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老後に金がなくても楽しく暮らすために今から準備しておくべきこと


老後のためにコツコツ2000万円貯めていても、リストラされたり、転職に失敗したり、病気をしたりして、貯金がみるみる減っていき、ろくな貯金がないまま老後を迎えることになるかもしれない。


これに対し、「カネを使わずに人生を楽しむスキル」という資産は、たとえ不運が重なって生活保護で暮らすようになったとしても、がっつり残る。

「カネを使わずに人生を楽しむスキル」は、これ以上ないくらい、安全で確実な資産なのだ。

しかも、2000万円貯めるために毎月10万円貯金すると、毎月10万円生活費を削る必要があるので、現在の生活が貧しくなってしまう。
これに対し、「カネを使わずに人生を楽しむスキル」を蓄積するために毎月40時間を使ったとしても、現在の生活は貧しくなるどころか、逆に豊かになる。
なぜなら、「カネを使わずに人生を楽しむスキル」は、それを身につけるプロセス自体が、とても楽しいことだからだ。

あなたは、老後のためにお金を貯めることばかりを気にしすぎて、老後のために「カネを使わずに人生を楽しむスキル」を蓄積することが疎かになってはいないだろうか?


「カネを使わずに人生を楽しむスキル」の鉄板中の鉄板は、創作スキルである。

はっきり言ってしまうと、未経験者がいきなり創作をやっても、まず楽しめない

絵のスキルがない人が絵を描いても、ちっとも楽しくなれない。

作曲するスキルがない人が作曲しても、ちっとも楽しくなれない。

物語を書くスキルがない人が物語を書いても、ちっとも楽しくなれない。

創作活動が楽しいのは、どんどん素晴らしい創作アイデアが湧き出し、自分の作っている創作物が、とても素晴らしいと感じられるからだ。これほどのものを自分が生み出せたことに感激するからだ。
創作スキルのない人間は、すばらしい創作アイデアはなかなか湧いてこないし、作った創作物もしょぼいので、そんなしょぼいものしか作れない自分が嫌になり、創作しても、ちっとも楽しくなれない。

そして、それらの創作スキルを獲得するには、かなりのエネルギーが必要だ。

気力も体力も集中力もかなり減退してしまった老人が創作スキルを身につけようとしても、そうそう身につくものではない。
創作スキルは、気力・体力・集中力の充実した若いうちでないと、なかなか身につかないものなのだ。

創作スキルを身につけないまま老人になってしまうことほど、恐ろしいことはない。
何十年という老後を、創作の楽しみがないままに過ごさなければならなくなるからだ。

たとえば、小説を書かない人にはほとんど理解されないことだが、小説を書くことは、小説を読むより、はるかに面白い。

その小説を小説投稿サイトに投稿して、読者からコメントをもらうのも、ものすごく楽しい。
ほんとに書いてよかった、生きててよかった、と心の底から思う。

この桁外れの幸せを知らないままに人生を終えるのは、本当に、本当に、本当に、もったいない。


創作スキルというのは、単に創作し続ければ身につくというものではない。
創作し続けるだけで創作スキルが身につく人もいるが、それは、一部の天才だけだ。
ほとんどの人は天才ではないので、楽しめるようになるまでは、かなりの努力を要する。

たとえば、小説なら、自分が理想とする小説に近い小説をたくさん読み込んで、よく分析し、研究する必要がある。

また、物語がつまらなくなってしまう落とし穴をアンチパターンとしてまとめた失敗事例集などの本も出ているので、そういう本を読んで、自分が書いた小説を分析し、反省し、改良していく必要もある。
もちろん、キャラクターの作り方、ストーリーの作り方の本も、たくさん本が出ている。そういう本の中から、自分に合ったものを選んで研究するのも効果的だろう。
さらに、小説投稿サイトでの読者の反応を見て、小説の書き方を試行錯誤で改良していく必要もある。

これは、絵や音楽など、他の創作活動でも同じだろう。
そういう、膨大な忍耐力のいる作業の果に、ようやく身につくスキルなのだ。



「カネを使わずに人生を楽しむスキル」としては、「調査・研究」も、かなり鉄板である。
自分の気になっていることを、とことん調べるのは、本当に楽しい。文字通り寝食を忘れて没頭できる。

しかし、これも、十分なリサーチスキルがないと、たいして楽しめない。

たとえば、気になっていることを拘って調べていて、あるところより先に進もうとすると、論文を読むことは避けては通れないことが多い。

しかし、論文を読みこなすためには、最低限、論文でよく使われるデータ分析手法を理解しておかなければならなかったりする。
たとえば心理学や社会学では、因子分析、重回帰分析、共分散構造分析(構造方程式モデリング)などの分析手法がよく使われる。
数学リテラシーの低い人が、老後にそれらのデータ分析スキルを身につけようとするのは難しい。
若いうちなら、それらに必要な基礎的な数学の部分から勉強していくだけの気力・体力・集中力があるが、老人になってしまうと、もはやそれだけの気力・体力・集中力が残っていないからだ。

また、論文は、必ずしも日本語のものばかりとは限らない。日本語の論文を読んでいても、肝心の部分が「先行研究であるこの論文(英語)を読め」となっていることがよくある。
そうなると、英語の論文を読みこなせないと、先に進めなくなる。
英語がろくにできない人が、老後に英語の勉強をはじめて、英語の論文を読みこなせるようになるのは、あまり現実的ではない。
若いうちにしかない気力・体力・集中力を使って、英語の難解な文章を読みこなす力を、あらかじめ身につけておかないと、老後に英語の論文を読みこなすことはできないのだ。

こういうことを言うと、「英語の論文は有料のものがほとんどだから、結局、カネがないやつにはできない」と言う人もいるだろう。
また、「現役時代に英語だの数学だのスキルを身につけるには、やはりカネがかかるので、現役時代にカネのない低賃金労働者にとっては絵空事だ」とか「小説を書くには、その参考資料を買い集めるのにすごいお金がかかる」という人もいるかもしれない。
あるいは、「毎日12時間労働をしている年収250万円の非正規労働者は、仕事で疲れ切っていて、趣味などやってる気力がない」という反論もあるかもしれない。

たしかに、そういう人たちもいるだろうが、これは程度問題であって、一部の極端なケースを除き、大多数の人は、工夫次第でなんとかなる。
たとえば、英語の論文を買うカネがないのは、多くのプロの研究者の方々も同じだったりする。英語の論文の掲載紙の購読料が年々値上げされている上に、多くの研究機関では予算が絞られているので、年々、読める論文掲載紙が減ってきているのだ。
このため、情報格差が生まれるということで、アカデミックな世界で問題視されていて、無料で論文を読めるようにするオープンアクセス運動がいろいろとある。なので、論文の著者本人にメールでお願いすると、そのへんの事情を理解している著者は、論文の原稿を送ってくれることがよくある。また、論文掲載紙の出版社の規制が及ばない国の大学にいる研究者が、投稿した論文原稿に誰でも自由にアクセスできるサイトを立ち上げていて、論文を論文掲載紙に投稿したら、そこにも同時に論文原稿を投稿する流れがあったりする。
(あと、論文の著者の方と研究内容についてメールでディスカッションしていると、〇〇の論拠はこの論文、△△の根拠はこの論文と、いろいろな論文に言及されるのだが、それらの論文をいちいち買っていたらすぐに破産してしまうので、それらの英語論文のファイルを送ってくださることが、けっこうある。どうも、研究者の方たちは、研究者同士では、そういうことを日常的にやってるっぽい(関連論文をお互いに自由に読めないと、研究内容についてのまともなディスカッションができないので))

また、小説を書くための資料集めにお金がかかりすぎるのであれば、図書館で閲覧できる資料とネットで調べられる情報だけで書けるような小説を書けばいい。
英語や数学を基礎から勉強したければ、ネットに無料or格安の教材がたくさんある。
「毎日12時間労働しているために気力が残ってない」という人は、そもそも、そんなに働くべきではない。1日8時間働いてるのに健康で文化的な最低限度の生活を営める賃金すらもらえないのであれば、足りない分は、生活保護で生活費を補填してもらえばいい。1日8時間だけ働き、余暇で「健康で文化的」な生活を愉しめばいいのである。

また、「こんなの、創作やリサーチの才能にめぐまれたやつ限定の話だろ」と思う人もいるかもしれない。
たしかに、創作や研究でメシを食えるのは、才能のある人だけだ。
しかし、趣味としてやるレベルであれば、たいした才能はいらない。平均的な人でも、努力次第で、十分に創作や研究を楽しめるようにはなる。
また、程度問題でもあって、スキルの低い人は、低い人なりにスキルを伸ばすだけで、伸びた分だけ楽しめるようになる。


話をもとに戻す。

「カネを使わずに人生を楽しむスキル」の鉄板の3つめは、友達を作るスキルである。

友達といっしょにわいわいやるからこそ、人生楽しいのだ。

しかし、この能力は、生まれつきの才能や運に依存するところが、けっこう大きいのが難点だ。
生まれつき友達付き合いをするのが得意な人は、さしたる努力をせずに老後も楽しくやれるが、その才能がない人は、努力をしても、なかなか友達付き合いが上手くいかない。

ただし、これには、裏技がある。
それは、創作スキルやリサーチスキルを磨けば、ネット上での交友を広げるのがぐっと楽になるということだ。
どっかの本の受け売りのようなことばかりをネットでつぶやく人は退屈なので、人が寄ってこない。だから、いつまでたっても孤独だ。
これに対し、あまり知られてない、面白い話のネタをたくさん持っている人は、ネットで交友関係が広がりやすい。
そして、創作スキルやリサーチスキルの高い人は、アンテナが高く、そういう面白い話のネタをたくさん掘り出しやすい。
最新の論文には、まだ世の中に知られてない、意外な事実が書かれていることがけっこうある。だから、普段から趣味で論文を読みこなしているような人の話は面白く、人気者になりやすいのだ。
また、創作する人は、すでにどっかで誰かが創作したようなものじゃなく、自分のオリジナルのものを創作しようとしているので、着眼点が面白くなりがちで、やはり、人が寄ってきやすくなる。

結局、創作&リサーチという2大スキルを身に着けておけば、3つめの友達作りスキルも、おまけでついてくるのだ。

こう書くと、「創作にも調査・研究にも友達付き合いにも興味のない人はどうするんだ?」と思う人もいるだろうが、そういう人は、さらに別の楽しみ方を見つければいい。
次に、それらについて述べる。


「カネを使わずに人生を楽しむスキル」の鉄板の4つ目は、料理スキルである。
ただし、贅沢な食材を使った料理スキルを身に着けても、老後には役に立たないリスクがある。
老後は運悪く素寒貧になり、生活保護で暮らしているリスクもあるからだ。

そこで、カネをかけずに旨い料理を作るスキルを磨いておく。

「いくら料理の腕を磨いても、安い食材しか買えないので、美味しいものは作れない」と言う人がいるが、そんなことはぜんぜんない。
高級料亭や高級レストランで出される極上の料理ともなると高級食材は欠かせないが、自宅でサクッと作る普段の食事の場合、むしろ、食材のレベルより、料理の腕の方が、味に対する影響度がはるかに大きい。

たとえば、スーパーの一袋87円の青菜の炒め物でも、下手くそな人は、クタクタになるまで炒めてしまって、味も食感も風味も台無しにした挙げ句、油ギトギト、化学調味料入れすぎ、もしくは、逆に味がろくにないという、人間の食べ物とは認めたくないものになったりするが、上手い人だと、刻みニンニクが効いていて、シャッキシャキの歯ごたえの、ジューシーで風味抜群の料理になったりする。というか、僕が自分で作る青菜のニンニク炒めは、近所のファミレスで出されるものよりずっと旨い、と、自分では思ってる。(私の同居人は、これに同意してくれないのだが)

こういう自炊スキルは、地道に料理の本を読んでは、日々の試行錯誤を繰り返ししながら、長い時間をかけて培っていくものだ。
料理スキルをろくに磨かないままカネのない老後を迎えると、自分で作ったものはクソまずいし、外食するカネは無いしで、閉店間際のスーパーの売れ残り惣菜や、カップ麺ばかりという悲惨な食生活を送ることになる。



「カネを使わずに人生を楽しむスキル」の鉄板の5つ目は、歯ごたえのある本を読む読書スキルである。
フィクションにしろ、ノンフィクションにしろ、「すごく面白い本」には、それなりの基礎知識がないと、十分に楽しめないものが多い。
たとえば「ガリア戦記」は、非常に平易に面白く書かれていて、紀元前に書かれた書物とは思えないほど、当時の知識のない現代人が読んでも面白いし、臨場感があってワクワクする。

しかし、当時の政治情勢からくる政治的駆け引き、プロパガンダ、テクノロジー、奴隷制度、戦闘技術、兵器、農業、土木建築、言語、宗教、社会制度、法律、文化等に関する知識があると、カエサルの記述の行間から読みとれる彼の戦略・戦術・政治・駆け引きの巧妙さに舌を巻いてニヤリとしたり、カエサルに付き従う将官や兵卒たちの思惑や利害が垣間見えたり、ガリア部族側の利害対立などから彼らの事情がありありと想像できて、読み取れる情報量は爆発的に多くなるし、面白さも味わい深さも桁違いに跳ね上がる。

ましてや、それよりもさらに歯ごたえがある本となると、基礎知識のない人は、そもそも、本を読むこと自体ができなくなる。というか、それ以前に、出てくる語彙の意味がわからないので、辞書を引きまくりながらじゃないと読めない。若いうちなら、忍耐強く辞書を引きまくって読んでいるうちに、語彙も増え、基礎知識も分厚くなっていくだろうが、老人になってから、それをゼロから始めようとしても、気力も集中力も続かず、挫折してしまうだろう。

本を買うお金がない?
だったら図書館を使おう。
というか、貧乏でなくても、図書館を使うほうが現実的だ。
とくに大型本に関しては、場所を取るし、お金もかかるしで、かなりのマニアかガチの研究者でもない限り、自宅に買い揃えるのは、あまり現実的ではない。
たとえば、私は地球科学者の方に勧められて、日本地質学会が編集した「関東地方」という本を買った。これは一冊2万6千円もした。サイズもやたら大きくて、本棚二段抜きのスペースに格納してある。
また、父に勧められて関根秀雄訳のモンテーニュの随想録も買った。これは一冊1万2千円した。今測ったら、厚さが7.5cmもある。iPhone7の横幅よりも分厚い。人を殺せるサイズだ。

(三浦建太郎 『ベルセルク』 17巻229頁より)

こんなものをホイホイ買っていたら、あっというまに部屋は本で埋め尽くされてしまい、次に大地震が起きたときに、本に押しつぶされて死んで、おっさんなのに「本好きの下剋上」みたいな異世界転生をしかねない。

図書館なら、こういうデカくて高い本でも、大富豪の邸宅以上に充実した品揃えをしてある。
カネがないけど本をガンガン読みたい人は、老後は、大きな図書館の近くに安アパートを借りて住むのもアリだろう。


結局のところ、遊びを楽しむには、カネよりもむしろ「遊びを楽しむスキル」の方がキモだということだ。
老後の楽しみとして旅行を挙げ、「老後にお金がないと、旅行にもいけない」と嘆く人がよくいるが、旅行という、お金さえ出せば誰でも簡単にできちゃう消費活動に、自分の人生の幸せを委ねるというのは、お金に依存しすぎている、というか、それを超えて、もはやお金中毒になってしまっているのではないだろうか。(※旅行が悪いと言っているのではない)
旅行に行きたいなら、何年もかけて地球科学と歴史の基礎体力をがっつり蓄積した上で、自宅から電車で往復2000円で行ける範囲の地理と歴史を自分で調べてセルフブラタモリするだけでも、はるかに面白い旅行になるし、何ヶ月どころか、何年も楽しめるし、飽きない。
(ちなみに、私の場合は、実家付近の土地の成り立ちについて調べた地球科学者たちの書いた論文や調査レポートを読みながら(頼めばメールで送ってくれる)、疑問を整理し、仮説を立て、彼らに電話やメールで教えを請いながら、やたら大判で分厚い専門書と格闘し、実家の周囲の土地の100万年の歴史を調べ続けている。
実家の周囲の地形の意外な成り立ちや謎が次々と発掘され続けており、驚きの連続である(実家の庭を掘ると、赤土だの軽石だの色とりどりの面白い地層がどんどん出てきて、調べたら、はるか遠くの意外な山の噴火で飛んできたものだったり、付近の川の玉石のサイズから、その石を運ぶ物理エネルギーが意外に大きいことに気が付き、「あれ?ここは平地のはずなのに、なんでこんなサイズの石がここにあるんだ?」となって、地形図アプリで土地全体の傾斜を調べ始めたり、地質学者たちのボーリング調査の結果から数十万年前は今実家がある台地の場所にはデカい河が流れていたことが判明したり)。
実家付近の地方豪族の歴史や、戦国時代の土の城の遺跡、当時の兵器・武器、社会階層、一般的な命令指揮系統なども調べ、その籠城戦術、攻城戦術、兵站、政治ゲームをシミュレーションするのも、ものすごく面白い(紀元前のローマで当たり前に使われていたバリスタやスコルピオなどの大型投射兵器に相当するものは使われていたのか? 屋根付き破城槌や、攻城塔や、当時ヨーロッパでは既に使われていたトレビュシェットなどの攻城兵器は使われていたのか? それらが使われていなかったとすれば、なぜなのか? なんで重装弓騎兵などという奇妙な形態の兵が日本では活躍したのか? それらは、地形や気候のせいなのか? それとも当時の武具や戦術のせいなのか?)。
去年、それらの研究成果を父にプレゼンしたら、しきりに面白がっていた(母はあまり興味なさそうだった))

よく、「最近、面白いテレビ・映画・マンガ・アニメ・ゲームがない」「なんか楽しいことないかな」などと言って、つまらなさそうにしている人は、このことを理解していないことが多い。
「楽しいことがない」のではない。「楽しむスキルがない」のだ。


しかも、「遊びを楽しむスキル」は、金儲けのために身につけたわけではないのに、結果として金を稼ぐのに役に立つことも多い。
たとえば、絵が描ければ訴求力のあるプレゼン資料が作れるし、魅力的なキャラクターやストーリーを作るスキルがあれば、それを駆使して魅力あふれる社内文章を書いてチームメンバーにビジョンや方針を理解してもらうこともできるし、顧客に訴求することもできる。
また、論文に使われているデータ分析手法を理解するには統計や線形代数の知識が必要で、それらがわかっていれば、会社の業務に必要なデータ分析や機械学習も理解は容易なので、業務の生産性も上がるだろう。

論文を読むスキルがあれば、プレゼン資料での主張の根拠に、論文を引っ張ってくることで、説得力を高めることもできる。
もちろん、英語の論文を読みこなせるくらいの英語力があれば、最新の技術やビジネスの情報を、海外のブログや、まだ翻訳されていない洋書からいち早く取り入れて、仕事に活かせるのは、言うまでもない。

「遊びを楽しむスキル」は、来世(老後)だけでなく、現世(現役時代)にもちゃんとご利益があるのである。


ただし、これらのスキルは、あくまでも、健康が前提になっている。
たとえば、目がやられたら、いくらスキルがあっても、創作も、リサーチも、読書も、できなくなってしまう。

そうならないよう、外に出かけるときは、必ず紫外線カットメガネをかけるようにし、定期的に眼科検診を受けるのは必須だ。
もちろん、毎日の適切な運動・睡眠・食事が重要なのは、言うまでもない。


たとえ何千万円貯めようが、仕事のしすぎで健康を害してしまったのでは、老後を楽しむどころではないのである。


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※この文章は、面白文章力クラブのみなさんにレビューしていただいて、できあがりました。


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ふろむだ@分裂勘違い君劇場

複数の企業を創業。そのうち一社は上場。作家。 分裂勘違い君劇場の中の人。 https://www.furomuda.com/

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