管理会計はお金以外の指標も持つべき

 やぁ。君はお金が好きかい?私も好きだ。

 さて、このページでは日本の製造業の会社が、自社の製品の原価を正確に把握したいと思い、総平均法を採用した仮想的な企業のストーリーをもとに語ろうと思う。

 そして、ここでは工業簿記の予備知識がなくても楽しめるよう、極力一般用語を使って説明してくとしたい。もしあなたの会社で、突然社長や経理部長が、SAPの品目元帳といった感じのパッケージソフトを導入し原価計算してその製品の正確な人件費や材料費、加工費を計算することができると言い出したときに、それが本当に業務改善に役立つことができるのか?という目線で関わっていただけると幸いである。


 日本海に拠点を持つ製造業Nは、売上高2000億円ほどの企業である。主要な製品は高度な技術を必要とする精密機器であり、1台1台、顧客企業の独自要件に基づき受注後に設計、製造を行う受注設計生産型(ETO)モデルを主軸とする企業である。
 簡単にいうと、わがままな注文の多い客が、様々なオプションとトッピングを要求して、毎回異なる条件の装置を設計して製造する必要があるという、量産化が難しい産業なのである。

 しかしながら、顧客の要望を細かく応じることができることで、その業界において圧倒的なシェアを抑えるに至っている。

 その製造業Nが、新規パッケージであるSAP ERPを導入、そして管理会計として総平均法の考えを持つ品目元帳を導入したのだ。

 この管理会計手法は、1つの製品の原価の内訳(原価要素)を正確に計算することができることを売りとしている機能である。なんと、1台1000万円を軽く超える装置のうち、240万円が人件費でかかり、200万円が原材料であり、300万円が加工費としてかかった、というような内訳が計算できるのである。
 これだけ聞くと当たり前ではないかと思われる方々が多いだろう。

 この種の人件費、原材料、加工費といったものを算出するのは、雑に計算することもできるし、正確さを求めて細かく計算することもできるので、やろうと思えばExcelを使ってふわっと算出することもできる。今回導入した仕組みでは、すべてのトランザクション(モノや金の動きのこと)をすべて追跡し、それらを全部計算して原価を求めるという事ができるのだ。

 それだけではない。原価を考える上で、標準原価という考えと、実際原価という考えがある。標準原価というのは、理屈上で計算した原価のことであり、実際原価は実際に掛かった原価のことである。SAPの品目元帳では、実際原価を厳密に計算して、総平均法により、在庫の実際原価を評価して繰越をすることができる仕組みを採用している。
 総平均法とはなにかって?その解説をする前に、実際原価と呼ばれているものが、以下にして計算されるのかを説明しよう。

 実際原価は、文字通り実際に掛かった原価のことである。300円で買った材料を、1時間1000円で働くバイトが30分かけて加工した場合、直接原価は800円となる。これに、工場維持に関わる間接費と、経理部門を始めとする間接部門の費用を配賦して、最終的な実際原価を計算する。例えば、間接費を100円分その製品にかかるとすると、トータルの実際原価は900円となる。この製品がこの900円以上で売れれば黒字、、というように思えるが、実際には販売にかかる費用(販管費)を始めとする別の費用も考えなければならないので簡単には行かないのだが、工場視点でいうと、この金額が1つの指標となる。

 実際原価の計算は簡単だと思われただろうか。そう、すべての材料や加工作業が1つの線で繋がっていれば、計算は難しくない。しかし、もしこれが、複数の工程に分かれていたらどうだろう?

 原料→<加工>→半製品→<組み立て>→製品

 このようなシナリオがあり、原料を使い加工し、半製品を作り、それを組み立てて製品を作るというシナリオだ。すべてが1:1で紐づいていれば話は簡単であるが、実際にはそんな簡単な話にはならない。半製品の中には、例えば電源やモーターといったどの製品でも使う共通部品がある。電源を製造する場合、1ロット(世界的にはバッチと呼ばれる)が数百個単位となり、それらをまとめて1回で製造する。でも製品に採用する電源は1つで十分だ。
 この場合、1ロットにかかった加工費は、出来上がった数百個分で割ってあげれば、1つ作るのにかかった加工費が算出できる。何だ楽勝じゃないか。

 でも、1ロットで300個電源を作ったが、すぐさま製品に使われなかったときはどうしようか。在庫として倉庫に置こう。そして、在庫が残り50個になった。減ってきたのでまた電源を製造することにした。更に300個追加になった。これで倉庫には350個電源があることになる。

 厳格にシリアル管理、ロット管理ができていれば、どのバッチで製造できたのか追跡できるので、実際原価を計算するときに困らない。
 しかし、電源をロット管理したくない場合はどうだろうか。まだ電源ならロット管理する価値はあるかもしれない。もしもこれがアルミ板を加工しただけの数十円程度の天板だったら?

 ロット管理するということは、実物にロット番号を記載し、他のロットのものときちんと区別して管理する必要がある。つまりはきちんと管理しなければならないし、現場の人は、正確にどのロットの在庫を何個使ったのかきちんと記録管理し、システムに登録する必要がある。このプロセスを採用するだけで管理作業の工数が倍増するのだ。
 すべてをロット管理するというのは、現実的ではない。

 実際原価計算において、全てが完璧にロット管理されている場合には先程話した総平均法による原価計算を行う必要性はなくなる。
 しかし、現実問題無理だ。そんなときに、それぞれ製造して出来上がった加工費や原材料費用などを、ぜーんぶ足し合わせて、在庫や使用した出来高に配賦するという少し妥協した原価計算方法、それこそが総平均法だ。

 総平均法は完璧にトレースできる実際原価計算手法ではないが、かなり説得力の高い原価計算手法である。
 しかしながら、それの代償は大きい。原価構成をすべて在庫や消費に引き継ぎ、次の期(つまり翌月)に引き継ぐということは、1回しでかした過去のヘマ、計算ミスによる原価構成のズレは、在庫が全て0にならない限り、永久に未来に引き継がれていくという恐ろしい呪縛となる。

 そして、計上した費用は、その期の在庫や消費に配賦するという仕様上、過去に遡及した費用計上を行ってしまうと、費用の配賦先がなくなり原価のずれになる。そのズレを補正することは、理屈上は可能である。しかしながら考えてほしい。実際原価計算で製品の原価を計算できるということは、半製品にかかった原価は、後工程の製品の原価として組み入れられているのだ。つまり、半製品の原価訂正をするということは、後工程の製品の原価訂正も行わなければ整合しない。
 この例では簡略化して、半製品→製品の2段階の構成であったが、製造業Nでは、5段階から6段階の製造工程があり、つまり、原材料→半製品A→半製品B→半製品C→半製品D→半製品E→製品 というような流れを持つ。半製品Aの段階でヘマをしたら、半製品Bから製品までのすべての原価を訂正しなければならない。そして、前の例で上げた電源の例のように、汎用的であらゆる製品に取り込める半製品出会った場合、訂正する製品や半製品の数が200種類を超えることもあるのだ。
 それを全部手で計算して直せと?元々製造部門がしでかしたミスをなんで経理部門が総出で訂正しないといけないんだ。月の締めは第4営業日までだぞ。到底間に合わない。

 ということで、実務的な目線でいうと、前月分の原価計上ミスや計上漏れを補正する手段はないのだ。誤った実際原価は、受容する以外に選択肢がない。

 これだけの業務成約があるにも関わらずSAPの品目元帳を導入した製造業Nは、嬉々として原価計算を行い、自社製品の原価分析をしようと試みた。

 

「1つの製品の原価構成を計算することができた。で、この人件費35万円の内訳はどうなんだ?」

 第一製造部第3グループは、特定セグメント用の精密機器製造に特化した部門である。彼らが作る製品は1種類の製品であり、珍しく汎用化されたものである。
 第3グループは10名からなり、1時間2000円の費用が計上する部門であった。つまり、1ヶ月160時間換算で、320万円の人件費がかかるグループである。

その第3グループは10個の製品を製造した。彼らはルールに従い、直接加工にかかった時間を申告し、製造指図に正確に計上していった。

今月はなかなか不慣れであり、10個の製品を作るために1200時間かかった。残りの400時間は空き稼働であり、工場の清掃やメンバのスキル工場のための研修などに費やした。

翌月、研修の甲斐があり、9個の製品を作るのに立った900時間しか掛からなかった。空き稼働はなんと600時間となり、それらの時間で品質工場に係るセミナーを受け、品質改善施策のディスカッションを行い、いくつもの改善施策を提言した。

第3グループのグループ長の長橋は、この業務改善のパフォーマンスを上位層にアピールし、いかに優れているのか立派なプレゼン資料を作成して報告会議に臨んだ

しかし、経理部の滝沢が、第3グループの製品の人件費が多くかかっていることを問題視し、第3グループ長の長橋を批判し、その責任を追求するに至った。

長橋としては、その製品を製造するのにかかった時間は先月よりも短縮しており、総時間(1000時間→900時間)も、1台あたりの加工時間(120時間→100時間)も改善されており、人件費が多くかかっていることの批判は的はずれであると主張した。

しかし、経理部の滝沢は、その製品に掛かった人件費は、先月は1台あたり32万円であり、今月は35万円と増えているという。人件費を削減するためにさらなる削減を要求してきたのだ。


このミスマッチは、見ている指標のズレによるものである。本来、第3グループ長の長橋を評価する指標は実際原価構成の人件費とするべきではなかった。

このシナリオではものすごいわかりやすくするために簡素化しているが、実務的にもこれに似た指摘が上がってきてるのが実情である。経理原価部門の指摘は的外れだと。

なぜこんなことが発生するのかというと、原価計算で計算された原価は、金額でしかないため、なぜその金額となったのかの理由が説明できないのである。

 第一製造部第3グループはその1種類の製品しか使わない専属の部門である。そのため、その製品をたくさん作ることでしか、人件費を下げる事ができないのだ。しかし、その製品を作る量は、販売計画に従い決定される事案であり、第3グループ長の長橋の裁量でたくさん作ることは認められていない。

 さて。実際原価計算を行うことで正確な原価を把握することができたが、それは現実を知ることで業務改善を行う情報とは別なのである。
 業務改善を行うのに必要な指標は、その製品を製造するのにかかった加工時間とするべきであり、お金ではなかったのである。

 そして皮肉なことに、業務改善するためには、原価分析を行う必要がある。原価分析とは、原価の内容を細かく分解していくことである。真っ先に、原価は各工程レベルにまで分解されて1つ1つの工程レベルの予実評価にまで落とし込まれる。 つまり、品目元帳のような総原価計算、製品全体の原価を全部足し合わせた結果は、全く役に立たないのだ

 何より、1つの製品にかかる人件費を一つとっても、結局直接その製造にかかった時間が長かろうと短ろうと、人件費は毎月固定でかかるものなので、製品に配賦される時点で改善につながる指標ではなくなるのだ。厳格に原価計算をする必要はなかった、丼計算で問題なかっただろう。

 業務改善に役立てる分析をするためには、お金以外の指標が絶対的に必要である。お金に換算してしまうと見るべきものが見えなくなるのだから、いっそのこと原価計算適当でいいんじゃないか?その分浮いた予算で役に立つKPI指標作るよ。

 経理部門はお金を計算する部門であると考えているかもしれない。しかし、経理が扱う、”会計”という言葉は英語でAccounting、これは説明責任という意味である。つまり、その製品にかかったコストや原因について、経営層へ説明する責任を担う部門が、あるべき姿と言えるのではないか。

 

 SAPの品目元帳の制約と技術的限界について説明を求められ、それらの仕様と原価分析方法についてレポートをまとめ上げ、経理部門にプレゼンした私が、管理会計部門から言われた言葉を最後に締めよう。
「けもたろう、お前なんでこの品目元帳入れたんだ?」


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