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臭いものに蓋【オンガク猫団コラムvol.34】

バロック系のコンサート行ってきた。区の広報で知った無料の催し物ではあったが、かなり内容の濃いものだったように思う。スマホをウォークマン代わりにのべつ音楽を聴いていると、生の音が愛おしくなることがある。日頃から温かいアナログの音を奏でる力量のある、ハイエンドのスピーカーから再生して音楽を享受していれば、あるいは生の楽器の音をオイラの耳が欲しがることがないのかも知れない。アルコールに耽溺していて日々肝臓と格闘している人へ、ドクターから「休肝日」を申しつけられることがあるように、アンプラグドな音のシャワーを無性に浴びたくなる衝動が、腹の底から湧き上がってくることがあるのだ。

別に威張ることじゃないけど、拙宅にはオーディオ機器と呼べるものがない。ま、あるっちゃあるんだけど、前時代的なラジカセのようなものが2台。そのいずれもラジオ以外のMD部とCD部がぶっ壊れている。辛うじてラジオ部は存命なのだけど、ラジオを聞きたいときはやはりスマホのアプリで聴いてしまうので、限りなく粗大ごみに近い断捨離予備軍だ。大量にあるCDは殆どスマホ内にデータ化してあるし、データ化してないもので、ある日突然恋しくなる曲があったらyoutubeで大抵upされてるし、それで心は満たされてしまう。いい時代のような気もするし、そうじゃない気もする。

コンサートの開催日は平日だったのだけど、無料の恩恵なのか開演1時間前から相当な行列ができていた。ざっと見たところ、観客の平均年齢は70代といった感じだ。50代のオイラは、異分子というか違和感アリアリ。セカンドライフに突入して、恐らく余生を楽しんでいる人たちが大半なんだろうね。開場後、座席を見渡して見ると、赤ん坊連れの若い人もチラホラいてホッと一安心。少しだけ肩身の狭い気分が軽くなる。

演奏が始まると、ふいにどこかで嗅いだことのある「ある匂い」が、モワ~ンと鼻腔を刺激する。高齢者の独特のあの体臭だ。もしも自分の親戚の人とか、懇意にしている人がそういう匂いを発していたら、多分黙殺して空とぼけていたはずである。他人だと、どうしても見過ごすことができなかった。かといって意義申し立てをするような事じゃない。困った。思案の後、オイラはポケットからハンカチを取り出し、マスク代わりに鼻に当てがい、目を瞑り、そしてめくるめく音楽に全神経を集中し、生演奏を堪能したのであった……。

演奏終了直後、おっとり刀で尿意を開放すべくトイレに向かうと、そこには演奏中オイラを悩殺した、高齢者の例のカグワシキ匂いが濃霧のように充満していた。アンモニア臭よりも自己主張の強いインパクトのあるガスだ。一体、あの摩訶不思議な匂いの正体はなんだろう。仁丹とお線香と正露丸と養命酒を一子相伝の絶妙な配合でブレンドしたような、まるで漢方薬を彷彿とさせるあの匂い。ちなみにオイラは、仁丹とお線香と正露丸と養命酒はどれも大好物であることを付記しておく。欧米の高齢者もあれ系の匂いなのか気になるところである。多分違う気がするが。

オイラもあと10年も経てば、あの高齢者フレーバーをヤツガレの肉叢からドヒャーと放射してしまうのだろうか。今からデオドラント対策できるのものならやっておきたい気もするけど、なんにせよ寄る年波には勝てない。近い将来、不幸にも往来で自分があの匂いの発生源になってしまった時、嗅覚が老化して自分の体臭が自覚できなくなることがあるかも知れないな。そう考えるとなんだか悲劇だ。

コンサートホールを後にして、とある古い喫茶店に行く。今時珍しい全席喫煙OKで、店頭に年代もののガラス製の什器があって、食品サンプルがギッシリ入っているような店だ。客はまばらだったので、タバコの煙を避けるように端の席に座る。そして、洋酒がガツンと効いた懐かしい味のするケーキと、コーヒーのセットをオーダーした。運ばれてきたケーキを玩味していると、隣のボックス席に中年の男女3人組の客がやってきた。いかにも下町を徘徊していそうなマイルドヤンキー御一行様。

椅子に腰掛けるやいなや、男が即座にタバコに火をつける。それを皮切りに女2人が同時にタバコに火をつけた。もはやコーヒーはそっちのけで、至福の時間がボックス席にあふれている。昨今、喫煙者たちは街中で安心してタバコを吸えるエリアが逃げ水のように消滅しているせいか、喫煙OKと見るや安堵したような顔をする。まるでタバコの方が息継ぎの呼吸で、タバコを吸っていない方が呼吸していない時間のようにも錯覚してしまう。

オイラもずっと以前は、ヘビースモーカーだった。当時は喫煙派がどちらかというとマジョリティだった気がする。今、喫煙者は街へ出かけるときに、街中のトイレよりもタバコが安心して吸える場所を頭の中に叩き込んでいないと大変な惨事になるのかもしれないな……。そんな事を考えつつコーヒーを啜ってスマホでニュースを覗いていたら、最近は煙が臭くない電子タバコってのが席巻し始めている、という記事を発見。なんと喫煙NGの飲食店でも電子タバコはOKという店も結構あるとか。百害あって一利なしというらしいが、喫煙派の先鋒は、ニコチンが脳に与える好餌について舌鋒鋭く獅子吼する。それにしてもタバコは随分と世間の嫌われ者になったなあ、とつくづく思う。

話は変わるが、選挙が近づいている。候補者の中で医療用大麻の解禁を掲げている人がいる。医療用大麻で病気が軽減される人が相当いるはずだ。候補者が当選するかしないかはともかく、正しく利用されるなら是非とも解禁されて欲しいな、とオイラは個人的に思っている。タバコの有害性をとやかく言うよりも、医療用大麻の有用性を語るべきではないだろうか。そう思っていた矢先、元俳優の覚せい剤逮捕のニュース。タイミングが悪すぎるぜ。敵対する党のスピンコントロール的なリークじゃないのかな、なんて勘ぐってしまうのはオイラだけだろうか。臭いものは、やり過ごしているうちに拡散して薄まる。考えるとなんだか怖い。

オンガク猫団(挿絵:髙田 ナッツ)

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