初めてのロンドン一人旅とちょっと変わった恐怖症
私のイギリス好きは、ロンドン一人旅から始まった。
初めてロンドンに行った理由は、美術館がたくさんある都市であること、英語圏であること、ファッションに興味があること、それくらいだった。
のちにイギリス留学して、結局イギリス人と結婚することになるとは、全く考えていなかった。
初めてのロンドンでカツアゲされる
ロンドンに到着するなり、なぜかホッとしたような、この街が初めてではないような、不思議な感覚に襲われた。
ヨーロッパは3カ国目。フランス、ドイツに行った時も楽しく興奮はしたが、ホッとしたような気持ちになったことなどない。初めての感覚だった。
会う人会う人、みな親切で明るかった。細々と続けていた英語の勉強が少し役に立ったのか、イギリス人の英語が理解できて、それがとても嬉しかった。
私の心理状態もあったのかもしれないが、まるで街全体で私という人間を迎えてくれているような気がしていた。
道を聞いた優しそうなお姉さんは、テートモダンの途中までついてきて案内してくれたし、地下鉄で会ったおじさんは、「何かあったら僕のオフィスに電話すると良い」と言って電話番号をくれた。(変な意味ではなく)
私はすっかりロンドンという街が気に入ってしまった。というか2日目には「ここに住みたい」という気持ちにまでなっていた。
そんな時、ビッグベンのすぐ近くまで行って写真を撮っていたら、大道芸人なのか、映画シュレックの格好をした男、シュレックのガールフレンドの格好をした女、あと1人よく分からないけれど他の2人と同じように緑色の肌をした男が近づいてきた。
ものすごく笑顔で「ハロー!」とフレンドリーに話しかけてきて、私と一緒に写真を撮ろうと提案してきた。
私も自分の持っていたアイパッドで写真を撮ってもらった。
がその後、シュレックはじめ緑集団の目から一瞬で光が消え、無表情でこう言ってきた。
「£10」(テンパウンド)
私はその時「ああしまった、カツアゲだったか」と思ったのだが、もう時すでに遅かった。
つたない英語で、払わない意思を伝えると、今度はシュレックに肩をギュッとつねられた。
それで私は、
「やめて!わかった、払えばいいんでしょ」と憤慨し、泣く泣く10ポンド札を財布から出す羽目になった。札を差し出すと、私は緑集団に背を向け小走りで逃げた。
当然その後、私はシュレック恐怖症である。ちょっと変わった恐怖症だとは思うけれど。シュレックが何かの拍子で私の前に出てくると、それが動画であれ静止画であれ、恐怖を感じるようになった。
私はもともとピエロ恐怖症だが、それにも少し似ている。
それでもロンドンが好き
「それが最初のロンドン旅行なの?それでよくイギリス留学しよう!ってなったね」
イギリスに住み始めてからできた、同じ在英の日本人の友達にそう言われた。
「まあ、その他に経験したたくさんの良いところがあったしね。」
そう、それを除いて、ロンドンは本当に素晴らしかったのだ。逆にいえば私のロンドン一人旅の欠点というか汚点は、ただそれだけなのだ。それにロンドナーたちもみんな親切だった。
後からロンドンやイギリスの事情を勉強して、「シュレックたちはきっと東ヨーロッパから来た外国人だったのだ」という私なりの見解になった。だから尚更イギリスが悪いというより、イギリスが抱える移民問題という根本的な話になる。
ロンドンという街は、当時人生そのものに少し疲れていた私を当然のように受け入れ、浄化し、元の自信を取り戻させてくれた街だ。
私は意外と義理堅いのだ。
優しくしてくれた街で一つくらい嫌なことがあったって、それですべてを嫌だと言ったりしない。
それにしても、シュレック恐怖症とはなんとも稀有な種類の恐怖症だ。
世の中には様々な人が様々な理由で何かを恐れることがあると思うが、それらにはれっきとした過去の出来事に関する理由があるのかもしれない。
ある日、何も知らない夫が「シュレックって観たことないよね?子供たちも一緒に観ようか」と言った時の私の拒絶反応はちょっと尋常ではなかった。
急に怒りを思い出し、夫に対してその話を説明し、今でもシュレックを憎んでいるのだという私の気持ちを話した。
「そ、それはかわいそうだったね」と笑いをこらえながら言う夫。夫に出会ったのは私がイギリスに住み始めて1年近く経った頃のことだから、その頃の無力な私を夫はうまく想像できないのだろう。
今ならまずひっかからないし、英語で論理立てていかにシュレック緑集団が間違っているか詰め寄れるのに。本当に痛恨の極みである。
「そんな経験して海外が怖くならなかったんですか?」
と英会話教室の生徒さんから聞かれたこともある。
それは意外とならないのだ。私は、誰かが言っていたように『スリルは人生の最高のスパイス』だと思っているので、時々スリルがあれば話のネタにもなるし、人に話すと喜んでくれるし、実は過ぎてしまえば、人生のピンチというのは良いことしかないのだ。
ま、『ある程度のスリル』という場合に限るのだが。
そう思って今週のピンチも乗り切ろう、と思う今日この頃である。
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