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 網屋が突然それを言い出したのは、金曜の夕飯の時間帯だった。

「毛布ほちいの」
「毛布」
「重いやつ」
「おもぉいの」

 ホワイトシチューをもりもり食べながら、相田は反復相槌を打つ。ちなみにおかわり四杯目。

「待って先輩、今まで毛布無しでこの熊谷の冬を過ごしてきたと?」
「買った掛け布団が思ったより暖かくてさ。で、寒いなと思ったら半纏着たまま寝たりしてた」
「半纏あったけえもんねえ……って今何月かお分かりか?」
「えと、十二月」
「十二月の熊谷で毛布無しで生きていくのは苦行では?」
「おつらぁい」

 網屋の格好は高校時代のジャージ上下に半纏。要するに、そのまま布団に入ってしまうという寸法だ。相田だってスウェット上下にフリースの上着を羽織ってそのまま寝てしまったりするので、まあ、どっこいどっこいである。

「でさあ、今日の買い物の帰りにホームセンター寄ったんだけど。ほら、スーパーの横にあるじゃん」
「あーはいあそこね」
「軽いのしかねえんだわ毛布。軽さがウリ! 軽くてあったか! 重みを感じない! っていうのばっか」
「まあねー、最近はそうッスよね。たまに重さを押し出してるのあるけど」
「うん。それ探したんだけど売り切れてた」
「悲しい」
「かなちーい」

 相田は勝手に食パンを引っ張り出し、皿に残ったシチューをきれいに拭って食べ始めた。おかわりは四杯までにすると決めて自重しているので、物足りなさのフォローである。実は白米も食べている。オンザライスも既にこなしている。

「どっかさあ、古式ゆかしい毛布売ってるとこねえかなぁ。なんかむかーしっぽい、重くてゴツいやつ」
「重い毛布……うちのやつ持ってきましょか?」
「いやいやいや、それは悪いよ申し訳ないよ。新しいの買うよ」

 相田の布団は全て、祖父と暮らしていた家から持ってきたものだ。その祖父の家というのが現住居の近く。車で五分もかからない。
 祖父も、たまに帰ってくる両親も既にいない。この実家を売ってしまおうか、とも最初は考えた。が、何も無理に売却せずともアパートの契約が終わったら戻ればいいだけの話だな、と考えを改めたのがここ最近だ。遺品の整頓などもしなければならない。遺品と言うか、祖父や父が置きっぱなしにしていた昔のものだが……

「新しいの買う、つうてもだな。どこに行ったらいいんだべ。布団屋さん?」
「ふとんやさんー? あったっけ?」
「覚えがねえなぁー」
「ないっすねぇー……あ」
「お? 心当たり?」
「あそこ行きゃあるんじゃないかな、あそこ、ほら、えーとあそこあそこ」

 翌日、土曜日。相田と網屋は、熊谷駅に近い百貨店へと向かっていた。
 デパート、と言うより百貨店と表現したほうが良いような古い店舗だ。古すぎて、建物敷地内に駐車場がない。すぐ近くに点在する外部の駐車場に車を停めるしかないのだが、この駐車場もほぼ百貨店専用と化している。
 大きな立体駐車場は、百貨店から歩いて一分か二分程度の位置にある。とりあえずそこの最上階に網屋の車を停め、ポクポク歩いてたどり着いたのは、百貨店内の布団売り場であった。

「なるほど! 古いデパート内のいい感じに古式ゆかしい布団屋! 相田かしこい! かしこい!」
「だしょ! まあ俺もあやふやな記憶しかなかったから、その、アレだったけど」
「あやふやなまま俺達は生きている」
「あやふやふや」

 両者とも、この百貨店に足を踏み入れるのは数年ぶりであった。その数年ぶりというやつも、高校入学の際に制服を作るためやってきたというやつだ。他の安いところで制服を買うと、雨に濡れたときに色移りが発生するとかなんとか。ちょっとお高いけどここで作った方がいいとかなんとか。

 で、網屋は無事に重い毛布を手にれた。ついでに相田も半纏を買ってしまった。男二人でウキウキしながら大きくてかさばる荷物を抱え込み、駐車場へ帰ろうと玄関を出てポクポク歩いていたのはいいのだが。

「うお? ここのドーナツ屋、まだあったんだ!」
「すーごいちっちゃい頃に来た覚えがある」

 店舗内ではなく、敷地内併設という形で存在しているチェーン系ドーナツ店の出入り口を見つけてしまったのだ。

「食べる?」
「食べたい」
「どなつたびる?」
「どなっちたびたい、たびたい」
「どなち! どなち! キャッキャ」
「キャキャキャ!」


 車の中には四人の人間。夕方。繁華街の立体駐車場。少しだけ奥まった箇所にあり、国道から一本裏手にあたる。

「なーにやってんだろね、あいつら」

 助手席で背中を丸め、そう呟いたのは熊谷警察の西倉だ。視線は鋭い。停めてある車からぎりぎり見える箇所に一台のワゴン。

「誰かを尾行してるのは確かなんだけどね。その相手がよく分かんないんだよ」

 運転席のハンドルにもたれかかって返すのは塚越。相手からは見えない影の位置を選んで駐車したのは彼である。

「あの野郎ここ一年くらい、誰かを狙ってる。手を変え品を変えごちゃごちゃやってるみたいなんだけどね、うまく行ってないみたい」
「もしかして、銃痕のあった事故車両を隠蔽したのってそれですか」

 後部座席から身を乗り出してきた立花。刑事達の中でも特に坂田への不信感を募らせていた彼女であるからして、食いつきぶりは大きい。

「あーそれね、大塚課長から聞いた。そう、銃弾ぶっ放すクラスのことをここでやりまくって、全部隠蔽してるの。全部。坂田が。そこそこ人死にも出てるはずだよ」
「えぇ……?」

 立花の隣にいる若手の刑事、笠間が呻き声を上げる。彼もまた不信感を募らせていた一人だ。

「全部ですかぁ……」
「ぜぇんぶ。アレが噛んでるのは全部それだと思ってもらえれば」
「え、じゃあ、こないだの」
「こないだ?」
「西倉さん覚えてます? ほらぁ、荒川の土手で心中した夫婦、車ん中でなんか薬飲んだっていうのが、先月だっけ先々月だっけ」
「あー、あったな! あれも坂田が全部持ってったんだっけ」
「そうそうそう。あの人がギャイギャイ言ってくるやつにしては内容がいつもと違うなって」

 塚越と立花の顔付きが険しくなって、笠間の顔を凝視する。

「なにそれ」
「詳しく」
「ヒョエッかおがこわい」

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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。