もうひとつのフォーミュラリー 第1巻 ~薬剤師向けの医薬品集は存在しない~
第1章 はじめに
▶病院薬剤師の5つの悩み
この度は拙著を手に取っていただき、ありがとうございます。
突然ですが質問です。
あなたの施設は下記のうち、どれかに当てはまりますか?
もし当てはまらない場合は、今すぐ読むのを止めていただいて結構です。
本稿はこれらに該当する医療施設の薬剤師向けに書かれています。
かく言う私の勤務先もそうでした。
この5つの悩み(薬剤師不足・教育体制・業務改善・情報共有・予算)を克服するための方策こそが、本書のテーマ「フォーミュラリー」なのです。
▶フォーミュラリーとは?~7つの機能~
近年「フォーミュラリー」という言葉をよく耳にするようになりました。
特に有名なのが、2015年頃より増原慶壮先生(元聖マリアンナ医科大学病院薬剤部長・現日本調剤取締役)が提唱されている「科学的根拠に経済性を踏まえて策定された医薬品の使用指針」としてのフォーミュラリーです。
導入すれば近々診療報酬として評価されるという噂も漏れ聞きます。
ただ、何もこれだけがフォーミュラリーではありません。
フォーミュラリーは直訳すれば「医薬品集」。
下記のように、実に様々な意味合いがあるのです。
ちなみに、付記したパーセントはJASDI(日本医薬品情報学会)会員施設に対して実施したアンケート結果に基づいています。
この本のタイトル「もうひとつのフォーミュラリー」とは、私がブログ・YouTube・Twitterで情報発信している「クラウド型医薬品集」のことです。
▶クラウド型医薬品集とは?~求められる3要件~
クラウド型医薬品集(以下「クラウド型」)は、文字通りクラウド上で制作した医薬品集のことで、医薬品情報サイトのリンクや専門書の引用で構成されています。
これは、「IT全盛」という時代背景を考慮すれば、(少なくともDI担当者ならば)ごく自然に思いつく発想です。
当院では、この「クラウド型」を2013年より導入しています。
「クラウド型」の特徴は、「信頼性・最新性・迅速性」です。
翻って、皆さんが日々使用されている医薬品集は次のどれでしょうか?
2020年にフジテレビ系で放映されたドラマ「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」の舞台となった萬津総合病院の場合は下記の通りでした。
しかし、これらはお世辞にも「最新性」が高いとは言えません。
身も蓋もないことを言えば、病棟薬剤業務実施加算に関する通知に照らせば、インターネットを使用していない時点でアウトなのです。
▶薬剤師向けの医薬品集が存在しない理由
医療ニーズは多様化・専門化・複雑化の度合いを加速しており、必然的に実務上要求される医薬品情報もまた増加の一途をたどっています。
「添付文書だけでは薬剤師業務は成り立たない」
これは薬剤師ならばとっくに気づいている筈の事実ですが、奇妙なことに「薬剤師向け」の医薬品集はほとんど見当たりません。
理由は簡単です。
巷に存在する医薬品集は、医師を想定して作られているからです。
多忙な医師は、添付文書情報が端的に確認できれば十分なのです。
しかし、薬剤師は違いますよね?
「薬剤師向け」が存在しないのならば、自分で作るしかありません。
そう、3つの要件(信頼性・最新性・迅速性)を満たした「薬剤師の薬剤師による薬剤師のための医薬品集」を作るのです。
【コラム】「クラウド型」のルーツ
「クラウド型」は、虎の門病院・林昌洋先生から伺ったお話がルーツです。
その時私は、Hospital Formulary(医薬品の使用指針)が病院薬剤師にとっての「必須アイテム」だと確信したのでした。
ただ、そのためには薬剤師向けの医薬品集が必要。
なればこそ、「(臨床判断のエビデンスとなる)情報源」として「クラウド型」を制作する必要性を感じたのです。
▶自己紹介~病院薬剤師だまさんってどんな人?~
遅ればせながら、ここで少し自己紹介をしておこうと思います。
私は今年(令和3年)でブログ歴16年となる病院薬剤師ブロガーです。
地方の県庁所在地にある中核病院に勤務しています。
そもそも病院薬剤師ブログ自体、希少な存在です。
試しに「病院薬剤師 ブログ」で検索してみてください。
何と何と私のブログが上位表示されてしまいます!
理由はライバルが少ないから。
多忙な病院薬剤師にブログを書く暇なんかないのです(通常は)。
それでも私がブログにハマった理由。
それは、日常の中で得られた「学び」や「気づき」を手軽に気軽に情報発信できるブログに、すっかり魅了されてしまったから。
私にとってブログは、いわば「補助脳」。
今ではブログの執筆を通してでないと、まとまった思考ができない境地にまで達しました(笑)。
そんなブロガーの私が、2019年からYouTubeとTwitterも開始しました。
少しでも興味が湧きましたら、そちらも含め是非覗きに来てください。
【第1章のまとめ】
第2章 DI業務「軽視」の怪
▶業務改善の鍵はDI業務だった!
突然ですが質問です。
あなたの施設(薬局・薬剤部・薬剤科)は、DI業務に力を入れていますか?
え?DI室ならあるよ?
・・・いえいえ、そんなことを言ってるのではありません。
今や「病棟薬剤業務」の時代。
病棟に限らず、各部門の薬剤師一人一人がDI業務を担っている筈です。
日本病院薬剤師会が公開している「薬剤師の病棟業務の進め方(Ver.1.2)」でも、DI業務を「病棟専任薬剤師の業務」として明確に位置付けています。
いや、そもそも薬剤師業務の中で、医薬品情報を必要としない業務を探す方が難しいのではないでしょうか?
※ブラックジャックによろしく 佐藤秀峰
繰り返します。
薬剤師一人一人がDI業務の担い手
薬剤師業務の変貌に伴い、DI業務もまた変化を求められています。
DI業務抜きに「業務改善」を行うことなど、ほぼ不可能なのです。
▶「不可欠」なのに軽視され続けるDI業務~偏向・忙殺・一辺倒~
DI業務の重要性は理解していただけたと思いますが、実際に医療現場で重視されているかと言えば、必ずしもそうではありません。
それを痛感したのが、先述のドラマ「アンサングシンデレラ 病院薬剤師の処方箋」でのDI担当者(荒神)の扱われ方でした。
手品をするかコーヒーを淹れるかでしたもんね(溜息)。
いや、現場だけではありません。
当院では毎年実務実習生を受け入れているのですが、彼らは口を揃えてDI業務については「あまり教わっていない」と回答します。
結局、DI業務を重視しているのは行政のみ、ということになります。
ただ、行政が重視しているのはあくまで「適正使用情報」のみ。
PMDAメディナビに登録したところで、「かゆいところに手が届く」訳でなし、DIリテラシー不足の若手が苦戦する構造が出来上がっています。
DI業務の抜本的改革なくして、「業務改善」はとても覚束ないでしょう。
▶立ちはだかる「3つの壁」~時間・距離・技術~
ところが、いざDI業務の改革を進めようとすると、真っ先に突き当たる「壁」があります。
それが「時間の壁」と「距離の壁」です。
医療は24時間体制で回っています。
よって、薬に関する問い合わせもまた時を選んではくれません。
ところが、DI室で対応できるのは、1週間のうちでたった1/4に過ぎません。
これこそが「時間の壁」です。
なので、DI担当以外の薬剤師でも残り3/4に対応できる方策が必要です。
薬剤師は調剤室を飛び出し、様々な部門で活躍する時代となりました。
DI室に依存した既存の情報収集体制は、とうに限界を迎えています。
書籍や資料を見るためだけに、薬剤師たちは遠く離れたDI室を何度も訪問する訳にはいかないからです。
これが「距離の壁」です。
DI室を訪れずとも情報を入手できる方策が必要です。
「クラウド型」ならば、この「時間と距離の壁」が造作なく克服できます。
いわば、情報収集の「いつでも化」「どこでも化」。
これに関しては、もはや説明は不要かと思います。
あともう一つ、乗り越えねばならない三つ目の「壁」があります。
「技術の壁」です。
これが克服できない限り、若手は情報収集に忙殺され、薬剤師の本分である医薬品情報の「評価」「判断」のスキルを伸ばすことができません。
このままでは、若手とベテランの差は一向に縮まらないでしょう。
何としても経験不足・DIリテラシー不足の若手への「手当て」が必要です。
そこで「医薬品集」という、古来より伝わる「知恵」を拝借したのです。
▶忍び寄る「第4の壁」~多様化~
「3つの壁」の話をしましたが、「壁」はそれだけではありません。
「多様化」もまた、薬剤師にとっての大きな「壁」になりつつあります。
※「多様化」は第21回日本医薬品情報学会のテーマにもなりました。
これは、近年の薬剤師業務の細分化・専門化に起因します。
例えば抗がん剤一つ取ってみても、製剤(調製)担当者に要求される情報と、病棟(薬学的管理)担当者に要求される情報は、全く「異質」「別次元」のものであり代替は利きません。
すると、どういうことが起こってしまうか?
担当業務に無関係な情報は、どんどん「無関心」になっていきます。
片や担当業務に密接した情報は、「常識」同然となってしまいます。
かくして、部門間に「多様化の壁」(私は「バカの壁」と呼んでいます)が生まれ、情報共有しようという機運が損なわれてしまうのです。
ただ、マンパワーが潤沢にある施設ならばそれでもいいのかもしれません。
認定・専門薬剤師が屋台骨となり、各部門が「この道一本」でやっていけるからですが、薬剤師不足の施設ではそうはいきません。
何しろ一人一人の薬剤師が「異質」「別次元」の部門を「幾つも」掛け持ちしているのですから(涙)。
情報共有を抜きに業務の効率化もレベルアップも望める道理がないのです。
「クラウド型」では、この「多様化の壁」に対する手立ても講じています。
詳しくは後述します。
【第2章のまとめ】
第3章 初公開!「クラウド型」の全容
▶薬品頁を180度スコープ
「クラウド型」の画面遷移は極めてシンプルです。
そしてこれが薬品頁です。
薬品頁は、これまで断片的に紹介したことはあったのですが、今回初めて180度(上から下まで)スコープしてみることにします。
▶マスタに関する情報(レコード№1~5)
※ハーフジゴキシンKY錠0.125より
№1・3・4は電子カルテの薬品マスタのデータ(★)を流用しています。
№2も以前は流用していましたが、統一性がないと後述の№16(同一成分薬)で関連レコードがヒットしなくなるのでPMDAリンクに寄せています。
№5は、一部にYJコードと不一致の品目が存在するため追加しました。
また厚労省コードは、PMDAやSAFE-DIの薬品リストからVLOOKUP関数でデータを引っ張ってくる際に重宝します。
▶発注に関する情報(レコード№6~10)
※エピペン注射液0.3mgより
№6~10は発注業務に関わるローカルデータです。
№6・7は「薬事委員会ベース」の採用区分を確認する必要から登録しましたが、採用区分別の品目数をカウントする際にも利用できます。
№8はSPDのリストを見れば済む話ですが、ここにもあると重宝します。
№9の流通管理品目とは、一定の要件を満たさなければ購入や使用ができない品目のことで、近年増加傾向にあるため追加しました。
愛媛大学医学部附属病院薬剤部が公開しているリストとリンクしています(リンクがあれば該当品目です)。№10はその備考です。
▶属性に関する情報(レコード№11~18)
※テセントリク点滴静注840mgより
№11~14は説明不要でしょう(SAFE-DIクリッピングを利用しています)。
№15は以下の属性に該当すれば表示されます。
№16は№2(一般名称)と連動して関連レコードを表示させます。「後発品の薬品頁で足りない情報を先発品で調べてみる」なんてことも可能です。
№17は以下の属性に該当すれば表示されます。
№18の出来高算定品目は、Clinical Cloudで公開されているリストとリンクしています(リンクがあれば該当品目です)。
▶リスク管理に関する情報(レコード№19~24)
※メソトレキセート点滴静注液200mgより
№19~24は薬学的管理上のフラグ(リンク・記載があれば該当品目です)。
それぞれ下記のサイトを参照しています。
【コラム】データベースとしての「クラウド型」
忘れがちなのが「クラウド型」はデータベースであるという点です。採用リストは採用リスト、Q&AデータはQ&Aデータ、卸データは卸データ。そんな風にデータをバラバラに管理するなんて勿体なさ過ぎます。どれも医薬品に紐付いている情報なのですから、薬品名毎に「クラウド型」としてまとめればいいのです。kintoneならば、AccessやFileMakerのようなクエリ設定も不要なので、直感的な操作で下記のようなデータ集計くらいならば一瞬です。「クラウド型」は管理業務でも十分威力を発揮します。
▶製品に関する情報(レコード№25~27)
※レルベア200エリプタ30吸入用より
№25はPMDA(一般名別医薬品情報)への直リンク。
添付文書・インタビューフォーム・患者向け医薬品ガイド・くすりのしおり・RMP・重篤副作用疾患別対応マニュアル・安全性情報・承認情報(審査報告書など)が参照できます。
№26は製品サイトへの直リンク。
製品情報・適正使用情報・FAQ(よくある質問)・患者指導用資材などが参照できますが、特設サイト・説明動画・配合変化表・FAQといった汎用情報は別建てでリンクを貼っています。
№27は製品動画の配信があればリンクしています。
【コラム】製品サイトを利用しないのは勿体ない!
余談になりますが、製品サイトには有益な情報が沢山転がっているのに、「面倒くさい」という理由からあまり活用できていません。勿体ないと言わざるを得ません。だからこそ「クラウド型」に「近道」を作ったのです。
これは、岡山大学病院薬剤部が監修した国内初のAI搭載型医薬品情報提供支援システム「AI-PHARMA」のホームページでの問いかけです。やはり、製薬企業のHPやFAQの使い勝手の悪さは薬剤師共通の悩みのようですね。
▶同効薬に関する情報(レコード№28)
※オルプロリクス静注用1000より
SAFE-DIやClinical Cloudで公開中の同効薬一覧表のリンクを貼付します。
同じ一覧表が貼付されている薬品は関連薬として直下に自動表示されます。
※「SAFE-DI枠」「Clinical Cloud枠」「予備枠」の3つを配置しています
▶用量に関する情報(レコード№29~31)
※アシクロビル錠200mg「トーワ」より
№29~31はSpecial Populationの用量に関する情報です。
それぞれ下記のサイト・書籍を参照しています。
▶生殖毒性に関する情報(レコード№32~34)
※テグレトール錠200mgより
№32・33は下記の書籍を参照しています。
№34はリンクがあれば該当品目です。
▶服薬介助に関する情報(レコード№35~37)
※クラリシッド・ドライシロップ10%小児用より
内服薬限定の情報です。№35~37は下記の書籍を参照しています。
▶製剤に関する情報(レコード№38~39)
※ランソプラゾールOD錠30mg「サワイ」より
内服薬限定の情報です。№38・39は下記の書籍を参照しています。
▶配合変化に関する情報(レコード№40~41)
※ビーフリード輸液(500mL袋)より
注射薬限定の情報です。
№40はkintoneのプラグイン(Dropbox for kintone 2.0)を用いて、個人のDropboxに保存しているスキャンデータを呼び出す機能です。
※個人権限のスキャンデータを参照するので著作権法には触れません。
№41は製品ページの別建てリンクです。
▶血管外漏出に関する情報(レコード№42~43)
※ビーフリード輸液(500mL袋)より
注射薬限定の情報です。
▶その他の情報(レコード№44~46)
※ビーフリード輸液(500mL袋)より
№44・45は注射薬限定の情報。№45・46は製品ページの別建てリンクです。
【コラム】新鋭の外部サービスも味方にできる!
近年、医薬品情報提供支援システムの進歩は目覚ましく、AI技術を活用したAI-PHARMAのようなサービスも登場してきました。会員登録とログインが必要とはなりますが、薬品頁にリンクを貼付しておけば、情報収集の幅が大きく広がります。この拡張性・柔軟性も「クラウド型」の大きなメリットなのです。
▶コメント欄(レコード№47)
※イムラン錠50mgより
さて、ついに「真打ち」登場です。
№47のコメント欄を抜きにして「クラウド型」は語れません。
コメント欄を端的に説明すれば、薬品毎に紐付いた「掲示板」機能ですが、これがあることで「双方向」の情報発信を実現しています。
つまり、薬剤師一人一人が自ら入手した情報をコメント欄に書き込むことで、「クラウド型」を薬剤師業務のどのようなシーンにも対応できる情報源へと成長させることができるのです。
先述した「多様化の壁」を克服するための決定打となる筈です。
ちなみに当院では下記のような情報が書き込まれています。
※ある程度「汎用性」が出てきたら、レコード項目として独立させることも考慮しましょう。
ただ、何のルールも決めずに放置していると、玉石混淆な「情報の墓場」となってしまい、重要な情報が見つけにくくなってしまいます。
これが当院のルールです(ポータル画面にもそう書いてあります)。
ところでコメント欄に書き込んだ瞬間、ポータル画面に新着通知が出ますので、不備や誤謬のある情報を他のスタッフが弾くこともできます。
実は、コメント欄には「変更履歴」への切り替えボタンがあります。
青色の時計アイコンをクリックすると、その頁の変更履歴が閲覧できるだけでなく、変更前に復元することもできてしまいます。
「これがあって助かった」と思える場面もあるかもしれませんので、是非覚えておきましょう。
【コラム】kintoneで絶対にやってはならないこと
先日私は史上最悪の大失態を犯してしまいました。それは「コメントのあるレコード」の削除です。大概のミスならばリカバー可能ですが、添付ファイルやコメントが付いたレコードを誤削除すると後の祭りで、悔やんでも悔やみ切れません(第2巻で詳しく解説します)。
【第3章のまとめ】
第1巻はここまで。
最後までお読みいただきありがとうございました。
第2巻では「クラウド型」の制作方法について詳しく解説します。
乞うご期待ください。
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