンバー限定公開、つまりフレンドじゃないと読めない記事なんてのがあったな。最後まで読み専でアメーバに登録してない私はなんども歯ぎしりしたや。

当時はガラケー主流だった。それもクラスの限られた人だけが持っていて、私は古びたテレフォンカード片手に公衆電話で親と連絡を取っていた。「Yahoo!メール」という家にいても学校の友達と話せる魔法を人に教わってからはだいぶ変わったけれど。
連絡網という名の電話番号の載った紙を見つつ家電をぽつぽつダイヤルしなくとも、パソコンで時間を気にせず連絡が取れる。遊ぶ集合時間もメールでやりとり!起きていたら結構早めに返ってくる返信!リロードのボタンをクリック!クリッククリック!
家にいるのに友達と話してられる喜びは、何度だって噛み締めていた。文明を祝った。ネット回線に感謝した。メールというもの!ありがとう、ありがとう!!
パソコンで周りの人と連絡が取れるなら十分、だったはず。それなのに。

ブログにアメーバピグをリンクさせてる人もいて、それで興味もったんだったけ。それとも毎日のようにコマーシャルで見かける仮想空間での生活に憧れていたのか。身近な人のアメーバについての会話についていけなかったからだったかな。
とにかく、中学生のあるタイミングでアメーバピグをやろうと思った。

でも、思うようにはいかなかった。なにせお家のパソコンは古くてダメダメだったから。
アメーバピグを検索して開くとロード時間が死ぬほど長い。それでも辛抱したらパッと鮮やかな世界が広がる。多種多様のピグと呼ばれるアバター。カフェや港の空間。
これが、アメーバピグ。

CMで見ていた、あの世界。これで色々遊べるんだー!
意気揚々と登録のボタンを押す。しばしのローディング。そしてフリーズ。
あれ?
登録のボタンを押す。説明を読む。次へ。読む。次へ。止まる。やり直し。
登録のボタンを押す。次へ。次へ。次へ。止まる。やり直し。
登録のボタンを押す。止まる。やり直し。
ってな感じでとにかく登録さえ困難だった。

パソコンは重みを増して、サーバーは切れてしまう。家にいる間の限られた時間しかパソコンは使えないのもあって、やろうと思った日には始められなかった。正直、想像以上に上手くいかないもんだから結構むしゃくしゃっとした。
それでも私は何度も検索して登録のボタンを押す。押す。押す。めげなかった。日を置いて再チャレンジ……いつまでたってもゲームを始めることのできない無限フリーズ焦らし。
アバターの設定を決め終わった段階になってフリーズしてしまったのには心底やめてやろうかと思った。
けれど、ついに全ての設定や諸注意を乗り越え、私はピグを手に入れることができた!
登録を終わらせたことによって、それからはログインページを乗り越えるだけでアメーバピグの世界に滑り込むことができた。

最初に見えるのは私の家らしき空間。何かにかこつけて届けられるアイテム。家を出ると広がるガーデン。ある程度選べるファッション。素敵、素敵、素敵!
これが、アメーバピグ!

長い間辛抱してきた私は突如広がった異空間に胸がじいいんとした。
そうだ、お出かけしよう!
色々なところへ行けた。現実の私が知らないクラブ的なところもあったと思う。
知らん人たちが知らん会話をしてる!ピグの頭上から吹き出しが出てて、ピグたちが会話をしている。う、盗み聞きになっちゃう!
私も話しかけられた。吹き出し同士で会話する。わわ、私知らない人とピグで喋ってる!!!すごい! もう感動の嵐だよね。うん。

ある日アメーバピグから、カフェをやらない?とお誘いが来た。畑をやらない?ともお誘いが来た。なになに、やるやる!!

カフェで給仕をするゲーム。畑で育てた野菜を収穫するゲーム。とにかくめっちゃ楽しかった!!のめり込みにのめり込んだ。
野菜は育つのに時間がかかるからその間にカフェで働いて、野菜が育てば収穫して調理して……。なんだこれ、むっちゃ楽しいやん。
これが!アメーバピグ!!!

畑には、他の人の畑に遊びに行くというシステムがあった。人にあげる用の水アイテムを使って知らない人の畑に水を撒くという。水を手に入れるのも時間がかかるから、かなりありがたい仕組み。
おそらく誰かが気まぐれで私の畑に水を撒いてくれたので、お返しに訪問したのがきっかけだったと思う。
初めてピグ同士で交流をした。水をやりあう仲間。何かフレンド的なのにはなってたっけ。とにかく、ログインしたら水を撒く。相手も私の畑に撒いてくれる。たまたま顔を合わせれば、頭上の吹き出しでコメントを打つ。挨拶程度のささやかな会話。
幸せだった。家の中にいるけれど、外の人と繋がりを持てている。アメーバには誰かがいて、私と話してくれる。水をやるという関わり方で私たちはつながっていた。

そういう水のやり取りをする人が数人できる頃には、とにかくしょっちゅう落ちてしまうアメーバとの付き合いにも慣れてきた。
私のピグの世界は不安定なままで、何度も途切れてはやり直していた。大抵、会話中に私はフリーズして消える。しかし針ぐらいの隙間からだとしても、見えた世界は刺激的だった。とにかく新鮮な喜びだった。

気づかぬ間にそれが私の周りの全てだと思い閉じ込められるままでいた、家庭と学校だけの狭い世界。そこにアメーバピグは光を差した。そこに私は生きていた。水やりの交流。細くて頼りない繋がりだけど、必死にその光にしがみついた。

家に出現した刺激的な世界。少し厚いデスクトップが夢見させる異空間。今考えれば自宅のクローゼットから迷い込むことで始まる「ナルニア国物語」みたいで素敵じゃない?
アメーバでの生活にのめり込んだ。アバターのレベルは上がり、ゲーム内のお金も貯まった。熱中。学校から帰って夕食入浴の隙間の時間はすべてアメーバ一色に変わった。
親の目を盗みながら二階のパソコンを使い、階段を登る音が聞こえればパソコンに布を被せた。とにかくこっそりと遊んだ。なぜなら私は二階の部屋でお勉強をしていることになっているから。現実の物音に耳をそばだてながら、仮想空間に夢中になる。何度切れたって構わない。

もともと熱中しやすいたちなことは自覚していた。過去に、DSiでやっていた「どうぶつの森」にもハマりにハマってとうとう食事中さえ手を離せなかった。それでとうとう親にきつく怒られて、だんだんと森の仲間たちとは疎遠になった。フェードアウト。訪れるたびにおびただしい数の雑草。部屋に現るゴキブリ。久しぶりだね、○ヶ月振りじゃない?と急に数字を突きつけてくる住人。今はもうどうぶつの森はおろかDSiすら持ってない。ごめんね、森の住人たち。お別れも言わないで。
でもきっとね、アメーバピグでは違うさよならができたよ。

親に、私がしょっちゅう学習机を抜け出してパソコンを開いてることがバレてしまった。厳重な警備体制。今以上に頼まないと使わせてくれないパソコン。
もうだめだ。
実際、親に見つかる前からも、自分が異常に熱中しているのを怖く思うところがあった。とにかく私のハマりやすいたちはあまり良くないって一応わかっていたから。課題に何も手がついてないのは困る。しかしやり込んでしまう。私はどうしたらいいものか。もうこのままハマり続けることなど不可能だ。そうしてはいけない。でもアメーバは楽しいのに。

私は覚悟を決めた。アメーバピグを退会する。
私は畑で毎日水をやりやっていたフレンドに挨拶しに行った。畑にフレンドがいれば、「もうアメーバを退会します。今までありがとうございました。楽しかったです」とメッセージ。そしてありったけのゴールドで庭を飾るお高めのアイテムを贈った。
その次の人も。次も。
私はアメーバピグ上で死ぬ。けれど、ここまでに稼いだものは全てこれからも生きていく人、特にお世話になった人たちに贈りたかった。退会でゴールドが水の泡になるのが悔しかったのもある。
やめると聞いて急いで私の家にフレンドの一人が駆けつけてくれた。もうほとんど覚えてないけど、「やめちゃうんですね・・・」みたいなことを言ってくれたと思う。
その人は私が贈ったアイテムと同じものを私に贈った。どうせやめるんだから、消えちゃうんだから、あなたのゴールドの無駄になっちゃう。そうならないためにも贈り物をしたのに。全財産を全て分けて消えたいというのを察してくれないのだろうか。また所有物が増えてしまった。なんだよ、やめてくれよ贈り物なんて。
これが、アメーバピグ……

すべて、他のユーザーに渡せるものを贈り、すっからかんのお財布。それでも一ミリでも見えた外の世界は、まぶしくって後ろ髪を引かれっぱなし。退会ボタンを押せばアバターもアイテムもすべて消える。なかったことになる。やだな。
それでも私はなんとか退会ボタンを押して、アメーバ中毒から抜け出した。

普段通り、パソコンでやることといえば、好きなバンドの最新情報を検索するか、先輩方のブログを読むか、Yahoo!メールで部活の人たちと話をする。そういう日常に戻った。メールの返信に時間がかかることも会話が弾むこともあったけれど、パソコンをこそこそ使うことはめっきり減った。勉強もやりだした。

これでよかったんだよな、とアメーバピグのCMを見かけては感傷に浸る。

そうしてそのうち、アメーバピグが差した光を覆うように、受験勉強という重たい雲が私の世界を包むこととなった。
家と学校の往復、家族と友達と先生。それだけ。それだけが私の世界になって、居心地の良さをキープする必要にかられる。
勉強のために、隣駅の公民館の自習スペースを借りはじめなければ、二つの世界に押しつぶされていたに違いない。

最初に家と学校の狭いコミュニティに風穴を開けてくれたのは、アメーバピグなのだろうなあ。中学生の視野にとんでもない広さを覗かせてくれてありがとう。アメーバピグのPC版は終わるらしいけれど、狭い世界が当たり前だと思い込んでいた私には、素敵な異空間と交流でした。

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