見出し画像

違う顔


 新しい洗面台には三つの汚れ一つない鏡が張られ、新しい物だけが持つ匂いをかすかに漂わせていた。両側の幅の狭い鏡張りの扉を開けると三面鏡になり、私の横顔を写し出した。それは、まるで初対面の人の顔のようで、まじまじと眺めてしまった。自分の横顔はじかには一生見られないんだ、と初めて気づいた。

 私の住むマンションは築20年、洗面台の下の配管よりわずかに水漏れが見つかった。数年は管にテープを貼ったりして使っていたが、漏れた水が下の階まで行ったらたいへんだ、と、思い切って新調した。

 毎朝新しい鏡を眺め、顔を洗い、歯を磨く。歯磨きの後は必ずそれ用に用意したタオルで鏡を磨く。ずっとピカピカにしておこう、そう決心したのだ。その日は朝から頭痛と眩暈めまいも感じ、鏡に向かうと自分の顔がいつもとどこか違って見えた。どことはっきりわからないか、どこか違う。寝不足だったから、むくんでいるのかもしれない。いやだいやだ、ますます老けている。

 なんとか歯磨きもすませ、朝食の準備にかかった。まずサラダ・・・キュウリを輪切りにする・・・あれ?私、左利きだっけ?包丁を右手に持ち替えてみた。切れない、うわ!もしかして脳の異常?手を開いたり閉じたり・・ちゃんとできる・・・ともかく、サラダだけでも食べよう、と食べ始めたが、箸をもっているのは左手。これは変だ!

 脳疾患なら一刻も早い手当が必要。救急車?いや歩いた方が早い。思い切って近所の医者へ行くことにした。マンションを出ると、目を上げて駐車場の向こうの病院の看板を確かめた。・・・中村医院の文字がおかしい。院医村中?やだ反対向きに読んだんだ。私はやっぱりおかしい。駐車場は夏の日差しが照りつけてかっと暑く、ますます眩暈めまいが激しくなった。柵につかまって身を支えようとしたが、目の前がにじみ、くずおれるように倒れてしまった。

 目が覚めると、なんと自宅の洗面台の前だった。眩暈がおさまっている。ゆっくり立ち上がり、自分の顔を見る。いつもの顔だ。右手にも力が入る。いつのまにか直っている!鏡に背を向けようとしたその時、声がした。

 「鏡の中の世界はどうだった?」

 鏡にうつった私の振り返った顔は、左右が逆の鏡の中の顔だった。

           おわり(950文字)


「夏ピリカグランプリに応募いたします。
よろしくお願いいたします。

もうちょっと奇想天外なストーリーを考えたかったのですが、
アイデイアがここまででした。😅






 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?