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 そう、最初から分かっていたことだ。塚越は歯噛みした。

「西倉、車が保たない!」

 車両を遮蔽物にするのは良いが、銃弾に対してそれほど防御力があるわけではない。ドア一枚は流石に弱いのでエンジンルームやホイールの影を利用してはいるが、それだっていつまで保つか分かったものではないのだ。タイヤはとうの昔にパンクしているし、敵の銃弾を受けている面はもう穴だらけである。しかも。

「坂田は精密射撃してくる奴だ。多分、狙ってくる」
「オイオイオイオイ、マジかよ! ピンホールショットできるってのか!」
「できるんよ、そういう人間なんよ!」
「なんだそりゃあ!」

 西倉がやけくそ気味に叫んだ瞬間、彼らの足元を銃弾が抉った。血の気の引いた顔を見合わせる二人。

「移動!」

 言葉を発したのも二人同時。動いたのも二人同時。盾にしていた車両から離れ、コンクリートの柱へと走る。当然、敵の銃弾が追いかけてくるがとにかく走る。飛び込むように柱の陰に隠れる。

「これからどうする、塚越」
「多分、この動きも坂田の想定内だと思うんだ。仕方ない……俺らを追いかけてくれているうちはいい。問題は」
「俺達以外の人間をその場で殺そう、ってされるとヤバイ」
「御名答。俺らがそれ故に動けないことも分かってて、あいつらは動いてくる。やらなきゃならないのは、まず、まだ残ってるかもしれない一般客と従業員を逃がすこと」
「立花と笠間がやっててくれてるとは思うが」
「うん。でも、この状況でテンパってると思うんだよね。漏れがあるって前提で動こう」
「了解。で、俺達ゃどうする、分かれるか」
「いや、二人で行動しよう。バラけたらそれこそ相手の思うツボ」

 慣れた手付きで弾倉を交換すると、塚越は西倉を見る。

「ニッシーはさ、銃、さっき以外で撃ったこと、ある?」
「……一応は」
「聞いてもいい?」
「昔だよ。七年前の今頃。熊谷市一家強盗殺人事件の、直後」
「あー、犯人グループの一部が市街地でどうのこうの、っていう」
「そん時に撃った。足を狙ってさ、命中したよ。その直後にそいつの仲間がそいつを刺して、殺して、こっちが動揺してる間に、逃げた」

 西倉も弾倉を交換する。塚越ほどではないが、そこそこに慣れた手付きで。

「それからずっと練習してる。どうするのが正解だったのかは分かんねえけど、でもさ、練習しておきてぇなって思って……ずっと。毎日」
「そっか。分かった」

 声色には何も含むところは感じられなかった。ただ、塚越は西倉がどうしてきたのか、そしてどうなっているのかを知り、返事をした。西倉は無言で頷いた。


「さて、と」

 実際に声には出していない。呟いたのは頭の中だ。網屋はコンクリートの柱の陰に身を潜めて、両者の動きを見つめていた。

 ごくごく簡単で雑な対処法であったので、あれで相手が騙されてくれるとは考えにくい。もしくは、今この瞬間は信じてくれているかもしれない。網屋が、相田と車で逃走したと少しだけでもそう思ってくれれば御の字だ。どうせ、じきに己の存在は割れてしまうだろう。これからの行為によって。

 人数の多い方、すなわち網屋にとっての対象達が動き出した。移動を始めた熊谷警察側を追うためだろう。彼らの動きは洗練されており、このような現場に慣れていることが分かる。
 熊谷警察側は多分、早い段階で応援を呼ぶだろう。最短で十分程度と見るべきか。道路状況を考えるに、それよりはかかりそうだ。
 ならば、対象も同じ考えに至るだろう。それまでにケリを付けるか、それとも応援すら皆殺しにするか。下手するとやりかねない、と網屋は僅かに顔を歪めた。今の彼らはそれくらいやるだろう。変なところで冷静なくせに、根底の部分で壊れている。薬をキメ続けた者の末路。壊れるしか無いのだ。

 さて、現在いる階は一番上だ。網屋はすっかり暗くなった外の闇に紛れて、まずは立体駐車場の外壁へと移動した。柵の上に乗り、そのまま外へ。僅かな段差や凹凸を利用して屋上へと出ると、建物の端にある小さな階段へ。立ち止まり、耳を澄ます。対象及び熊谷警察の靴は全員分確認済み。判断は速い。
 階段はほぼむき出しであり、外壁には大きな開口部がある。屋上の端から外壁を伝って二階分を瞬時に飛び降りると、次は内部へと飛んだ。着地点にいるのは階段を降りているターゲットの一人だ。
 背後に着地。左手で口を塞ぐ。右手には既に変形短刀『月下飢狼』がある。素早く刃先を首に当て、しっかりと押し込んだ。間髪入れずに引き抜く。血を浴びないように左側に回り込みながら相手の体を顔から押し倒す。今度は正面から、地面に向かって押し込むように喉笛を突いた。少しそのまま待ち、ゆっくりと刃を抜き、塞いだままの口から手を離す。喉笛からは血は吹き出さず、どろりと溢れるのみにとどまった。
 始末した相手の上着で刃を拭き、ついでといった風に内側を探る。弾倉をいくつか。床に落ちた銃も拾い上げる。次からはこれをありがたく使わせてもらうのだ。

 早すぎてもいけない。遅すぎるなど論外。相田が片道十分と言ったのならばそれはほぼ絶対だ。ならば往復二十分、その間に相手を全員始末する。生きたまま警察に捕らえられてもまずいのだ。一言も事実を喋らせるわけにはいかない。ならば殺してしまうのが確実だろう。
 二十分。一人に四分計算。熊谷警察に気付かれず、それをこなす。


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。