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地方での学校づくりを応援します。

シュタイナー治療教育コースの前身となるシュタイナー教育教員養成ファウンデーションコースを企画していたときのこと。

その頃、私たちの普段活動している和歌山では学校づくりの真っ最中でした。右も左も分からないなか、それでも目の前の我が子たちの学ぶ場所を何とかしてつくりたい!という熱だけがありました。できることから手当たり次第動き、目の前のことからひとつひとつ取り組む毎日。開校という出来事は、あの時にいたメンバーひとりひとりの熱意と行動が混ざり合って、不可能を可能にした体験でした。どのメンバーも自分自身と向き合わざるを得なかったし、それぞれがそれぞれの生活と想いの中で覚悟を決めたのじゃないかなと思います。あの頃は何が何だかよく分からないまでも、集まっている人たちの一歩踏み出す勇気みたいなのがギュッと詰まっていたのを感じました。

刺激的で無我夢中のうちに日々は過ぎました。もちろん楽しいことばかりではなく、焦りや不安がなかったとは言えません。徐々に考えの違いがみえてきて離れていくメンバーもいました。対話をしたくてもどうしても言葉で伝え合えずに自分の甘い理想が打ち砕かれる経験もありました。それでも自分たちがここでできることがあるうちは、そして目の前に子どもたちが楽しそうに過ごしているうちは、やるべきことはたくさんありました。

思えば、子どもたちに導かれながら日々活動し、新たな人との出会いが日々をつなげて、今ここまで来たのだろうなと思います。設立当初ほどの激しい起伏こそないかもしれませんが、日々目の前にある現実にどのように向き合うか、さて自分は何をしようかと考え行動する毎日に変わりはありません。そして、今も尚、道半ばです。相変わらず、未来を担っていく子どもたちが私たちの先生です。

そして、私たちには、設立当初から大事にしたいなと意識していることがいくつかあります。そのひとつは現実をよく見ること。そして目の前の子どもをよく観ること。

これは授業をつくるときにも、小さな子どものケアをするときにも、また学校を運営するときにも、とても役に立ちます。しっかりと現実を捉え、身の丈にあった妥協点(着地点)を見つけるというのは、簡単なようでなかなか難しいことです。ちょうどよいところを見つけるときって、自ずと理想と現実のあいだくらいに着地するのですよね。「ちょっと頑張ったら手が届く」くらいのところを目標にすると無理がなく、健康的にいられる気がします。その目標点を見定めるためにもまずは「現実」はどのあたりなのかを掴むことは不可欠なのです。

例えば、人間の成長というテーマでたとえてみます。よく「自己教育」という言葉を耳にされると思いますが、自分がこうありたい!という理想像を描いて、そこに向かって進んでいくためにも、まずは自分は今どのあたりにいるのかな、どんな姿をしているのかなと少し冷静にみる力、つまり「自己認識」することがスタートなんじゃないかなと思います。

子どものケアについていうと、まず子どもがどのような姿をしているかをよく観ることが「現実」に当たるかなと思っています。子どもの姿かたちを丁寧に描き、そのイメージを自分の中でつくりあげ、思い浮かべてみるという作業を真剣にやってみる。するとその子どもがどのよう周りを見て、聞いて、触れて、感じているのかが追体験できるような気がします。そうやっているうちに「あっこの子はこんなふうに感じているんだ」とハッとさせられることがあります。そのようにその子のなかに入り込むように世界を体験をすることが、ケアや授業づくり等、その子にどのようにかかわっていけるか、その子の成長のために何ができるかという具体的なひらめきにつながるものなのではないかなと感じています。

コースの軸のひとつとして、子ども会議(チャイルドスタディ)を取り上げたのはこのような理由からです。

そして、このように子どもを観ることを学ぶというのは、地方の小規模学校(特に少人数)では必要不可欠なものなのではないかと思っています。少なくとも私たちにとっては、この考えと実践のあり方が目の前の子どもたちの成長を見守り、かかわる上で、大きな助けになっています。

1クラスが10人以下の小さいクラスだと、集団の力がそれほど大きく働かないためなのか、個々の性質のあらわれ方は大人数のクラスよりも色濃くでるように思います。(平たく言えば「キャラが濃く出る」と。笑)

その子の課題となるような性質が前面に出たときに、大きな集団では何ともないようなことも、集団が小さいとクラス全体に影響が直結しやすいのです。そのようなときに、小さい集団という現実のなかでどのように対応していくかというと、もちろんできることはたくさんありますが、最終的にはその子の課題に真正面から取り組むほかはありません。根本的なところは、その子が今どのような状態か、その「現実(身体)」をしっかりと観ること。そこからその子自身がどのようにすれば心地よいか、健やかになれるかを周りにいる大人が考え、動いていくことです。小さい規模の学校ではこのように真正面から取り組むことが必要となる機会が、大きな学校に比べてやはり多いのではないかなという印象を持っています。やはり集団の力というものは、それだけで治癒的に働くものなのだろうなというのが(無い物ねだりかもしれないけれど)正直なところ。だけど、小規模には小規模だからこそ取り組めるテーマもあるのかもしれないなと思ったりもします。家庭的な雰囲気で一人ひとりに目が行き届く、一人ひとりをケアするチャンスがあるというのは、小規模校の醍醐味みたいなところもあるし、今後小規模校の意義みたいなものにもつながっていくのかもしれないという予感もあります。

私たちの住む和歌山では、未だに「シュタイナー」と言っても知らない人の方が多く(「えっっと、シュナイダーさん?」と何度相手を困らせたことか。)、「フリースクール」や「オルタナティブ教育」というのもまだまだ馴染みがありません。学校といえば公立校か私立の進学校が主流の地域です。人口もそれほど多くはなく、車がないと移動は不便な場所です。そんな地域で、まだ名も知られぬ「シュタイナー学校」をつくり、安定した運営をしていくためには、この現実に見合った新しい形をつくるという選択肢が最も現実的だったのです。

とっても大きな壁だと思っていても、見方を変えたら簡単に乗り越えられるということもあります。学校をつくるなんて大変!責任重大!と考えすぎて動けなくなるよりは、とにかくできることからやってみることの方が実現に近づけたりもします。和歌山での実践が、「こんなに小さな規模からでも成り立つんだ」「自分たちのやり方でつくっていけばいいんだ」という励みになればいいなと思っています。

そして、コースを修了したときに、受講生お一人おひとりが「自分のやり方で何か始めてみよう」ともし思ってくださったとしたら、その時はこのコースは大成功だったと胸を張って言えるでしょう。

タイトルでは「応援」なんて大それたことを言ってしまいましたが、それぞれの場所で活動される皆さんと学校づくり仲間になれたら、こんなに心強いことはないだろうなと思っています。

以上、スタッフKの長ーいつぶやきでした。最後までお付き合いありがとうございました。

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