世界は空虚だからこそ意味を詰め込むことができる。名著『嫌われる勇気』が人生を変えた話
始めに
今、生きる意味が分からないとか、自分は何の為に生まれてきたと思う全ての人たち、貴重な人生の5分だけ時間をください。
The 厨二病の少年の絶望
俺、いつか死ぬじゃん。人類もいつか滅びるじゃん。あれ?なんも意味ねえじゃん。
14歳のときにふとこんなことが頭をよぎり、世界から色が消えた感じがした。
こんなことを考える「理性ある存在」である人間であることをとても憎んだし、
俺はハトに生まれたかったと思った。だって本能のままに生きてんじゃんて。
秋口から冬まで4ヶ月ぐらい引きこもったけど、唯一友達が貸してくれたドラクエだけはやった。部活の友達たちの力でどうにか社会復帰して、それなりの高校に行ってそれなりの大学に行った。
パラダイムシフトが起きた19歳
時は飛んで19歳。よく電車の広告とかで見る青い本『嫌われる勇気』という本を読んみました。
内容紹介とかはもっと上手い人がいるんでそっち見てください。youtubeとかに要約とかも載ってるんで知らない人は見るといいと思います。
あらゆる物事には複数の側面がある。そこには本質的に価値は何もない。ただ私たちの過去の体験からなる価値観のフィルターを通じて認識をされ、初めて意味を持つ。
ざっくり、本自体はアドラー心理学というものをベースとしています。
読む過程で僕はニーチェの思想 ニヒリズムに遭遇します。「神は死んだ」のセリフが有名ですね。
受動的、積極的 2種類のニヒリズム
ニヒリズムには2種類あって、一つは、世の中は全て空虚であることに絶望して無気力になる「受動的ニヒリズム」。
対局にあるのが、世の中が空虚であることを認識しながらもなお自ら虚像を創り上げ、意味を生み出し前進する「能動的ニヒリズム」。
それを見て初めて、自分が14歳のときに味わったあの絶望感はそういうことだったのかと認識しました。
それと同時に、事象すべてには全く何も意味がない。突き詰めれば何もかも本当に空っぽなんだ、だからこそ意味を創り出せるのが人間なんだと、希望が無限に湧いてきました。
物事につきまとうダークサイドを無視するのではなく認識しつつも、ブライトサイドを切り取って前進していこう。そう誓いました。
するとどうしたことか、めちゃくちゃ人生が楽しくなってきました。
明るい面を切り取って認識するから人生が楽しくて仕方ない
他人に腹をたてることがなくなり、かつ大変な目にあっても「むしろだからこそ面白い」みたいな感じでちょっとバグってるぐらいの強靭なメンタルになれました。
そんなことも相まって、自分はノリで今東京でバックパッカーみたいなことやってます。そこで出会うもの、人、こと、全てが自分の人生の幸福度をアクセラレートしてくれます。
もしよければ変な生き物観察みたいなノリでもいいんでフォローしてください。
最後に 「僕ら一人一人が皆創造神」ぐらいのノリで生きようぜ
人間はそうなりたいと思ったように世界を認識する、と本の中では書かれています。神様とかが意味を与えてくれる時代は終わったんで、今は自分がそうしたいように「意味を生み出す」時代です。意味など何もない空っぽな人生をバックパックと見立てるなら、自分の好きなように意味を詰め込んで、好きな場所を目的地にして楽しく行きましょうや。
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