【書いてみた】短編|三日月のオブジェ

夕暮れと夜の境界線。
青くて赤い空に、月が登り始める。

今夜は、月が鳥居を照らす。

私の学校の隣には、神社がある。
木々が生い茂る、地元ではパワースポット的な場所。

この神社には昔から、ちょっとした噂が囁かれている。

『逢魔が時以降、決して1人で神社に足を踏み入れてはならない。』

逢魔が時。
大きく禍々しい時間だから、この世の者ではないモノを見やすい時間だと言うけど⋯

実際は大人が作った『早く家に帰れ』という戒めか何かだろう。
神社の隣は学校なら尚更、子どもを納得させやすい。

夕暮れには、行灯や鳥居に明かりが灯る。

私はこの景色を廊下の窓から見るのが好き。
暗闇を照らす暖かい光。
それが何だか幻想的で⋯惹かれる。

ある日の放課後。
部活が終わって、いつも通り自転車で帰ろうと鍵を刺そうとした時。

神社の方向から、ざわっとした風が吹いた。

ふっと、神社の入口を見ると。
入口の左側、一瞬何かが光った。

「⋯?」

神社を入って左側には、手水舎(ちょうずしゃ)がある。
水が反射した?でも⋯

スマホで時間を見るのも
昔から伝わる噂も忘れて
私は鳥居をくぐった。

さらさらと手水舎から流れる水が心地よく私を誘う。

こつん。
何かがローファーのつま先に軽く当たった。

目を凝らして足元を見ると、何かが落ちている。

つま先に当たった物体を触ると冷たかった。
拾い上げて、行灯の明かり越しに見てみると⋯

ガラスのビンに入ってる、三日月。
例えるなら、そんなオブジェだった。

現実的にはありえない光景。
でも、ものすごくキレイなオブジェ。

どうしてこんな所に?
誰かの落し物か、忘れ物?
社務所に届けた方が⋯

手水舎の反対側に社務所がある。
私はオブジェを届けに行こうとした。

⋯でも、その前に、
1枚くらい、いいよね。
SNSに上げないし、盗む訳じゃないんだし⋯

私はスマホを取り出してカメラのアプリをタップした。
いつもの盛れるアプリ⋯じゃなく、スマホ搭載の、普通のカメラアプリ。
何故かそれで、自分が満足いく写真が撮れる気がして。

行灯の光をバックに、オブジェが映えそうなポジションを探す。

「⋯あ、ここだ!」
わくわくしながら映えを期待して、シャッターをタップしたその時。

パチッ!

「⋯えっ?何?」
シャッターの音⋯変わった?

パチッ!バチバチバチバチバチ!

白いチカチカした光が私に迫り来る。

「⋯きゃあっ!」
恐怖で小さく悲鳴をあげた私は思わず体を伏せた。

「⋯?⋯!?」
目をゆっくり開けた瞬間。
明らかに今いた神社ではない光景が広がっていた。

何年か前に歴史の教科書で見た、教科書の写真とよく似た部屋。
この前行った古民家カフェをもっと広くしたみたいな⋯
歴史の教科書で見た格好をしてる男の人達。
男の人達が刀を向けてる先には⋯きれいな着物を着た女の人。

ただ、女の人は少し何かが違う。
頭に⋯耳?ふわふわした、耳。
背中から大きなふさふさした⋯あれは、しっぽ?

⋯こ⋯コス、プレ?
こんな平日の夕方から撮影会なんてしてた?
神社の中に迷い込んだ?でも⋯
でも私、ここまでどうやって⋯?

この状況の辻褄をとにかく合わせたい。
声が出せてない自分に気づかないまま、頭がぐるぐるしていた。

『その姿は⋯おのれ!』
『⋯あの方が決めた事ですか⋯?』
『あぁそうだ!やはり人間の世に妖は必要ないとな!』

⋯あや、かし?

がしゃん!
大きな窓が一斉に割れた後、女の人に付いてる耳やしっぽがザワザワと逆立ち始めた。

『ひいっ!』
『恐れるな!もう援軍が来るわ!』
『陰陽師が封印のまじないをかけておるところよ、お前はもう消えるんだ!』
『この妖がぁ!』

男の人達が刀で女の人に切りかかろうとしたその瞬間。
女の人を囲み守る様に火が燃え上がった。
『うわぁぁぁ!』
その火は、家も、男の人達も、焼き尽くしていく勢い。

火!?⋯え、火⋯?
熱くない。
どうして?

『⋯て⋯た⋯のに⋯』

⋯えっ、何!?

火の勢いが強くて聞き取れない。
でもその前に情報量が多すぎてこの状況に追いつけない⋯

『ふふっ⋯ははははっ⋯』
女の人が涙を流しながら天井を見つめて力無く微笑む。
その手からこつんと何かが滑り落ちた。

女の人の足元には、あの月のオブジェ。

何であのオブジェがあんな所に!?

ガラガラと大きな音を立てて
天井から火が落ちてこようとした。

あぶない!

⋯え?

神社の手水舎。
足元にはこつん、とつま先に当たってる月のオブジェ。
オブジェを見た途端、体から力が抜けてその場に蹲(うずくま)った。

冷たくなった汗で全身から体温を奪われ
髪の先からは汗がゆっくりと滴り落ち
その汗はポタリと土に水滴をひとつ、またひとつと作っていく。

得体の知れない恐怖と
泣き叫びたい衝動を抑えるのに
ただただ必死だった。

『大丈夫ですか?』

懐中電灯で私を照らしたのは、この神社の女性神主だった。
叫び声がしたから、様子を見に来たのだという。

「あの⋯こ、れ⋯」
私は上手く喋れず、足元にある月のオブジェを指さす事で精一杯だった。

『あぁ、こんな所にいたんですか⋯見つけてくれてありがとう。とにかく社務所へ。』

ふらふらと立ち上がった私は
神主さんと共に社務所へ向かった。

身体が温まると神主さんから渡された少し苦いハーブティーを飲みながら、私はあの月のオブジェの話を聞いた。
東京のとある作家が作ったもので、たまたま神戸での個展を見た神主さんが一目惚れして買ったものらしい。

話だけ聞けば『ただ縁があって気に入ったから買った』と言えば終わる話。

それなら⋯

私が見たアレは⋯

結局、私は何も話せず。
さっき感じた恐怖や衝動を置き去りにして、家に帰った。
親に心配事を言われても頭に入らず。
ただ、何も感じず。
全てを洗い流す様に長めのシャワーを浴び、全てから逃げる様に眠った。

あの日以来、自然と窓から神社を見なくなった。
心がけている訳でもなく、自然と。

でも。
風が吹くと、ふと。
鳥居を見て、思い出してしまいそうになる⋯

⋯夕暮れと夜の境界線。
青くて赤い空に、月が登り始める。

今夜も、月が鳥居を照らす。
優しく。
冷たく。

神社を守る、結界のように。

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