rooftop式ベストハンドレッド(50):2023

ベストハンドレッドなる文化がある。

作家・批評家のさやわかさんが考案した企画で、その年に発表されたあらゆるコンテンツ(“あらゆる”コンテンツ)のベスト100を順位付けするもの。さやわか式ベストハンドレッドは例年、年末にイベントスペースで発表されている。発表時間は毎年、6時間を優に越す。この記事を書き終えてから拝見する予定だが、2023のベストハンドレッドは8時間やっていたらしい。どうかしている。
狂気のカルチャー総点検だ。
さやわか「さやわか式☆ベストハンドレッド2023」 @someru #ゲンロン231230 | ゲンロン完全中継チャンネル | シラス (shirasu.io)

さやわかさん以外にも、diontumさん(dion式)や、あいけさん(あいけ式)らによって、個々人のベストがすでにハンドレッドされている。ぜひそちらもご覧になってほしい。
さて、今回私はrooftop式として2023年のベスト50を並べてみたい。

なおレギュレーション:2022.12~2023.12に発表されたコンテンツ

ベストハンドレッドは単にコンテンツ群を順位付ける行為ではない。コンテンツ群を自身の手で編み、並べ替え、そして語る行為だ。2023年に物語を、文脈を立ち上げる行為だ。だからこそ、数は重要ではない。
これから紹介する50個のコンテンツをぜひ、すべてチェックし、感想を聞かせてほしい。そしてあなた自身のベストハンドレッドを聞かせてほしい。

幕間の時間もそろそろおしまい。

では始めよう。希望と虚構が入り乱れるベストハンドレッドの世界へ──────────ようこそ。





50. シン・仮面ライダー[映画]

https://www.shin-kamen-rider.jp/
エヴァンゲリオンを手掛けた庵野秀明監督の最新作。石ノ森章太郎の原作を現代にリブートしたもの。アクション指導の一件は記憶に新しい。変なショット、変なアクション、変なセリフが続く。(ほかの庵野作品にも言えるけど)アクションシーンに限らず、映画用機材で撮影された映像群にスマホ撮影の映像を混ぜる意味がよくわからない。アクション性がいいのか知らんけど、画質やボケ具合が露骨に乱高下するのはノイズに感じる。
プロップやレタリングはいいと思う。シンウルトラマンの方が好み。

49. テレビ東京のモキュメンタリ―ホラー[テレビ番組]

https://www.tv-tokyo.co.jp/futsujo/
ここ2,3年くらいテレビ東京はモキュメンタリー系(ドキュメンタリー映像を装ったフィクション)ホラー番組に、謎に注力している。2023年に放送されたものだと、『このテープもってないですか?』(22年の12/27~29)や『祓除』がそれで、電波映像系のホラーも含めると『SIX HACK』も該当する。ホラーは好きだしなんやかんや見るが、どの企画も毎回毎回「さぁ、あとは皆さんで考えてくださいね…」で終わる。完結しろ。あと番組内に暗号仕込んで特別サイトに飛ばすのやめろ。
謎が謎のまま回収されないものを考察系と呼称すべきではない、と思うのだけどいかがでしょうか。
────いや、むしろ回収されない謎が残る点こそ考察系の存在意義なのか…?(楽しいのかそれ)

48. VIVANT[テレビ番組]

https://www.tbs.co.jp/VIVANT_tbs/
TBSが大金を積んで日曜夜のドル箱枠で放送していたドラマ。モンゴルでの撮影や映画級のキャスト、徹底した情報封鎖と散りばめられた考察要素で話題に。
海外志向のドラマを、ちゃんとした予算スケールでつくる。この意気込みはすごく大事だし続けてほしい。ただお金があっても使い道が下手な所が悲しかった。特に撮影と脚本。街中を封鎖&実際の車両を何十台も使用したカーアクション!と謳っていても、結局カメラの撮り方がテレビドラマ仕様だから映像がチープになる。(ひとつの激突シーンをカメラ別に何度も見せる編集など)
脚本面では特に後半。誤送金事件編が終わると、にわかに『半沢直樹』シーズン3が始まる。間に合ってますそういうの。
良かったのは一部の演出か。一般人に紛れた諜報員がにこやかな表情で擬態した次の瞬間、無表情になり部隊の秘密会議が始まるシーンなど。ああいうベタな記号表現はもっとやってほしい。

47. Irreversible Entanglements『Protect Your Light』[音楽]

https://youtu.be/zWAv6lQPYzQ
実験音楽寄りフリージャズグループの新作。アメリカの方々。ライブパフォーマンスに定評があり、詩人でもあるボーカル(というポジション名が適切か疑問だけど)が俯きがちにモゴモゴとしかし力強く語りかける。アフリカな音も混ぜ込んであって耳がたのしい。
2023年はこういう実験音楽ぽいフリージャズが目立った。

46. エルナン・ディアス『トラスト』[小説]

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784152102362
海外文学。23年のピューリッツァー賞フィクション部門を受賞。
小難しい文芸版『ウルフオブウォールストリート』といったところ。もちろんスニッフィングしてキマったりストリップをみるシーンはない。
4つの断章から構成されていて、それぞれ視点が異なり進むにつれ真相がおぼろげに判明していくつくり。題名が上手い。いい感じのメタフィクションでありつつも、メタフィクションをやる意味、までは踏み込んでいないように感じ46位に。

45. 丸山薫『司書正』[マンガ]

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784047371750
ハルタで連載中の古代中国宮廷SF。古代中国宮廷にて秘匿されている最高機密”司書正”こと人間コンピューター×宮仕えを命じられた新米世話係girl。設定が良すぎる。こんなん面白いだろ。
現在1巻発売中で、SFと宮廷政治が両輪で展開。今後が気になる。

44. Speakers Corner Quartet『Further Out Than The Edge』[音楽]

https://www.youtube.com/watch?v=sB45aKwf5aY
UKジャズのコレクティブによる1stアルバム。Tirzah、Coby Sey、Samphaなどなど、ゲスト陣がやたら豪華で、様々な要素が混在してる。先ほどの米国式フリージャズのようなパワフルさはないが、さすがイギリス式、最近のネオソウルやR&Bを汲むいなたさが凄い。笛ものよりも弦ものの音が存在感強め。おじさんs自撮りジャケットもかわいい。

43. Dior展[展覧会]

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Christian_Dior/
東京都現代美術館で開催された美術展。ファッションブランドDiorの歴史と名作を振り返る企画。インスタ映えで大人気に。とにかく人間が多かった。
美の暴力、とでもいうべき展示で圧倒される。天井が鏡張りになったスペースで階段状にドレスが陳列された区画が凄まじかった。ただ全体的に文脈が薄く、各区画がほとんど独立していたほか、あまりにインスタ映えを目指しすぎて何が主食なのか混乱する展示が散見された。
あと癖が強い図録も話題に。一般的な図録ではなく、服を撮影したアート写真集の色合いが濃く、”図録”を名乗るのは違うのでは…。写真集としてはけっこういい。

42. 三省堂国語辞典から消えた言葉辞典[辞典]

https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dict/ssd36624
歴代の『三省堂国語辞典』から削除された1,000項目を辞書表記のまま収録した辞典。コンセプトが面白い。22年に改訂された第8版まで、どの版まで収録されどの版から消えたのかも併記。削除された理由がいちいち興味深い。
もはや身に覚えのない単語がかつて辞書に存在していた事実に、ハッとさせられる。言葉が世界を認識する道具だとすれば、辞書は世界を形作るための道具箱なのかもしれない。
ちなみに三省堂は辞書のラインスタンプも出していて、それが割とよい。

41. クリス・ミラー『半導体戦争』[人文書]

https://www.diamond.co.jp/book/9784478115466.html
家電から兵器まで、いまや欠かせない基幹部品となった半導体がいかに生まれ、いかに展開されてきたかを辿る本。技術進歩を社会構造の変化から再解釈する読みがなされていて、半導体カルチャー史としても楽しめる。あと、最近の台湾が置かれている面倒くさすぎる立場がよくわかる。

40. season 未来への手紙[ゲーム, 音楽]

https://www.playstation.com/ja-jp/games/season-a-letter-to-the-future/
PC、PS4/5でプレイできる旅行アドベンチャーなインディーゲーム。なんらかの災厄によって世界の終焉が近づく世界を、自転車で旅しながら探索していく。音や景色を記録しノートで編集できる機能が特徴で、寂しげながらも美しい世界観が見事。ボリューム感もインディーゲームとしては十分だと思う。
Spencer Doranによるサントラが素晴らしい。ゲーム全体がアンビエントな雰囲気に包まれており、ここ数年の(音楽分野での)アンビエントブームがゲームとして結実した印象。そもそも環境音楽をルーツにもつアンビエントは、その起源からして空間を追体験するゲームと親和性があった。
欲を言えば、劇中で編集できるノートにもっと自由があっても良かった。いや、割と色んな遊びができるんだけど、なんというか、もっと巧い仕掛けをノートに期待してしまった。

39. 今日マチ子『かみまち』[マンガ]

http://grandjump.shueisha.co.jp/manga/kamimachi.html
今日マチ子による新作マンガ。家出少女が今夜泊めてくれる”神”を求め都会の夜を彷徨する不穏な話。今日マチ子は、単調な線と水彩による淡い陰影でかわいそうな絵を描く、で定評のある作家。
2巻で完結しており、とにかく怖い。
昨今『ちいかわ』や『タコピーの原罪』など、過剰にデフォルメされた暴力をかわいがるマンガが人気だが、こちらの世界観は現実社会の犯罪に寄っている。かわいい×犯罪×家族、なある種2023年の雰囲気を煮詰めたようなマンガ。

38. シャザム!神々の怒り[映画]

https://wwws.warnerbros.co.jp/shazam-movie/index.html
DCコミックのオトナ子供ヒーローシャザムの映画。後半は間延びぎみだが中盤までは非常に楽しい。MCUがなくしただいじなものがだいたい詰まっていて、よい。もうジャスティスリーグの連中出てこないでいい。
とはいえ、ヒーロー映画における相対的な良さではあるのでこの順位に。ジャスティスリーグなど存在しない。

37. Luidji『Saison 00』[音楽]

https://youtu.be/FVzuB29Hge8?si=EhrL7iIGDwkgh2Ji
フランス産のヒップホップ。フランス語のヒップホップ自体新鮮で、かつ完成度が極めて高い。鼻につくくらい洒脱。
フランス語特有の流麗な音──裏を返せばパワフルには聞こえづらい音──に合わせて、ヒップホップをソウルや電子ものでチューニングしていく手つきがすごい。ロバート・グラスパーみたいなピアノ歌い上げ系ネオソウルの次世代が、まさかフランスで芽吹くとは。次作が待ち遠しい。

36. Tirzah『trip9love…?』[音楽]

https://youtu.be/Rfhx7ZdmUpk?si=DpIx5xWDVrSICr9T
イギリスのシンガーソングライターによる電子音楽。アルバム全編通して似たようなビートが続き、抽象的で捉えどころのないノイズが終始うしろで流れ続ける。雰囲気だけであればアンビエント。もちろんちゃんとボーカルは入る。
飽きがきそうでなんやかんやリピートしてしまう妙なつくり。やはりこれはアンビエントなのかもしれない。

35. アサシンクリード ミラージュ[ゲーム]

https://www.ubisoft.com/ja-jp/game/assassins-creed/mirage
UBIソフトが誇る人気暗殺ゲームの最新作。オープンワールドRPGの色合いが強かった近作から離れ、純粋な暗殺を推奨する原点回帰な作風だった。
物語とワールドデザインへの様々な不満は以前細かく書いたので省略。良かったのはアクションとプレイフィール。高台から敵をマーキングして慎重に敵を掃討していく、意地の悪い遊びが楽しいつくり。アサシン中の刃を刺す効果音が絶妙に心地いい。
UBI産のアバターのゲームはあんまりでした。

34. Nia Archives『Sunrise Bang Ur Head Against The Wall』[音楽]

https://youtu.be/Lffjx3GxxZE?si=33TZcFeHexFNoOZ2
イギリスのDJ、プロデューサーNia Archivesによる新作EP。高速ビートのジャングルやドラムンベースに定評がある。最近のドラムンベースはこのひとを抑えておけば事足りる。
イギリス勢のご多分に漏れず、本作はネオソウル系ピアノをドラムンベースへ融合させた上品なダンス音楽。

33. 別れる決意[映画]

https://happinet-phantom.com/wakare-movie/
『お嬢さん』を撮ったパク・チャヌクの最新作。転落事件を追う刑事が被害者の妻と火遊びするアート系の映画。カンヌの監督賞をとった。
脚本、役者、撮影、編集、すべてがウェルメイドで、カンヌを全力で狙う姿勢が素晴らしい(皮肉などではなく、純粋に勝ちにいく態度だいじ)。唯一残念だったのは、すべてのシーンが平均して素敵だったぶん、抜きん出て良い箇所が見つからないところ。
韓国は映画の層がほんとに分厚い。

32. 左乙『金槍魚』[音楽]

https://youtu.be/7l99l0mLiGw?si=6WRP2dK6d2LWtX99
台湾のアーティスト左乙(Angela Tuo)のデビューアルバム。電子もの&2stepなかわいいポップス。単に人気出そうだし売れそう。いよいよマンドポップ(≒台湾のポップス)が本気を出してきた。非常にいい。
マンドポップはここ数年インディーロックの文脈(シューゲイザーやドリームポップ)で語られる機会が多く、それはそれで活況だったんだけど、ついにポップス市場真っ向勝負がきた。タイミング次第整えば、アジアや欧米も射程圏内まである。それくらい期待していいと思う。

31. いま本当にスゴイものまね芸人ランキング2023、のレッツゴーよしまさ [テレビ番組]

https://www.tv-tokyo.co.jp/broad_tvtokyo/program/detail/202301/26181_202301012200.html
ものまね芸人が同業の芸人の中から特にすごいやつを推薦しあう(体の)バラエティ番組。番組内で別番組のワンシーンをまるごと(出演者に限らずテロップや編集も)パロディするのが特徴。
2023年1月の放送では、ものまね芸人のレッツゴーよしまさが志村けんに扮し、志村けんが出演した『プロフェッショナル』の一部を再現した。新人からベテランに至るまで、あらゆる時代の志村けんをレッツゴーよしまさが再現する、さながらマルチバースものまねとでも形容するほかない映像。ものまねがでっち上げに過ぎないものだとしても、虚構が虚構だからこそ開かれる可能性をみた。

30. BOOKOFF宅配買取[サービス]

https://www.bookoffonline.co.jp/files/selltop.html
こちらも2023年の新規コンテンツではないがランクイン。こちらから買取に出向く必要がなく、ダンボール詰めをしておくだけで不要品が現金化される魔法のようなサービス。引越しの際にたいへんお世話になった。
書籍だけでなく、DVDやゲームソフトはもちろん、おもちゃ、カード、靴、服、スマホ、工具、調理家電、カー用品など守備範囲広め。銀行口座をお持ちで大量の不要品にお困りの方はこちらに。合法的に現金化できる。深い意味はありませんよ。

29. 『キラー・ビー』[海外ドラマ]

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0B8NJRQLC/ref=atv_dp_share_cu_r
アメリカ産『推し、燃ゆ』ハードコアver.。アメリカの推しごとドラマ。ただしひとが次々と死ぬ。超人気ポップスターのオタクが、SNSが駆動する欲望の連鎖からアンチを殺戮していく。Childish Gambinoらが手掛けた劇中曲もなかなかの仕上がり。
ビヨンセのファンBeyHiveが起こした騒動がベースに脚本が練られたそう。アメリカ人の、誰もやっていないことを世界に先駆けてやっていくフロンティア精神はやはり見上げたもの。当然犠牲者が出ないに越したことはないけれど。

28. ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー[映画]

https://www.nintendo.co.jp/smbmovie/index.html
マリオの映画。
ゲームの映像化、ではなくゲーム体験の映像化。ウェルメイドとはまさにこういう作品のためにある言葉なのでは。全体的にスピルバーグの『レディプレイヤー1』を更新するぞ、な気概を感じる。下手にメタネタをやらなかったのもいい方向に働いてた。

27. 『岸辺露伴は動かない』のサントラ[音楽]

https://columbia.jp/prod-info/COCP-42080-1/
『岸辺露伴は動かない』のドラマシリーズ&映画のサントラ。オルガンや弦をはじめ、あの手この手で不安を煽る曲が多数。岸辺露伴のドラマと映画は冗長でけっこう苦手だったが、サントラは別物。
ところで、限定版の特典としてミニポスターつけるのやめて欲しい。結局張らないし捨てるのも気に病むサイズ感はねぇ…。

26. 陳思宏『亡霊の地』[小説]

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784152102393
台湾の作家、陳思宏の小説。19年刊行の本作で台湾文学賞金典年度大賞を受賞。死者の霊が帰ってくる中元節に、ベルリンで恋人を殺した主人公が故郷へ帰ってくる。
主人公の兄妹や両親の視点がシャッフルされ、複数のエピソードが時系列を行きつ戻りつで同時進行していく。重い話が続くが、風景描写が美しいのでリーダビリティは高い。
近年、台湾文学はマジックリアリズムを取り入れた作風が増加傾向にあり、ラテンアメリカとは違う方向性で新しい作風が進化しつつある。

25. Nabihah Iqbal『DREAMER』[音楽]

https://youtu.be/V1aE2RMSk9E?si=H4e_V35oyD2uY_LX
イギリスのアーティストNabihah Iqbalの新作。シューゲイザー、ドリームポップ、アンビエントを混ぜ合わせた抒情性の高いアルバムに。
コロナ禍前から続くアンビエント系の流行はいつまで続くのだろう。個人的に好きなジャンルではあるのでいくらでも聴けるが、もうそろそろジャンル全体に更新なり味変が入って欲しい。

24. ザ キラー[映画]

https://www.netflix.com/title/80234448
デヴィッド・フィンチャー監督の新作。”凄腕”の殺し屋が仕事に失敗し、その尻拭いに七転八倒するサスペンス映画。に見せかけたブラックコメディ。
スパイ/暗殺もののあるあるを丁寧に描きながら、大事なタイミングで外す。フィンチャーの過去作にはなかった新たなノリで、個人的にはハマった。ただテンポが変則的なため好き嫌いは分かれそう。

23. アーマードコア6[ゲーム]

https://www.armoredcore.net/
フロムソフトウェアの人気ロボットゲームシリーズ最新作。癖はあるものの慣れればプレイに支障はない。物語もほどよく、しかしいつものフロムで一見でも楽しめる親切設計だと思う。
個人的に良かったのはサウンドデザイン。メニュー画面の選択音や戦闘中の警戒音など、地味なサウンドエフェクトが心地いい。

22. Hi Tech『DETWAT』[音楽]

https://myelectronicmusic.bandcamp.com/album/d-twat
アメリカはデトロイト産ゲットーテクノの伝道師、HiTechの新作。ハウス、トラップ、ヒップホップを軸とした2stepな軽いドラム音が小気味いい。
80,90年代の音を最新のポップスに組み込む際、2010年代以降低音でないビートが優先的に選ばれる印象がある。もっとも、音自体の再利用だけではなくビートやテンポ感のリサイクルもある。が、そうした傾向がいわゆるポップスではない、むしろインディーだったりアンダーグラウンドなジャンルにも出現している事実は興味深い。要因はたくさんありそうだけれど、やはりイヤホンでの聴取が普及した=イヤホン用のミキシングへ業界全体で最適化された結果、という可能性を疑っている。どうなんだろう。

21. Starfield[ゲーム]

https://bethesda.net/en/game/starfield
Falloutシリーズのベセスダソフトワークス最新作。広大な宇宙を飛び回り探索と冒険を楽しむオープンワールドRPG。メインストーリーの結末と操作UIには不満があるものの、総じてめちゃくちゃ楽しかった。ただオープンワールドを期待すると、実はオープンワールドもどきなので注意が必要。拠点づくりや宇宙船建造に興味があるひとは、果てしなくプレイできると思う。

20. search 2 [映画]

https://www.sonypictures.jp/he/11130156
全編デジタルデバイスの画面だけで進行するおもしろサスペンス映画の続編。SNSやニュースを駆使した巧みなストーリーテリングで、「そもそも映画として成立するなんて」と驚かされる。今作は新たな演出も登場し、そう来るか!の連続。思いついたやつがすごい。
前作をみてなくても問題なく楽しめる。

19. 7038634457『Neo Seven』[音楽]

https://blankformseditions.bandcamp.com/album/neo-seven
とにかく変なアンビエント。静寂で切なげな電子音(vaporwave)が続いたと思ったら急に無音になり、そして突如として暴力的なノイズが叫び始める。
アンビエントが包み込む優しい世界の温かみが、同時に郷愁の中にひとを閉じ込めてしまう危険性を併せ持つこと。結果として優しい世界に安住するとしても、抵抗の試みを諦めないこと。

18. 有吉弘行の脱法TV[テレビ番組]

https://www.fujitv.co.jp/b_hp/ariyoshi_30days/index.html
フジテレビ制作のバラエティ番組。コンプライアンスの観点から通常は地上波で放映できないとされる禁則──タトゥー、乳首、AV──を、あの手この手で映そうと試みる。
コンプラ文句系の笑いはここ3年くらい男性芸人が死ぬほどやっていて(そしてどれも同じ展開でもう飽きた)、あまり期待せずに観たが意外と良かった。コンプライアンスに対して逆張りしたり自虐にもっていくのではなく、どこから規制対象の判定域に入るのかを見極めるつくりが新鮮。
限界に挑戦した映像は番組側の判定委員会により任意で中断され、「え、ここでダメなの?」とか「もうこれは規制する意味なくない?」などの感想が湧いてくるのが面白い。つまり、コンプライアンスそのものではなく、コンプライアンスの境界を線引きする側の判断に笑いの重点が置かれている。
ゲーム内の敵がどこまで追いかけてきてどこから帰るのか、で遊んだ経験を思い出した。

17. 熱海来宮神社の麦こがしソフトクリーム[食べ物]

https://kinomiya.or.jp/top/praying/cafe/
熱海にある来宮神社にある甘味処「五色の社」で食べられるソフトクリーム。今年からの新展開ではないと思うが、あまりに鮮烈すぎて強引に17位。尋常ではない美味さ。ヤバい。熱海の有形文化遺産に認定する。俺が。
麦こがしとは文字通り大麦や裸麦を炒ったもので、きな粉とは若干違う(味と食感は少し似てる)。ソフトクリーム自体はミルクベースで、ミルクの濃厚な甘みときな粉系統の香りが危険な化学反応を示す。コーンで発注した場合、コーンにも麦こがし成分が入っている(気がする)のでお得。
来宮神社はご神木のパワースポットや鳥居の映えスポットでもあるが、真の力(-power)は麦こがしにより与えられる。あなたに麦こがしのご加護があらんことを─────。

16. さやわか文化賞2023[その他]

https://shirasu.io/t/someru/c/someru/p/20230802205243
ベストハンドレッドの創始者さやわかさんが、2023年新たに始められた文化賞。文章、音楽、映像、応募されたあらゆる文化的事案から大賞を決める。
いま日本で、いや世界で、コンテンツやメディアの種類を問わずすべてを等価に評価し文化を語る場所はほとんどない。さやわかさんはそうした場所を整備し、文化(と語り)全体の底上げを狙っている。応募者もその気合に応えるように、様々な、しかし確実に気合の入ったコンテンツをぶつけていく。つくる側・みる側・かたる側、三者が責任をもって本気で文化に向き合う。ベストハンドレッドの理念がまた別の形で体現されているコンテンツだった。

15. ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE[映画]

https://missionimpossible.jp/
ご長寿スパイアクションシリーズの最新作。題にPart1とある通り完結しない。
最終サーガなだけあり、これまでのキャラがほとんど大集合。ホークアイだけハブられてたけど、大人の事情か、はたまた次作への溜めか。
冒頭から結末まで、常に豪華なアクションが展開され続け、もう後半は胃もたれしてくる。ただそれでも見れてしまうのは流石。個人的な見所は服。とある女性キャラがひとりだけ異常にお色直しが多く、それが極めて似合ってるからまたすごい。次作も出演お待ちしております。

14. SONY SRS-XB100[家電]

https://www.sony.jp/active-speaker/products/SRS-XB100/
SONYのワイヤレススピーカー(\10,000)。これはすごい。技術の叡智。文明の利器。人類の到達点。
スマホやタブレットと接続し、bluetoothで音声を出力できる。すごいのはペアリング機能で、同型機を2台用意するとステレオスピーカーに早変わりする。接続も割と早いし、バッテリーも半日以上持つ。付属のストラップで任意の位置・高さに設置/固定できるので、部屋の好きな場所にステレオスピーカーを配置できる状態になる。
よくオーディオマニアが部屋に立体音響を再現してるが、その気分をちょっと味わえる。イヤホンに慣れていると、(自由に移動できる)ステレオスピーカーの音にビビるのでおすすめ。正直機能だけみれば既製品でもあるのだろうが、価格・性能・UI・デザインなどすべて素晴らしい。なお同時接続は2台が限界。

13. Headache『The Head Hurts but the Heart Knows the Truth』[音楽]

https://youtu.be/48oOR7jjYic?si=Q-SKwsK4WRYNy_9R
イギリスのプロデューサーVegynとスポークンワードアーティスFrancis Hornsby Clarkのコラボ企画Headacheの新作。Vegynの緩やかなブレイクビーツとスポークンワードの相性がいい。
愛や憎しみについて語る大量の詩の読み上げは、まさかのAIが担当。とにかくずっとなにかを語ってくるため最初はしんどい(=Headache!)。が、だんだん「…いい」に変わっていく。AIがふざけた詞を淡々と読み上げていくノリにハマると、もうやみつき。ジャケットも変なフリー画像みたいで悪趣味。趣味が良いという意味で。
こういう、バカにしてるのか楽しませようとしてるのかわからなくなるコンテンツをもっとください。
ところでリスニング力が低いからか、調べるまで全くAIに読ませているとは気付かなかった。AIすごい。でもEnglishな方々はけっこう「やはりAI…!!」な反応のようで、母言語話者が気付く違和感がうらやましい。

12. 川原伸晃『プランツケア』[人文書]

https://www.sunmark.co.jp/detail.php?csid=4064-7
植物を持続可能的に育てる方法を指南する人文書。栽培Tipsが本の大部分を占め、当然そちらも面白い。が、途中に複数挿入されているエッセイがすごく面白い。植物を育てること、植物と生きることについて、人文学の知見を借りて迫っていく。本作のような入門書以外でも、エッセイ集論考集もふつうに読みたい。
筆者は東京の三田で園芸店を開いているそうで、今年はそちらにも行きたい。

11. Kassa Overall『ANIMALS』[音楽]

https://kassaoverall.bandcamp.com/album/animals
アメリカのおもしろジャズ。ゆったりしたピアノとやさしいラップ、そしてWarp Recordsらしさしかないケレンみ溢れる展開が見所。というか聴きどころ。昔のMassive Attackぽい湿度高めで暗い曲もあったりと、アルバムを通してテンションの振れ幅が大きい。2023年新作ジャズでは間違いなく1番聴き応えがあった。
2023年秋には来日公演も開催し、同じくWarp所属の長谷川白紙がゲスト出演。日米バカテク人間が共演を果たした。

10. 中京テレビ『こどもディレクター』[テレビ番組]

https://www.ctv.co.jp/kodomod/
中京テレビ制作のバラエティ番組。街中でインタビューした相手にカメラを渡し、そのひと自身をディレクターにして家族へインタビューしに行ってもらうつくり。「自分を産んで後悔してないか」「あのとき再婚を考えていなかったか」など、けっこうヘビーな疑問を胸に、素人が自身の家族にインタビューする。家族だからこそ聞けない/いまさら怖くて聞けない話を、カメラによるインタビュー形式をとることで話しやすくなってもらう。アイデアの勝利。
こういう素人を利用したほっこりバラエティはテレ東が散々こすり倒していていい印象はなかったが、面白かった。20代の若者も、50代のおじさんも、みんな等しく誰かのこどもであり、それぞれがそれぞれの物語を生きている。当たり前だけれど、自分の親もまたひとのこどもなんだ、と気付かせてくれる。定期的にみたい。

9. ワイルドスピード ファイヤ―ブースト[映画]

https://www.wildspeed-official.jp/
食事とトイレ以外は車で解決する(冗談で書いたけど本気でそうなのでは…?)脳が筋肉系カーアクションシリーズ最新作。こちらも最終サーガの前編で、完結しない。おい。
ワイルドスピード版エンドゲーム。これまでのシリーズを総決算するかのような、セルフオマージュのお祭り。敵が基本的に愉快犯なので、「いや、お前そこはいくら何でも車で解決しねぇだろ」な事象も「ウへへ、車で暴れちゃうぞ~♪」が通用するのすごい。脚本があまりに豪快。あと死者・行方不明者があまりにも簡単に”蘇生”するせいで、ワイルドスピード時空の死の重さが軽くなってるのもすごい。逆チェンソーマン。すぐ蘇生する。
サブプロットである、主人公の弟(ジョン・シナ)が主人公の息子を連れて逃亡するパートもいい。ワイルドスピードの特徴のひとつ、“ファミリー”がまた拡張・再解釈されていたのも感心した。この辺は別の機会にちゃんと考える。
ミッションインポッシブルとの違いは、全力でカッコよくバカをやりきる姿勢。ためらいもスノビズムもない。最終作も豪快にはっちゃけてほしい。

8. JPEGMAFIA, Danny Brown『Scoring The Hues』[音楽]

https://youtu.be/75SP4CKdEEg?si=RouF5uw3yIvTVMpd
アメリカのラッパー、トラックメーカーJPEGMAFIAとラッパーDanny Brownによる新作。ほかの楽曲から音源の一部を借用して再構成する手法であるサンプリングで、これでもかと遊び倒したアルバム。坂本真綾とか北海道の地方CMとかがサンプリングされてる。どこから掘り当てたんだ。もちろんいたずらに遊ぶわけではなく、変則的なリズム展開とユーモラスなラップに裏打ちされている。
どう考えてもテクニカルな曲、であるはずなのになんとなくポップスとして聴ける。ただWarp Recordsのバカテク系とも毛色が違う。昨今のバカテク系は技術が先行して「はい、上手いんですね」と冷めてしまうところ、JPEGMAFIAは近所のスーパーに行くときにふときけちゃったりする。これはすごい。型破りを突き詰めた結果、王道に行き着いたというか、マイルールを徹底して推し進めた結果、プラトンと同じ意見になりました。みたいな迫力がある。とにかくポップ。それでいて実験的。いやらしくない。カッコイイ。

7. スパイダーマン:アクロスザスパイダーバース[映画]

https://www.spider-verse.jp/
アニメ版スパイダーマンの第2弾。マルチバースもの。
見所はとにかく映像表現。全編を通してコミック調の背景で描かれるのだが、つくりこみが尋常じゃない。各スパイダーマンのキャラクターに合わせて世界自体の”文体”が変わるのはもちろん、補足説明がマンガの吹き出し状のポップアップで適宜描写される。特段映像的に優れているわけでもないんだけど、実は見たことない演出で新鮮だった。しかしスパイダーマン様となると、「黒×赤スーツのスパイダーマンがいましてね、」の説明をほとんどすっ飛ばしても観客がついてくるのだから流石。
物語の大枠は王道マルチバースもの。そしてこちらも完結しない。前後編分けるならせめて題名で教えてください…。

6. ユン・ゴウン『夜間旅行者』[小説]

https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000015606/
ダークツーリズム(歴史の暗部をめぐる旅行)の担当者である主人公が、ひとつの事件を契機にさらなる闇へ足を踏み入れていく韓国のミステリ。かつ文芸。
韓国というと最近はSFや詩の話題が多く、ミステリに関しては中国に先手を取られている印象だったがとんでもないのがきた。あまり物語に触れない方がいい類の小説なので深入りはしない。2023年の海外文学は好調だった。

5. 赤野工作, 新見直『連載 ポケカバブルが抱える闇』ほか[web]

https://premium.kai-you.net/series/pokemoncard_darkside
有料ニュースサイトKAI-YOU Premiumにて掲載された連載。ポケモンカードバブルの裏でうごめく深い闇と実態に迫る。怖い。子供たちのカードゲームが悪い大人の投機資産になってしまった理由がわかる。事態は販売側がどうこうできる次元を優に超えており、カードショップ側のカルテル/相場操縦、景品表示法にスレスレの危険な二次販売、カードの希少性を利用した違法賭博、現金取引による脱税、半グレによる違法な資金洗浄スキーム、などなど、よりどりみどりな犯罪オンパレード状態が明らかになる。面白い読み物。
私のような「ポケモンカードって最近盛り上がってるんでしょ…?」くらいの認識の人間には特におすすめ。ビビる。あまりにも闇。
なお、連載のスピンオフとして『中国で”海賊版ポケモンカード”が異常進化』という記事も公開されている。こちらは純粋に腹を抱えて笑った。「パチモンのパチモン」「体力が8桁のカイリキー」「(数が大きすぎて)どちらが優勢かもはや判別できない」などなど、パワーワードが止まらない。

4. Sampha『Lahai』[音楽]

https://sampha.bandcamp.com/album/lahai
イギリスのシンガーソングライターSamphaの新作。圧倒的なまとまり。
前作までの特徴だったネオソウル系のピアノ+歌い上げシステムを、今作はいま流行りの2stepやジャングル式打ち込み音が下支えする。2010年代以降のネオソウルブームと、DTMっ子たちの打ち込みバカテクブーム、両者が交差して結実した傑作だ。
同時に、ひとつの雑音も許さない徹底した無菌空間で録音された、恐ろしい精度のアルバムでもある。2022年前後からApple MusicやSpotifyで本格的に開始した、高音質音源提供の波が当然関係している。よく音響機器の品質を表現する際に「クリアな音」といった文言が現れるが、本作はそうした意味で間違いなく至高の傑作だ。
一方、雑念の塊でも純粋に突き詰めた結果、大衆性を獲得してしまったケースもあった(>JPEGMAFIA)。彼らは2023年を象徴する2人だろう。

と、じゃあなぜSamphaのが順位が上なのかと、そう言われますと、自分の再生回数が多かったからです。マインドは圧倒的JPEGMAFIA派なので、どうかご勘弁。

3. PLUTO[アニメ]

https://pluto-anime.com/
浦沢直樹のマンガ『PLUTO』のNetflixアニメ。いやぁ、良かった。
Netflixアニメといえば、突如として日本語ラップが始まったり、機能してるとは思えない3Dアニメを量産したり、もう嫌な印象しかなかった。アニメ化決定!誰が?Netflix独占配信!解散!くらいのヘイトが溜まっていた。浦沢先生ごめんなさい。PLUTOだけは違うと、そう信じるべきでした。
原作の展開や描写を忠実に守りつつ、アニメで表現をブーストする所は丁寧に進化していた。なにより浦沢絵がありえない精度で動いている。ヤバい。
第1話で描かれるノース2号のくだりなど、音楽も非常に良かった。この辺りは信頼と実績の菅野祐悟印。『PSYCHO-PASS』以来の代表作じゃなかろうか。ジョジョのテーマで踊っている人類はいますぐPLUTO(とPSYCHO-PASS)のサントラを聴こう。

2. Ben Frost『Broken Spectre』[音楽]

https://benfrost.bandcamp.com/album/broken-spectre
2023年を象徴するようなアルバム。不気味なアンビエント/フィールドレコーディングもの。メロディは全く無い。森で録音したと思しき環境音をベースに、細かいフレーズを編集・再構成。ときおり不審な気配がちらつく。
本作は映像作家と共にアマゾンの密林を横断し、その破壊を記録するコンセプトのもと3年かけて制作されたそう。映像には違法伐採/採掘・河川の水銀汚染により、原住民や野生動物たちが極めて酷いダメージを負っている現状が写されている。気になった方は映像版も併せてどうぞ。
『Broken Spectre』が表明する危機感は、アンビエントが抱える暴力性に由来するのではないだろうか。元来、環境音楽として進化していったアンビエントは同時に、内部にとどまる態度=外部へ干渉しない態度をとる。わたしたちが日頃アンビエントとして享受している”やさしい”環境は、実際のところ無数のコストによって下支えされている。自宅で徹夜勉強が可能なのは、誰かが家に電力を供給しているからであり、そもそもyoutubeが情報を絶えず放送しているからだ。
Ben Frostはこれまで実験音楽を複数発表しており、中にはアンビエントやドローンも含まれる。アマゾンの自然環境(とその破壊)は、ASMR・ヒーリングミュージックとして大量に消費される環境音楽に、そのまま重なって見える。『Broken Spectre』は、アンビエント作家としてのせめてもの抵抗、あるいはジャンル全体への警鐘なのかもしれない。

1. エブリシングエブリウェアオールアットワンス[映画]

https://gaga.ne.jp/eeaao/
『スイスアーミーマン』の監督の最新作。中華系アメリカ移民マルチバースもの。
宇宙崩壊規模の巨大事象が、ひとつの家族に生まれた軋轢によって引き起こされる。大作のシリーズもの映画では恒例行事となりつつあるマルチバース展開だが、本作のマルチバースはだいぶ小規模だ。
【主人公とヒロインの小さな人間関係】と【世界存亡の危機】が、社会や国家など中間項なしに短絡するコンテンツを、批評家の東浩紀はセカイ系と呼んだ。だとすれば、本作はネオ-セカイ系とでも言うべき物語を展開する。主人公とヒロインの恋の代わりに、移民の家族の様々な感情のもつれが、世界滅亡に短絡するのだ。「あの日、こう言っていれば」「もし夢を諦めていなければ」、誰しもが抱く人生への疑いを前に、移民家族の歴史と想いが交錯していく。笑いながら泣ける、もしくは泣きながら笑える名作。ヴォネガットの小説が好きなひとは気に入る可能性が高い。
監督の過去作をみるとわかるが、どぎついユーモアを真顔でぶつけてくるタイプなので、苦手な向きもあると思う。



総評


全体を通して通底しているのは、アンビエント的なものへの安住とささやかな違和感だ。特に音楽のコンテンツで顕著だが、郷愁を誘う環境に対する心地よさを表現し、しかし裏腹にそうした安住へ抵抗を試みる傾向が見られた。(2022年の映画『メモリア』はそういう文脈で再解釈できるかもしれない。ラストシーンは、う~ん)
既に触れたように、近年はアンビエントのジャンルレスな拡散が加速している。Vaporwave、blank spaces、ナラティブゲーム、ノームコア。これらはすべてアンビエントの系譜に位置づけられるカルチャーだ。常に隔離環境にあり、世界から隔絶されていることが半ば是とされていた時代を通過し、各地で暴力が溢れた2023年。社会や国家、つまり外部からの呼びかけに応じる必要が日ごとに増した2023年に、ひとびとは意識かはたまた無意識下で、抗う姿勢を見せた。
ウェス・アンダーソン監督の最新作『アステロイド・シティ』は劇中劇が入れ子構造をとる。映画の終盤、自身が演じる役に疑問を抱いた主人公は、共演者とセリフを掛け合うことで考えを改め、再びフィクションを演じる世界へ戻っていく。物語は収束し、劇中劇において主人公たちが架空の町アステロイド・シティをあとにする後ろ姿で、映画は幕を閉じていく。最終シークエンスにおいて、こんなセリフがリフレインされる。─────「眠らなければ、起きることはできない」。架空の町を現実の空間にセットとして創り上げたウェス・アンダーソンの困惑が、ここに現れている。虚構に、郷愁の環境に包み込まれていれば心地いい。しかし、その夢は覚めるものでなくては、と。
https://music.apple.com/jp/album/a-bewildering-and-bedazzling-celestial-mystery/1696597988?i=1696598466


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