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読む時間#シロクマ文芸部

読む時間は、日常のほっとする隙間だ。その隙間は長くなったり短くなったり時々に変化するが、今のところ電車の中で生まれることが多い。出かけるときは本だなの中から本を選び、リュックに入れ、乗車したらおもむろに取り出す。最近は読書仲間が大幅に減り、並ぶスマホのなかでちょっと肩身が狭い。

昨日も電車に乗り、さあ読もうと本を取り出すと、向かい側の席の7人は全員スマホ族だ。スマホが無かったら夜も日もあけぬ、といった風情。透明人間になって、そおっとスマホを奪い、隠したらどんな反応するのかな、と思ったりする。

斜め向かいの席には、いた!文庫本を熱心に読んている男性が。推理小説のようだが、猫背になって読みふけっている。昨夜も寝ながら読んでいたのかな、と寝ぐせのついた白髪交じりの髪を見て見ぬふりをする。

今読んでいるのは、吉本ばななさんの「体は全部知っている」。もう何度も読んでいるのにまた読みたくなる本だ。体にフレッシュな空気が流れ込むような気がする。
その内容は
「私」は失恋した友達と海にドライブに行く。「私」の両親は母親に年下のボーイフレンドが出来て離婚の危機を乗り越えたことがある。「私」は海を眺めながら、「子どものころここにきて父と海を眺めていたことを思い出す。その時、あげは蝶がひらひらと飛んできて、その真っ黒い羽根を閉じて、目の前で休んだ。まるで古いレースの切れっぱしみたいに、その羽は美しく見えた。」という過去の記述から現在の海辺に移る。

その時、目の前に、あげは蝶が飛んで来た。
私は本当にびっくりして、目を疑った。
友達は、あげはだ、きれい、きれい!と悲しいのを忘れてきれいに笑った。
    中略
止めることのできない時間は惜しむためだけでなく、美しい瞬間を次々に手に入れるために流れていく。
 わたしは、あ、ちょっとしたごほうびだ、と思った。

黒いあげは・吉本ばなな

本に没頭すると時間を忘れる。全神経が本の世界に投入されてしまうのか、はっと気づくと時間が進んでいる。その間電車の音や乗り降りする周りの人も全く意識から飛んでしまうのは我ながら不思議、と思う。

本から顔を上げるとなんと、隣の席と私の前に立った高校生が参考書を開いている。名門校のマークの付いたバッグが重そうだ。蛍光ペンの黄緑の線が電車とともに揺れている。もうすぐ東横線は銀杏並木へ続く駅に着く。

          おわり

#シロクマ文芸部

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