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5日目〜散文的な一日〜

はじめに断っておく。この無益なブログを閲覧している稀有な読者諸氏へ、今回のブログはこれまで以上に見所がない。どこか観光名所を訪れたり精神的な葛藤や感動があった等、とりわけ書くべき事柄があるわけでもない。だが、私は何度目になるかわからない今回の京都滞在ではブログを書くことを一つの目標としている(現時点で既に十日分のブログが書けずに溜まってしまっている)のでこの一日を無理矢理にでも文章として起こす。どんなにつまらなさそうな街でも少しくらい見所はあると信じて散歩すると経験上何か見つかることがある。それと同じことがあらゆる駄文にも通ずるだろう。少なくともこの作文を通過した方には、外出時にコップを持参していない二人が、一本の缶ジュースを分け合うときに活用し得るささやかな知恵を分け与えることくらいはできると思う。

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この日もやはり昼過ぎに起きる。家主のK君は私が布団の上でゴロゴロしている間にUber Eatsの配達員として出払っていた。特にやるべきことがないのでブログを書く。5日目にして夜行バスで京都に到着した日の出来事を書き起こそうとする。しかし波に洗われてコロコロと移動する小石のように作文は遅々として進まない。元来メッセージ一つ返すのに目を瞑って頭を悩ますほどの遅筆であることに加え、やってもやらなくても誰一人として文句を言わない大変自発性の要求される作業に、努力を嫌う怠惰な人間が挑戦しているせいである。

K君がいつも通り14時頃に帰って来ると作文を中断して昼食を一緒に食べる。それから行くところが思いつかないので平安神宮近くの岡崎公園でサッカーをすることにした。

自転車で行き掛けに府庁の前を通ると催し物の看板がある。観芸祭というらしい。中に入って確認するとパンフレットの置いてある休憩室でWiFiが使えたので、K君のスマホで対戦型のホラーゲームDead by Daylightのモバイル版(DbDM)をダウンロードしてもらうよう必死に頼み込む。歌舞伎か落語かよくわからない作品群を消去してもらい5GBという容量をゲームのために空けてもらうことに成功した。ダウンロード中、11/5まで一週間近く開催される観芸祭のパンフレットを見ながら11/3(文化の日)からの3連休の予定を組む。K君の要望によりギターの祖にあたる中東の楽器ウードや琵琶の演奏を見ることに決めた。

府庁を出ると、四条通に新しくできた八百屋を経由して四条寺町の南側にある中古スマホを扱う店へ行く。K君の提案である。K君のスマホに私がやりたいアプリゲームをダウンロードさせたからだろう。DbDMは私が一年以上やり込んだゲームだが最近のアプデに自分のオンボロ低スペックスマホはついていけずに敗北した。騾馬に2tトラックと同じ荷物は運べない。高価な骨董品でも見るような気持ちで中古スマホの価格を眺めるだけにして向かいの業務スーパーでサッカーの後に飲む500mlのビタミン系ドリンクをK君が買った。

すると、ここで彼が一つの問題が発生したことに気がついた。この飲料をどうやって分ければいいだろうかと聞かれたので、私はカルタの札でも弾くときのような瞬発力で「カルディで試飲するコーヒーの紙コップを持ち帰ればいい」と即座に答えた。K君はあたかも自分ではそのような卑しい考えが思い付く可能性などこれっぽっちもないとでも言いたげに、極めて大袈裟にこの解決策を提示した私を褒めちぎる。「すごいなあ!名案だよ!名案!」

寺町京極のカルディに行くとコーヒーを配っていなかった。少し待てば配給を開始するかもしれないと近くの楽器屋で時間を潰す。バッハ以外よく覚えていないがK君がクラシックギターの様々な楽譜を実に楽しそうに見ている。一方で私は京都を舞台にした吹奏楽のアニメ『響け!ユーフォニアム』を全編見ていたので陳列された楽器ごとに担当のキャラクターを思い出す。主人公の等身大に近いパネルがあったので、アニメに詳しくないK君に彼女は黄前久美子だと教えるが、それらしい名前を言っているだけに違いないと軽くあしらわれた。音楽というただ一つの側面に照らしてみただけでもK君と私が映す像の違いは明瞭なのだと認識させられる。

カルディに戻ると未だ店先のテーブル前に女性はいない。だが紙コップは積まれている。私は自分の手を汚さないためK君に紙コップを取るよう詰め寄る。我ながら実に理不尽である。もちろんK君も紙コップは手に取らず、代わりに御池通のゼスト御池地下街にもカルディがあるからそこへ行こうと言う。言う通りに御池地下街へ行くと、遠目にカルディの青い看板が見えてきた。だが店先にエプロンを掛けた素敵な女性は見当たらない。やっぱりここにもいないんだ、そうガックリと肩を落として店の周りを少し歩くと死角からエプロン姿でコーヒーポットを傾ける笑顔の女性が現れた。

彼女から自慢のコーヒーを受け取った我々はその喜びを紙コップと共に頂戴するのである。そして飲み干すと紙コップを手にしてそそくさと地下街の奥にあるトイレへと向かい、洗面所の水で内側を洗い流す。そしてトイレットペーパーで紙コップの外側に付着した水滴を拭き取りビニール袋へと入れる。

「ああ!嫌だ嫌だ!なんて卑しいんだろう!」
「私なら絶対にそんなことはしない!コップくらい買えばいいのに!」
「みすぼらしいあなたたちとは絶対に友だちになりたくない!」

いましがた私の内側でこういう声が聴こえてきたが、これは読者諸氏の声であろうか?

外へ出ると日は完全に暮れていた。18時過ぎである。我々は遂に紙コップを手にしたというのにサッカーをしに行くかどうかで言い争う。K君がもう行きたくない帰ろうと言う。天の邪鬼な私は反発することそのものを目的にする節がある。行きたくないK君を説き伏せるためだけにサッカーへ行きたくなる。だからもし、K君が行きたいと言えば行きたくないと言っただろう。サッカーそのものをしたいかどうかは問題ではなくなっていた。ここから1kmちょっとだから5分くらいで行けるだろう、行かなければ何のためにここまで来たのだろうかと言う。こういうときほとんどの場合、K君が折れて私の意見が通る。

岡崎公園に着く。テニスコートが併設された場所で強いライトが周囲を明るく照らす。パスをして身体が温まって来たところ、一方の壁からもう一方の壁まで25mくらいの間の往復をリフティングで移動する、できなければ終わるまで帰らずにやり続けるという勝負を持ち掛ける。去年もK君はこのドリブルリフティングで苦戦していた。そして結果は同じになった。半袖半ズボンで汗をかいていた私は待ちぼうけてすっかり冷えてしまった。K君が何度もリフティングを開始してその度タップダンスでもするように足をバタつかせて球を落としてしまう様を石垣に座って眺めていた。それもいつかは終わる。腕まくりをした彼がこの球は絶対に落とさないぞという気概を見せ、手足を紐で外側へ引っ張られてでもいるような崩れた体勢で最後までボールを運び切った。

我々はおもむろに袋から紙コップを取り出す。赤と黄でド派手に着飾った缶ジュースが鞄から取り出され天から降ってきたようにして暗がりの中、石垣の上に置かれる。そして優しく拍手するように甘美な弾ける音を伴いながら白い容器へと注がれた。

飲み干すと、K君に比べて十分の一くらいしか運動していない物足りなさからもう一度勝負しようと言う。汗だくのK君はあっさり負けを認め、勝ちにこだわる私こそ負けであるとでも言いたげな顔をして自転車にまたがりハンドルを自宅の方へ向けてしまった。

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