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【フードアナリスト協会・横井会長のおすすめ本】宮本輝 著『海岸列車』

宮本輝さんの代表作の1つ。宮本輝さんはこの春の叙勲で旭日小綬章を受賞。新聞の履歴を読んでこの本を思い出しました。宮本輝さんの小説はほぼ全て読んでいます。

証券会社のサラリーマン時代、会社から帰って寝る前の1時間は、司馬遼太郎さんか宮本輝さんの時間でした。初期のデビュー作「三河(さんかわ)」も読んで衝撃を受けました。この作家は書きたいものがまずあって書いている。三河とは、「泥の河」「蛍川」「道頓堀川」の初期の三部作を呼びます。

思い起こせば若いころは宮本輝さんの小説と共にありました。「流転の海」「葡萄と郷愁」「真夏の犬」などなど。テレビドラマになった「青が散る」は戦後日本の教養小説(ビルディングロマン)の金字塔です。今でも主題歌の松田聖子さんが歌った「蒼いフォトグラフ」は好きです。宮本輝作品は何度も何度も読み返しました。

特にこの「海岸列車」は何度も何度も読んで心癒され心救われた作品です。
幼い日、母に捨てられ大きな心の傷を負いながら生きる兄と妹。その心の傷をいだきながら、二人は愛を求めてさまよい、傷だらけの青春を生きぬく。
そして青春との訣別の時が来る。ネタばれにならないように書きましたが、舞台は山陰。城之崎駅から鳥取へ行く途中にある鈍行列車しか停まらない駅「鎧(よろい)」。

鳥取で高校時代まで過ごした私がよく乗った山陰本線のこの路線を「海岸列車」と作中では読んでいます。山陰本線は複雑な山間を海に面して走ります。特に城之崎から浜坂あたりまでは山が続きトンネルばかりです。
長い長いトンネルの合間に見える青い海、これがこの作品のテーマです。
主人公が大切にしているペーパーナイフに、記されている言葉。

「私利私欲と戦え。私利私欲のための権力とそれを為さんとする者たちと戦え。」

この推薦文を書くために海岸列車の単行本を読み返して確認しました。この文章です。この言葉を私は記憶違いでこのように覚えていました。

「全ての自由を阻む者と戦え。自由を阻むための権力とそれを為さんとする者たちと戦え。」

大きな間違いですが、なぜか覚え違いをして、その覚え違いの言葉が私を突き動かしてきました。若いころから何度も何度も私をこの覚え違いの言葉が慰め勇気づけ奮い立たせてくれました(笑)。苦しい時、辛い時、悲しい時、もうダメだ、と思った時、この言葉が私の脳裏に響きました。

新型コロナ災禍で、ロックダウン、自粛と自粛要請。マスク強制。自粛警察。こんな時代だからこそ、自由、民主主義、平和、という人類が永い文明の歴史の中で勝ち取ってきた最大の叡智についてもう一度考えてみたいと思います。

私にとってとても大切な小説がこの「海岸列車」です。

「海岸列車」の単行本は引っ越しの時になくなってしまい、数年前本屋さんで久しぶりに文庫本を立ち読みした時、私の記憶違いに気がつきました。
人生は日の当たる場所を歩く人も、日の当たらない場所を歩く人もいます。
とても含蓄と啓示のある良書です。


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