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我々はいつから容姿重視になったのか?(前編)――美人にも不遇の時代があった!?


ルッキズム」という言葉をご存じでしょうか?

ルッキズム(英: Lookism)とは、身体的に魅力的でないと考えられる人々に対する差別的取り扱いのことをさす。
身体的魅力はよいものと関連づけられる。他方、身体的に魅力がないことは悪いものと結びつけられる。多くの人々が、身体的特徴で他者を判断する。その人がどのような身体的特徴を持っているかによって、人々の対応の仕方は変わるのである。"美しきものこそ善"というステレオタイプに関する研究によれば、身体的に魅力的な人たちはそのルックスで得をする傾向にあったという。(以下略) ――Wikipedia

 私はTwitterのタイムラインに流れてきたフェミニストの方のツイートでこの言葉を知りました。まあ、Wikipediaから引用するレベルの、なまかじりの知識です。
 私自身としては「もう中年だし、恋愛レースからとっくに降りたよ。後は若い人たちでがんばってくれたまえ」と、酸いも甘いも噛み分けたヤリチン紳士風を装ってうそぶきたいところですが、実際のところはそのレースへの出場権すらずっと得られていない立場。もちろん、ルッキズムの文脈の中においては、得をしないほうの人間です。そう、若い頃から幾度となく辛酸をなめ尽くした側。
 ところが、このルッキズムの恩恵を多分に享受しているような女性が好きなのだから、たちが悪い。この倒錯した構造に悩んでいる人は多いのでは?
 同様(?)に、「表向きは『面喰いではありませんよ』と言いながらも、美人が通れば3秒はガン見する」と赤裸々に語るのが、最近哲学系YouTuberとして活躍しだした北畑淳也さん。


 著書『世界の思想書50冊から身近な疑問を解決する方法を探してみた』(フォレスト出版)の中で北畑さんは、ルッキズムに関連して井上章一『美人論』(朝日文芸文庫)を参照しながら、近代日本のルッキズムの原点(?)である明治時代からつづく「美人」の変遷と容姿重視(ここではあくまで男性側の立場において)になった背景について、独自の解釈を交えて解説しています。


 以下、該当する節を一部抜粋、本記事用に再編集したうえで、2回に分けてお届けします。

「顔立ちがいい」
 これだけで、人生においてどれほど得をするでしょうか。もちろん、あなたがもし道徳論者であれば「そんなことはない。人間は性格だ。人を見た目で判断するな!」と諭すかもしれません。しかし、現実では、恋愛や結婚に限らず、就職の面接や会社での待遇に至るまで、容姿端麗で得をする場面は少なくないでしょう。実際、結婚相談所の人と話をする機会があったのですが、女性は顔以外にもはや何も見られてないんじゃないかというくらい容姿によって男性からのお見合い申し込み人数が変わるそうです。
 私自身も表向きは「面喰いではありませんよ」といいながらも、美人が通れば3秒はガン見しますから、例に漏れない人間の1人です。
 しかし、容姿が重視され、「かわいいは正義」が露骨にまかり通るのは人類普遍の歴史ではありません。そう指摘するのが、井上章一の『美人論』です。
 こちらの著書は、人々がなぜ面喰いになったのかについて非常に興味深い分析を行っています。

●美人不遇の時代はあった
 著者の井上は、実は美人にも不遇の時代があったという驚くべき主張をします。これは現代社会に生きる我々にとっては信じがたいことかもしれません。
 たとえば、明治時代の「修身」の教科書では美人が貶められていました。「修身」というのは今でいう道徳の教科書みたいなものですが、その中で、〈美人は、堕落しやすい。だが、醜女はちがう〉という記載が出てくるのです。その意図するところは、美人がその恵まれた美貌ゆえに驕ってしまうのに対して、醜女は謙虚で勤勉だから〈さまざまな「才能」が身につく〉というのです。
 今読むと、とんでもない偏見だというのはいうまでもありません。しかし、当時はこれが教科書として流通していたのです。今の時代の教育現場では容姿に触れることすらタブー視されていますから、この記述は時代の違いを感じさせます。
 一方で、〈修身の教科書も、まったく的外れなことを書いていたわけではない〉と井上は述べます。つまり、まったく的外れなことをいっていたわけではなく、実際に美人は不美人よりも学業を全うすることが困難な社会状況があったのです。
 当時は初婚年齢が10代ということも当たり前で、在学中に結婚して中退する人が多かったことが挙げられます。
 もちろん、〈在学中に結婚をしてしまうのは、どちらかといえば美人と目される女学生であった〉わけで、不美人が学問を究めやすく知的になるのに対し、美人は知的な修養を積むことが困難な傾向があったのは否定できないのです。

●我々はいつから面喰いになったか
 ただ、明治という時代は容姿が重視される時代の幕開けでもありました。なぜなら、江戸時代までは、〈家柄と血筋が大切〉だったので、上流階級になればなるほど、〈嫁を容姿で決めるなどということは、ありえない〉時代でした。ですから、容姿端麗で得をしなかったといってもいいでしょう。
 もちろん、見つけた美人を無理やりしかるべき家の養子にするという荒業もありました。しかし、あくまでも例外的で、まず重視されたのは家柄と血筋だったのです。
 このような家柄や血筋を最優先する価値観が明治になって劇的に変わったということを井上は述べるのです。もちろん、そういった価値観が明治時代に一切なくなったことは意味しませんが、明治政府が行った身分制度の廃止はそれなりに影響力がありました。この身分制度の廃止によって家柄や血筋を気にせず、誰とでも結婚ができるようになったのです。
 さて、この自由恋愛や結婚の自由が認められることで、結果的に〈容姿のしめるウエイトが、かくだんにおおきく〉なるわけです。〈身分にこだわらない愛のその実態は、じっさいには面喰いのことだったのではないか〉という井上の指摘は非常に鋭いものがあります。

「身分にこだわらない自由恋愛がルッキズムを生んだ」というのは、なんとも皮肉めいた指摘です。
 じつは、日本のルッキズムをさらに加速させた要因が明治時代にあるそうなのですが、それは後編にてお伝えします。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 以上、編集部の石黒でした。

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