赤におぼれる ~エンド1:ありがとう~

言葉にしたら心が軽くなった。
このまま近くにいたらカオルを殺してしまうかもしれない。でもカオルから離れて生きていくことなど出来やしない。板挟みな現状を打開するには死ぬしかないと解っていた。それでも口に出したら全てが終わってしまう気がして、怖くて言えなかったのだが、これ以上は限界だった。
「理由を聞いてもいいですか?」
至極まっとうな朔乃さんの疑問にエイは笑みを湛えた。
「大事な人を傷付けるなら死んだ方がマシってやつです」
はっきりとした理由は言わなかった。我ながらズルいと思ったが、何となく自分の中だけで留めておきたかったのだ。
朔乃さんはじっとエイを見つめ、静かに短く息を吐き出した。
「そっか。うん、わかりました」
「ありがとうございます」
「折角仲良くなれたのに残念です」
本当に残念そうな朔乃さんに「ごめんなさい」と声には出さないで謝った。
再会の場が殺人事件の現場でなければ、朔乃さんとは別の関係が築けたのかもしれない。昼間にYさんのお店でカフェラテと日替わりのオススメケーキを食べながら、他愛のない会話を交わす。そんな穏やかな時間を過ごしている姿が想像出来た。
「朔乃さん」
「はい」
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
朔乃さんの手が動いた。ナイフが首にあてられ、ヒヤリとした刃物の感覚が伝わってくる。
さよなら、と朔乃さんの口が動いた気がした。
刃物が引かれる気配。痛みよりも冷たさが強くて、殺されるってこういうことなんだと次第に遠ざかる意識の中でエイは思っていた。

最期に見たのは何度も何度も目にしてきた赤。視界いっぱいに広がる赤は今まで見たどんな赤よりも色鮮やかに目に焼き付いて、エイは心が満たされていくように感じた。

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