特別企画:脚本『君の歌』公開④

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 普通の世界の道路。
 日常のざわめき。
 そこへ、カノンがやってくる。
 ざわめきが一瞬引き、すぐさまひそひそ声が聞こえる。
 ひそひそと話していた音が大きくなる。

○○  「仮面つけてない。」
××  「怖い。」
□□  「普通じゃない。」

 ざわめきが大きくなる。

○○  「異常だ。」
××  「異常だ。」
□□  「異常だ。」

 カノンは耳をふさぎ蹲る。
 カノンに仮面の人々は詰め寄る。

カノン 「……やめて、近づかないで。」

 カノンが叫ぶと一瞬仮面の人々はひるむが、いまだにざわめきが消えない。
 そこへ、軍人がやってくる。軍人はカノンを見つけると、すぐにカノンをかばい、仮面の人々を睨む。
 仮面の人々はすぐに軍人とカノンから距離を置く。
 静かになる。

軍人  「大丈夫か?立てる?」
カノン 「……あ。」
軍人  「大丈夫。行こう。手を。」

 軍人がカノンの手をつかんで走り去る。
 すると仮面の人々は軍人とカノンの方を指さしたり小声で話したりしていたがやがて散り散りに去る。
 軍人とカノンがやってくる。
 軍人が空間を、あたかもそこに壁があるかのようにばんばん叩く。
 何か呼んでいるようだが、声は届かない。
 そこへ、ゴーグルをつけた狭間がやってくる。

狭間  「はいはい、おまたせ。」

 狭間が空間を切り裂き、軍人とカノンがそこをくぐる。
 カノンはその場でへたり込む。

軍人  「遅いぞ、狭間。」
狭間  「悪いな。」
軍人  「大丈夫か?」
カノン 「……はい。あの、本当、何なんですか?何でこんな目に遭わなきゃいけないんですか?何で、何であん な。仮面とか普通とか異常とか訳分かんない。何で壊れたの、私の仮面。壊れただけで、何で、皆、いなくなっちゃった。ずっと変な目で見られて、陰口言われて、何で?しかも寄って来て、異常だ異常だって。仮面を付けろって。何なの、本当。」
狭間  「……あー、えっと。」
カノン 「ねえ知ってたんですか?こうなること。ねえ。知ってて私をあっちに戻したんですか?コトハちゃん、コトハちゃんは知ってたんですか?私はどうすれば良かったんですか?」
軍人  「……とりあえず場所を変えよう。ここじゃ落ち着かないだろう。立てるかい?」
カノン 「……大丈夫です。」
軍人  「よし。狭間、悪いな。また連絡する。」
狭間  「ああ。俺も悪かった。ごめん。」
カノン 「……。」
軍人  「行こう。」

 カノンと軍人が去る。

狭間  「……ミスったなあ。あの子をここに連れてきた原因俺だし。はあー。」

 そこへ、コトハがやってくる。

コトハ 「あっ狭間さーん。」
狭間  「コトハ。お前なあ。」
コトハ 「どうしたの?」
狭間  「俺は、お前が大丈夫って言ったからあの子を普通の世界に帰したっていうのに、全然大丈夫じゃなかったじゃねえか。」
コトハ 「あの子?もしかしてカノンちゃん?カノンちゃんどうかしたの?」
狭間  「はあ?」
コトハ 「だって、カノンちゃんはあっちに帰りたいって言ってたから私が助けただけだよ。ほら、私ヒーローだから。」
狭間  「……おいおい、嘘だろ。何でこうなるまで放っておいたんだよ。力の使い方だけじゃなくて、お前、何も知らねえんだな。」
コトハ 「何それ。」
狭間  「ヒーローってのはただ困ってる人を助けるだけじゃなくて、本当にその人にとって必要なことを手助けする奴のことだよ。」
コトハ 「だーかーらー、手助けしたんだって。友達だもん。」
狭間  「それ、それもだ。友達になろうって言ってなったんじゃねえだろうな?」
コトハ 「……。」
狭間  「いや、今回は俺が悪い。八つ当たりしてごめん。」
コトハ 「ねえ、どういうこと?カノンちゃんどうしたの?」
狭間  「こっちに戻ってきた。仮面がないとあっちじゃ厳しい。例外はいるが、あの子は例外じゃなかった。だからだ。」
コトハ 「じゃあまたカノンちゃんと遊べるってこと?」
狭間  「はあ?やめておけ。すげえ傷ついてるから。」
コトハ 「なら私が元気になってって言えば元気になるよ。」
狭間  「言霊はそんな風に使っていいもんじゃねえぞ。傷ついてる奴を慰めるってのは確かに正しいかもしれないが。でもそっと放っておくってのも良い事なんだよ。分かるか?」
コトハ 「分かんない。分かんないもん。だって私の言葉を聞いたらみんな元気になるよ。すぐだよ。何で放っておくの?分かんない。」
狭間  「……そうか。じゃあ、明日。学校終わったら音楽家と軍人に会いに行くんだ。あの二人の連絡先は知ってるよな?」
コトハ 「うん。でも何であの二人?」
狭間  「嬢ちゃんの分かんないことを、教えてくれるから。さて、今日はもう遅いから、嬢ちゃんはおうちに帰ろう。送ってやる。」
コトハ 「……。」
狭間  「ただし、明日はうるさいとか黙れとか言っちゃいけないぜ?まじで黙っちゃうからさ。まあお前は言霊の教育受けてるから、ある程度制限かかってて言えないだろうけど。大丈夫。あいつらなら分かってくれるから。」
コトハ 「……うん。」

 狭間とコトハが去る。

 音楽家の家。
 軍人とカノンがやってくる。

カノン 「……ここって。」
軍人  「逆戻りしてしまったな。どうぞ。」
カノン 「……お邪魔します。」
軍人  「とりあえず、座って。」
カノン 「……。」
軍人  「少し、家主の様子を見てくる。待ってて。」

 軍人が去る。
 カノンは鞄から仮面を取り出す。くっつけようとするが直らない。仮面をいじるのをやめる。

カノン 「……あ。」

 ポケットからスマートフォンを取り出し、しばらく操作する。そして電話をかける。

カノン 「……もしもし、お母さん?今日友だちの家に泊まるから。じゃあ。」

 カノンが一方的に電話を切り、スマートフォンの電源ごと切る。
 軍人がマグカップを持ってやってくる。

軍人  「起こしてきた。とはいえちゃんと起きてきてくれるといいんだが。はい、ココア。温かいものは心を落ち着かせる。インスタントだけどね。」
カノン 「……ありがとうございます。」
軍人  「うん。」
カノン 「……。」
軍人  「……そうだ。俺はバク。軍人だ。爆弾処理班の№89、だからバク。分かりやすいだろう?」
カノン 「爆弾処理班。」
軍人  「そう。あんまりこの国にいないし、今日帰ってきたばかりだから正直君の役に立てるかは分からないが。君は普通の世界に帰りたいのか?」
カノン 「……分かんないです。そもそも、普通の世界とか異常とか、分かんない。」
軍人  「それは、俺も分からない。狭間に聞けば教えてくれるかもしれない。」
カノン 「……何で、バクさんは仮面が無いんですか?」
軍人  「壊れてしまったから。ちょうど君のと同じ感じでね。」
カノン 「何で。」
軍人  「うーん。軍人になるって時も、爆弾処理班に入る時も、仮面は壊れなかった。むしろ立派だなんだって褒められたよ。ただ、任務が終わって、帰って来て、最初は生きて帰ってこれて良かったって思ったんだけど、段々、物足りなくなった。毎日が何となくつまらない。俺は爆弾を解体してる時が一番生きてるって分かった時、仮面が取れてボロボロになった。まあPTSDにかかっちゃったんだよ、要は。」
カノン 「……私、バクさんより全然大したことないのに。」
軍人  「……仮面は普通とか、常識とかの象徴って言われてるけど、本当は自分を抑制するものなんじゃないかな。俺の勝手な考えだけど、抑え込んでいたものが壊れて、自分が出てくる。君は、何か抑え込んでいたものを解放させた?」
カノン 「私は、歌手になりたいって言っただけです。」
軍人  「歌手?」
カノン 「……夢です。」
軍人  「素敵じゃないか。」
カノン 「……。」
軍人  「……。」
カノン 「でも、異常です。」
軍人  「俺はそうは思わない。」
カノン 「……あの、普通に戻りたいって、思わないんですか?」
軍人  「そりゃ思うよ。何度も思ったよ。でも、もし戻ったら、俺は今の俺のままでいられるだろうか。爆弾処理班でいられるかな。もしいられたとしても、俺は生きていられるのかな。」
カノン 「……。」
軍人  「なんてね。最終的にこのままで良いかなって。まあ、時間は戻らない。たとえ異常な世界でもね。だから考えても無駄だなって割り切ってる。」
カノン 「……。」
軍人  「……歌手か。歌のことなら、うーん。もう起きてるはずなんだけど。」

 音楽家がやってくる。

軍人  「良いタイミングだ。おはよう。」
音楽家 「おはよう。」
軍人  「さっきは手荒に起こして悪かった。」
音楽家 「良いよ。ふう、ちゃんと寝たし、顔も洗ったから、すっきりした。」
軍人  「そうか。じゃあ俺は夕飯でも作ろうかな。」
音楽家 「いや、それは私が。」
軍人  「カノンさんの話、聞いてほしい。彼女、歌手になりたいんだそうだ。」
音楽家 「歌手に?」
軍人  「専門だろ?君、アレルギーは?食べ物の。」
音楽家 「あっないです。」
軍人  「分かった。」

 軍人が去る。

音楽家 「……君。」
カノン 「……お邪魔してます。」
音楽家 「今日はここに泊まるんだって?」
カノン 「来るとき、バクさんに泊まればいいって言われたんですけど、本当に良いんですか?」
音楽家 「うん。ベッド使っていいよ。」
カノン 「ありがとうございます。本当に。何から何まで。」
音楽家 「良いよ。それで、歌手になりたいの?」
カノン 「……はい。」
音楽家 「音楽は好き?」
カノン 「はい。」
音楽家 「それはいい。じゃあ、新作でも聞いてもらおうかなあ。」
カノン 「新作?」
音楽家 「スリーパーっていう名前で活動してるんだよ。」
カノン 「……。」
音楽家 「あっ秘密にしておいてね。スリーパーは顔出しはおろかプロフィールも非公開。まあでもそんなに有名でもないからなあ。」
カノン 「えっ?スリーパーなんですか?」
音楽家 「お、知ってるの?ありがとう。」
カノン 「……はあ。」
音楽家 「どうしたの?」
カノン 「いや、その、意外で。てっきり男性だと思っていたので。」
音楽家 「あー、よく勘違いされるんだよね。何でだろう。」
カノン 「なんとなく、男性だと。」
音楽家 「ふうん。まあいいや。私はもともと普通の世界の人間だったんだよ。仮面もちゃんとあった。で、ちょっと色々あって不眠症になった。寝れなくなって、でもその時はまだ仮面は残ってた。不眠症っていう病気は異常じゃなかったんだねえ。眠れる方法をいっぱい試したんだけど眠れなくて、その後何を血迷ったか自分で子守唄を作り始めた。今思うと何してんだって感じだけど、あの時は必死でさ。そこからかな、音楽を作るようになったのは。今はポップスやらロックやら色々作るけど、最初は子守歌だったんだよね。しかも自分が寝るための。で、寝れますようにって願いを込めてスリーパー。」
カノン 「……。」
音楽家 「あっ仮面が壊れたのは音楽にのめりこんだ時かなあ。やっぱり自分のための子守唄を作るってのは異常な行動だったのかもね。」
カノン 「……はあ。」
音楽家 「ごめん、べらべら喋って。でも私は、本当は喋る方なんだよ。寝れないと言葉が分からなくなる。頭が回らないんだよ。理解するのに時間がかかってね。」
カノン 「いえ、その、私、ファンです。」
音楽家 「ん?」
カノン 「スリーパーさんのファンなんです。」
音楽家 「おお、嬉しいです。ありがとうございます。」
カノン 「いえいえ、ありがとうございます。それと、あの、すみません。あの、巻き込んでしまって。それに、話、仮面の話をしてくださって。」
音楽家 「いや。むしろ私は謝らないといけない。初めて会った時、コトハのことを言うべきだった。」
カノン 「コトハちゃんのこと?」
音楽家 「コトハは言霊使い。言霊使いは知ってる?」
カノン 「はい。学校で習いました。ヒーローですよね。」
音楽家 「ああ、そうそう。ヒーローの歌も聞いてるの?」
カノン 「はい。」
音楽家 「それなら話が早い。ヒーロー、歌手のヒロ君は言霊使いで、その力を使って歌を歌う。ヒーローが頑張れって歌えばちょっと頑張ろうかなって思える。彼が少し休んでって歌えば休もうってなる。」
カノン 「ヒーローの歌も好きなので。」
音楽家 「良い曲作るよね。ヒロ君は、というか言霊使いは生まれつきだし、色々特殊だから、苦労したはずなのに、それでも人を励まそうとする。だからあの子はヒーローなんだ。」
カノン 「特殊って、その、道徳の授業でやったんですけど、専門の学校行ったり私達より使える言葉が限られたりすることですか?」
音楽家 「うん、詳しいねえ。コトハもその学校に通ってるんだけど、力のコントロールが本当に下手らしい。学校の成績が良くなくて、そもそも学校が嫌いでよくサボって、それでコントロールが下手なままって言う悪循環で。うーん。」
カノン 「あの、何でコトハちゃんはああやって私を無理やり普通の世界に帰したんですか?」
音楽家 「んー。あの子が本当に何も知らなかったからかなあ。あの子には仮面がないから。」
カノン 「何で。」
音楽家 「仮面は物心ついた時から出来る。でも、ずっと出来ない子もいる。生まれつき特別な子だとね。さっきも言ったでしょ。言霊使いは生まれつき。それで、その力は特別。でも、あの子は普通の世界の親御さんから生まれたんだよ。まあ普通の世界のことは家しか知らないとも言えるけど。」
カノン 「……。」
音楽家 「自分が仮面をつけなくても家ではいられるから、平気だと思ったのかな。」
カノン 「じゃあ何も知らないで、ただ私が帰りたいって言ったから?」
音楽家 「うん。」
カノン 「……。」
音楽家 「ちなみにコトハが自称ヒーローなのは私が原因。申し訳ありません。力がコントロールできないってごねてたから、ヒロ君の歌聞かせて、言霊はすごい力で、頑張ればコトハもヒーローになれるんだよって。うーん、人助けをするようになったのは良い事なんだけど、コトハはまだまだ知らないことが多すぎる。」
カノン 「……あんまりじゃないですか。」
音楽家 「ごめんなさい。」
カノン 「……。」
音楽家 「……さて、問題はコトハだけじゃない。」
カノン 「……。」
音楽家 「君は、どうやって生きていきたい?」
カノン 「どうやってって?」
音楽家 「普通の世界で生きるか、こっちで生きるか。」
カノン 「あっちじゃもう生きられない。」
音楽家 「いや、例外がいる。」
カノン 「例外。」
音楽家 「そう。仮面が無くても動じない。強い心を持った人。彼、バク君がそうだよ。あとヒロ君も。ヒーローは仮面持ってないのに普通の世界でもファンがいっぱいいるでしょ。」
カノン 「確かに、ヒーロー、言われてみれば仮面無いのに、全然平気でした。バクさんも、例外。あっバクさんが助けに来てくれた時、仮面の人たちが離れました。そうだ、いきなり、静かになって。」
音楽家 「うん。どう?なれそう?」
カノン 「いやいや、無理無理。無理です。」

 そこへ、軍人がやってくる。

軍人  「夕飯、出来たけど。」
音楽家 「ねえカノンさんは例外になれるかな?」
カノン 「だから無理ですって。」
軍人  「……助けに行った時、カノンさんは奴らに向かって何か叫んだよね。そしたら奴らが一瞬引いた。」
音楽家 「へえ。素質があるじゃないか。」
カノン 「いや、あれは必死で。」
軍人  「でも勇敢だ。」
音楽家 「うん。さあご飯食べてゆっくりしよう。今日は何?」
軍人  「パスタにした。ミートソース。サラダ、スープ、あと適当に炒めたもの。」
音楽家 「……その材料家にあったの?」
軍人  「むしろこれくらいしか作れなかった。明日は買い出しだな。」

 軍人、音楽家、カノンが去る。

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