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歯医者でのたたかい

毎晩欠かさず歯磨きをしてきたのに、私は虫歯ができやすい体質だ。自分で分かっているなら毎年きちんと歯医者に通えば良いのだが、なかなか足が進まない。そして意を決して通院すると、いやはや、口内を一層するほどの虫歯工事が行われる。
今年もまた、歯医者の廊下のろのろ歩いてたどり着いたベッドに横になる。外に見える満開の桜を確認して元気をもらい、夜のライトアップに負けない人口光を浴びながら、私は覚悟を決めて口を開ける。それが、開始の合図となる。

そう、歯医者での治療は、常に医者との闘いだといっていい。目を閉じているから周りの様子が分からない分、一度口を開けたら、次にいつ閉じられるか分からないからだ。

普段視覚に頼って生きていることを、これほど実感する瞬間は実は多くないと思う。目を閉じている間、かすかな情報を基に治療状況を把握する。医者と看護師のかすかな動きや専門用語から雰囲気を察知し、バキュームみたいな装置の出し入れを把握しようと努め、医者が作業中なのか口内治療中なのかを推測する。
 
そして、ここぞというタイミングで、
口を閉じてあごを休める。
 
・・・が、100%成功するわけではない。少しでもタイミングがずれると、休む時間が短くなるばかりか、口を開けてと怒られる。くそ・・・じじい・・。
 
ついでに話しておくと、たいていの医者さんか看護師さんは口を休めるタイミングを教えてくれると思う。私は小学生の時からずっと同じ歯医者に通っていて、いつ頃からか院長のおじいさんが私の担当になった。顔なじみの慣れた患者だからこそ、私はこの戦いのフィールドにたどり着いたというわけだ。
 
そういえば奥歯を治療するとき、先生は自分の手と私の歯の間に、クッションとして私の唇を挟む傾向がある。それはある意味合理的だが、こちらの身になると自分の唇が自分の歯に食い込んで痛い。
これを防ぐためにも、やはりタイミングが重要だ。あくまでも私は平静を装って、しっかりと自分の歯から唇を離す。雰囲気を察知すれば、さほど難しいことではないが、不意打ちということもある。
この防衛成功率は半々といったところか。
 
さて、こんなことを考えているうちに、治療も終盤になってきた。
虫歯治療は最後の方に、比較的大き目の機材を口に入れて数秒間光を当てることがある。終盤ということで私の顎も限界を迎えている訳で、この時間はしっかり休める大チャンスだ。
私はまるで、この機械は大きいなあというような表情をして口を一層大きく開ける。そしてしっかりと機械を口にフィットさせ、あごの力を抜いて機器に預ける。これで、成功だ。
 
こんな具合で私の戦いは終わりを迎える。新しい自分の歯に挨拶してから足取り軽く廊下を抜ける。

よし、明日から歯磨きがんばるぞ。

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