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『会田刈田~英検1級合格を目指す~』~立ち読み(2/3)~

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 八月三日、水曜日、快晴。  その日もだらだらと仕事を切り上げた刈田は、帰宅を急ぐサラリーマンやOLに混じって、梅田から阪急電車の先頭車両に乗った。それは、刈田が降りる清荒神駅の改札口が、最短になるからである。 「あ~」  刈田がいつものように、間延びした、ため息混じりの欠伸をした。  車窓越しに映っている自分の姿を見て、俺はいったい何をしているのだろう、と心の中で呟いた。

 徐にコートの右ポケットに手を突っ込み、昨日買った英語本が入っているのに気付いた。『ジョーダン・ヨシタのイケイケ英会話』――刈田は、《はじめに》と書いてあるページを開いた。

――《はじめに》イケテない君、この本は君にとってはコロンブスだ。アメリカ大陸発見だ。いや、里見八犬伝だ。少しは笑ったか?

 刈田は正直なところ、少し笑った。

――当たるも八卦、当たらぬも八卦。“八卦宵”残った、だ!

 何が言いたいのか、さっぱり分からない。

――さっぱり分からないだろう。言葉なんて“伝達アチャコ”だ!

 駄洒落も、何となく古臭く感じる。そう思った刈田は、本を閉じかけた。が、突如目の前にゴシック体の派手な赤の文字が浮かび上がり、あたかも交差点で凍り付くように思いとどまった。

――これが当たっていたら、読み続けた方がいいぞ。

 刈田は、慌てて次のページを開けた。

――外国人に「ウェア・パンスト、ウェア・パンスト」と話し掛けられて、「ノー・マインド、ノー・マインド」と答えたことがあるだろう?

 刈田は自分の眼を疑った。

――実はこれ、「フェアーズ・ザ・バストップ、バス停はどこですか?」と言ってるんだよ。

 眼から鱗が落ちるとは、このことか!  会田は宝物でも発見したかのように、目を吊り上げ、次のページを捲った。

「お客さん、終点ですよ!」

 ハッとして周りを見渡すと、最寄りの清荒神駅を乗り過ごして、終点の宝塚駅まで来ていた。  本を読んで乗り過ごしたのは、刈田の人生、これが始めてだった。

 というわけで、いつもより十数分遅く帰宅した。
「あんた、どうしたん?」妻の乃代が心配して尋ねた。
「乗り過ごしてしもた」へぇ~と、気のない返事の乃代。「晩飯は?」
「今晩はインスタントの “月進焼きそば” やけど」
「あぁ」
 クーラーの無い四畳半の部屋に入ると、ムッとした。
 毎度のことだと分かっているが、やはりこの暑さには耐えられない。電気代をケチっている身を忘れ、扇風機のスイッチをオンにした。
 パンツ一枚になり、早速、例の英語本を取り出した。

――《第一章》まさか! キミは第一章を読み始めたのか? すごい! 天変地異だ、地位協定だ。大概の読者は《はじめに》を読んで、馬鹿らしくてごみ箱行きにするのだが、君は第一章を読み始めるという、驚異的なステップを踏んだわけだ。何とその可能性は百万分の一!

「ねえ、あんた、野菜がないけど」 「うん」

――じゃ、《今日の一言》。「人生に感動しない奴は、語学はやるな!」。キミは感動しない、って? じゃ、関西人は関東に行って「竹刀」を持て! 関東人は・・・悪いけど、今、答えはない。いや、待て・・・思いついた。「勘当」されても仕方がない。

 また下らん冗談か。やや癇に障ったが、今度は本を閉じようとはしなかった。何故なら刈田には、百万分の一に選ばれた、という自負心があったからだ。

――そこでだ。感動しない奴にも望みはある。その望みとは!

「望み、とは?」刈田は思わず反復した。 「あんた、明日出張なん?」 「なんで?」 「“のぞみ” って言うから」  乃代の久しぶりのベタな返しが、刈田には心地良い。

――そう、ニューヨーク、ビッグ・アップル に行って来るがいい!

 なんで、また? 読者は海外に行って英語を勉強できないから、この本を買って読んでいるんじゃないか。それなのに――。結局この本は、バチ物だ。だいたい、ニューヨークに行く金がどこにある。
 刈田は苛立った。
「あんた、焼きそばができたよ」
 乃代の言葉に弾みをつけて本を閉じようとしたが、魔訶不思議。二度目の偶然に遭遇した。

 ◆

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次回で立ち読みは最後になります。

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