フェアな市場価格(低賃金)で労働者を働かせて大儲けしてる経営者はフェアじゃないのか?


非正規労働者を大量に使って利益を出して、株価を上げて、
何十億円もの収入を得て、豪遊している経営者がいる。

今、その経営者を支持する人と、非難する人で、意見が割れている。

あなたは、どちらを支持しますか?


時給千円分の価値の労働しかしない労働者に、
経営者が時給千円しか払わないのは、当たり前だ。

会社がどんなに儲けていようと、
経営者に何十億円の年収があろうと、
そんなことは関係ない。

誰でもできる仕事なんて、時給千円の値段しかつかなくて当然。

低賃金が嫌なら、努力して、経営者が高く買いたくなるような人材になればいいのである。

それが、市場原理主義者たちの考える、
「フェア(公正)な取引」というものだ。


ところが、人間の脳は、必ずしも「市場原理主義的なフェア」をフェアだと感じないということが、
心理学の研究でわかっている。

たとえば、大雪が降った翌朝、

金物屋が雪かき用のシャベルの販売価格を大きく引き上げたとする。

市場原理主義的には、これは全くフェア(公正)な取引である。
需要が供給を大きく上回ったのだから、値段は上がって当然なのだ。

ところが、調査の結果、
実に、82%もの人が、
この金物屋を「不公正」または「きわめて不公正」だと考えたことがわかった。

これは、認知心理学における「参照点」の問題だ。

人々の心の中では、普段の価格が「参照点」なのである。
客の足元を見て、その参照点よりも高い価格で売りつけるということは、「損失」を客に押し付けることになる。
したがって、客は、その店主を邪悪だと感じるのである。

しかも、人間には「損失回避傾向」という認知バイアスがあるため、利得よりも損失の方をはるかに重要視する。
それによって、この店主は、ますます邪悪だとみなされてしまうわけである。

相手が報復できる立場にいる場合、このような「不公正」な振る舞いは、非常に危険である。
直接損失を被っていない人間でも、この手の不公正を目にすると、報復に参加することが実験で確かめられているからだ。
また、神経経済学の研究では、こういう「利他的な報復」に参加した人間の脳をスキャンすると、快楽中枢が活性化していることがわかっている。

市場原理につけこんで、客に損失をもたらし、利益を得るような人間は、いつか、何かのきっかけがあると、まったく無関係な人間までわらわらと集まってきて、大喜びで退治されてしまうのである。
人類がこの惑星の支配者になる前、過酷な大自然を生き抜くためには、この悪者退治本能によって、群れを維持する必要があったのだ。
というか、その本能があった人間集団だけが子孫を残して、現代の人類になったのだ。

そして、この悪者退治本能は、インターネットというテクノロジーにより、桁外れの威力にブーストされる。
悪者退治本能に駆動された人々は、情報テクノロジーを使って、寄ってたかって情熱的に悪者を特定する。
また、悪者退治本能に駆動された人たちは、またたくまにその情報を膨大な数の人間に拡散する。
それがさらに多くの無関係の人を引き寄せ、とんでもないスケールで袋叩きが行われることになる。
何百万年もの昔に人類の遺伝子に刻み込まれたこの悪者退治本能は、現代のテクノロジーによって、人類の誰も想像できなかったほどの異形の怪物に膨れ上がったのである。

こうしてみると、その場所で長く商売をするつもりなら、大雪が降っても、便乗値上げはしないほうが得策だということが、よくわかるだろう。

賢い商売人は、これを本能的に理解している。
だから、東日本大震災のときも、
私の近所のスーパーでは品不足で棚の多くがすっからかんになっていたにもかかわらず、
ほとんど値上げをしなかった。
「市場原理的には値上げをするのが正しい」と言って値上げしたのは、
長く商売するつもりのない人間か、
先の読めない一部のバカだけだった。

転売ヤーが嫌われるのも、これが原因だ。

人々の心の中では、定価が参照点になっている。

チケットを定価で仕入れて、定価よりも高い価格で売る転売ヤーは、
参照点よりも高い価格で売るので、客に損失を押し付けていると、人々に認識される。

これにより、人々は、本能的に、転売ヤーを邪悪だと感じるのだ。
これは、実際に転売ヤーが社会的に有益かどうかとは、まったく別の次元の話だ。
だから、賢い人間は、たとえ転売をやっていても、自分が転売ヤーであることを公言しなかったりする。
公言すると、本能的に悪者とみなされ、次に何か失策をした時に、無関係な人間までうじゃうじゃ集まってきて、袋叩きにされるリスクがあることを、よく知っているからだ。

実は、非正規労働者が問題だとされるのも、この「参照点」と「損失回避傾向」が原因の一つだ。

日本人の多くにとって、「正社員待遇」が参照点になっている。

このため、「非正規社員は、不当に安い賃金しか支払われていない」と多くの人は、感じるのだ。

つまり、「市場価格」と「参照点」が乖離しているのだ。
市場価格的には時給1000円でも、参照点は2000円とかなので、非正規労働者は不当に低い賃金で使われている、と認識されるというわけである。


【この枠の中の文章は、専門知識のない方は読み飛ばしてください】
実際には、情報の非対称性、賃金の上方硬直性、各種認知バイアス、労働力市場の特殊性、企業の不法行為の横行などによって、古典派経済学が想定するようには価格メカニズムが機能していないため、市場自体がフェアではなく、低賃金労働者に適正な賃金が支払われていないことも多い。しかし、その話をしだすと、本題からズレるため、ここでは割愛する。割愛しても論が成立するのは、たとえ価格メカニズムが完全に機能していたとしても、低賃金労働者の多くは、依然として低賃金労働者のままだからだ。


市場価格と参照点が乖離しているとき、ネットでは、多くの人が、えらく情熱的にポジショントークをはじめるのが興味深い。

声高に何かを言っている人は、だいたい次の3つのタイプのいずれかだ。

(1)高給取り:市場価格で賃金をもらうと得をする人間。
(2)経営者:市場価格で賃金を払うと得をする人間。
(3)低賃金労働者:市場価格で賃金をもらうと損をする人間。

このうち、(1)は高給取りのサラリーマンやフリーランス、及び、将来的にそうなる可能性のある若者だ。

彼らは市場価格が高いので、市場価格で賃金をもらったほうが得なのだ。
低賃金労働者が市場価格以上の賃金を受け取ると、彼らの取り分が減り、彼らの賃金が下がることを、彼らは知っているのだ。
だから、そういう人間は、給与は、市場価格で決まるべきだと主張する。
すなわち、市場価格こそが参照点であるべきだと主張する。

本来、市場原理にフェアもクソもない。市場原理は、価値判断とは無縁の概念装置でしかないからだ。にもかかわらず、彼らは市場原理にかなっているかどうかで、フェアかどうかを判定する。なぜなら、その方が彼らは得だからである。

また、(2)は、起業家、経営者、資本家、及び、将来的にそうなる可能性のある若者だ。

彼らは、労働者に労働運動なんぞされて、市場価格以上の賃金を払ったりしたら損をするので、市場価格こそがフェアだと主張する。

そして、(3)は、非正規労働者などの低賃金労働者と、その支援者だ。

彼らは、市場価格通りの賃金だと、貧困に陥るので、市場価格で支払われた賃金はフェアではないと主張する。

このように、高給取り・経営者は、市場価格こそがフェアだと主張するが、
どんなにもっともらしい理屈を持ち出したところで、低賃金労働者やその支援者が、参照点を市場価格にまで引き下げることはありえない。

単純に、引き下げると損をするからだ。

確かに、みなが市場価格で取引すれば、いいことがたくさんある。
たとえば、被災地で不足した物資が値上がりすれば、「近隣都市から物資を運び込んで、被災地で高値で売って儲けようとする人」がうじゃうじゃでてくるから、スピーディーに品不足が解消される。
それによって、多くの人の命が助かる。
ただし、貧乏人は、高騰した物資が買えないので、死ぬことになる。
市場原理は、貧乏人を犠牲にすることで、社会全体を豊かにするのだ。

市場価格でしか労働者に賃金を支払わないとなれば、
労働者は一生懸命勉強し、スキルアップして、自分の市場価値を上げることで、
賃金を上げるしかなくなる。
そうなると、社会全体のスキルのある労働者の数が増えて、社会全体が豊かになる。
ただし、生まれつき気力や才能に乏しく、努力してもたいしてスキルの上がらない労働者は、貧困から這い上がれなくなる。
市場原理は、気力や才能に乏しい人間を犠牲にすることで、社会全体を豊かにするのである。

しかし、市場原理がどんなに社会全体を豊かにしようとも、
そんな理屈で、貧乏人や、才能に乏しい人間が説得されるわけがない。

人間は、説得されると損をするとき、絶対に説得されない。
どんなに論理的に正しいことを言われても、説得されない。
これをわかっていない人が、「自分は正しいことを言っているのに、彼らは理解しようとしない。彼らは論理のわからないバカだ」などとのたまうのである。バカはお前だ。

「お前は損をするが、社会全体が豊かになるのだから、市場原理を受け入れろ」
と言われて、説得されるわけがないのである。

説得に必要なのは、正論ではなく、利害調整である。
相手とwin-winになるように利害調整をすることによって、はじめて説得が可能になる。
相手がwin-loseを受け入れるべき理屈を並べ立てれば相手を説得できると考えるのは、お花畑としか言いようがない。

そして、どうやってもwin-loseにしかならないとき、もはや、話し合いの余地はなくなる。
残されたのは、「どちらの主張が、より多くの賛同者を集められるか」という政治闘争だけである。

今後、低賃金労働者の数は、ますます増えていく。
そうなると、「市場価格がフェアな賃金だ」とされると、損をする人の数が増えていく。
したがって、時間が経てば経つほど、「市場価格がフェアな賃金だ」とする側の陣営は、劣勢に追い込まれることになる。

ところが、twitterのメディア特性により、「市場価格がフェアな賃金だ」と主張するインフルエンサーは、マクロ的に劣勢に追い込まれれば追い込まれるほど、フォロワーを増やすことになる。
「市場価格で決まる賃金こそがフェアな賃金だ。時給千円の働きしかできない人が時給千円しかもらえないのは当然だ」とネットに書き込むたびに、ますます非難されるようになれば、ますます、その意見を肯定してくれるコミュニティの中に逃げ込みたくなる人が増えるからだ。
コミュニティの外側の敵が強大になればなるほど、コミュニティの結束が強くなっていくのは、何千年も前から、なにも変わりはしない。
こうして、一種の市場原理主義カルトが出来上がっていく。

「市場価格で決まる賃金こそがフェアな賃金だ」と主張する人には、高給取り・経営者か、将来的に高給取り・経営者になる可能性のある有能な若者が多い。
そういう人間だけで集まって相互に取引を行って、経済圏を作ることで、彼らはますます豊かになることができる。
こうして、ますます格差は開き、市場原理主義者の政治的な立場は、ますます悪くなっていく。
このままいけば、社会の不公平感はますます膨らみ、いずれ破局を迎えるだろう。

タイトルに戻ろう。
結局、「フェアな市場価格」で非正規労働者を働かせて大儲けしてる経営者は、フェアなのか?

市場原理空間においてはフェアであるが、
感情空間においては邪悪である。

現実社会においては、何がフェアかは、論理ではなく、利害と感情で決まることがほとんどだ。

多数の低賃金労働者を雇って利益を出し、
株価を上げ、大金を得ている経営者や資本家は、
人々の感情空間においては、
「市場原理につけこんで、低賃金労働者に損を押し付ける、邪悪な存在」と、
認識されている。

そうなると、何かのきっかけで、報復の口実を与えると、
まったく無関係な人間まで集まってきて、
大喜びで報復されることになる。
しかも、その威力は、インターネットによって、ものすごいブーストをかけられる。
その集団報復の現場を見た人々の多くは、同情するどころか、その日のご飯を、とても美味しく感じることだろう。

こうなると、哲学や倫理学のロジックを持ち出してきて、「そもそも正義とは…」なとという理屈をこねたところで、さして役に立たない。
実質的に世の中の流れを作っているのは、正義ではなく、正義感情だからだ。

低賃金労働者を使って利益を上げている会社の経営者の多くは、
これを本能的に知っているので、
あまり目立たないようにしているというわけだ。


実は、この利害闘争の落とし所は、はじめから決まっている。
誰が、どんなポジショントークを繰り広げ、どんな利害闘争をやり、どんな紆余曲折を経ようと、最終的には、同じ結論にしかいきつかない。

もちろん、労働運動などによって、賃上げ闘争をして、労働者の待遇改善を図っていくのもありだろう。
しかし、労働運動だけでは、時給千円の非正規社員全員を、年収300万円の正社員にするのは、現実的ではない。
競合他社が時給千円のままなのに、自社だけ年収300万円支払ったら、企業が競争に負けてしまうからだ。

だからといって、法律で非正規社員を禁止し、最低賃金を大幅に引き上げるのも、現実的ではない。
それによって正社員の数は増えるが、膨大な数の貧困層が失業し、彼らの生活は、今よりももっと酷い状態になる。
法律によって市場価格を操作しようとするとどうなるかは、ジンバブエが身をもって示してくれたとおりだ。

しかし、「だから低賃金なのは仕方ないのだ」と言ったところで、低賃金労働者が「はい、そうですか」と貧困を受け入れるわけがない。

そう考えると、結局は、低賃金労働者の給与が足りない分は、国家が補填するしかないのである。
たとえば、negative income tax、負の所得税のようにだ。
イメージ的には、年収200万円しかない労働者に、国家が50万円とか100万円とかを支払うわけだ。
また、貧困者が失業したら、次の就職先が見つかるまで、手厚い失業保険を、長く給付するようにする。
ベーシックインカムではないが、誰もが、明日の不安なく生きられるようにするのだ。

その原資は、富裕層への課税強化しかないだろう。
タックスヘイブンに限らず、富裕層のさまざまな節税の抜け穴をとことん潰していく。
富裕層の実質税率を下げている譲渡益課税や配当課税などの分離課税を総合課税化するか、それが無理なら、せめて分離課税の税率を累進化する。
それで富裕層が逃げ出すというなら、この惑星上のどこにも逃げ場がなくなるように、富裕税強化のための国際協調体制の確立に全力で取り組む。
世界中で手を取り合って、タックスヘイブン国を人類の敵認定して、あらゆる手段で潰していく。
一部の独裁国家がそれに従わないなら、世界中で経済制裁を課す。
戦争によって領土拡張したり、核兵器を新たに保有したりすると、世界中から制裁されるが、タックスヘイブンも、それと同じように制裁する必要があるのだ。
また、タックスヘイブンを利用して節税した富裕層を特定し、名前を公表するぐらいはやってもいいかもしれない。
もちろん、相続税などのさらなる引き上げもやれる限りやっていく。
こうして、あらゆる知恵を絞って、富裕層の富を、国が吸い上げて貧困層に再配分する。
できない理由を並べ立てるのではなく、できる方法を、偏執狂的なしつこさで、粘り強く見つけ出していく。

結局、富裕層増税だけが、唯一、市場の効率性と社会の豊かさを保ったまま、低賃金労働者の貧困を解決する現実的な方法なのである。

欧米の大富豪の中に、富裕税を主張している人がけっこういるのは、こういう理由からなのだ。
そういう大富豪は、聡明なリアリストだ。それによって、彼らは、人々に憎悪されて袋叩きにされるどころか、むしろ、尊敬されているからだ。
それによって、彼らの好感度は上がり、感情ヒューリスティック という認知バイアスによって、彼らも、彼らの会社も、彼らの商品も、実際以上に価値が高いとみなされ、商売もうまくいくからだ。

日本の大富豪たちも、彼らを見習ってみてはいかがだろうか?


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