「インプットもアウトプットも多いのにつまらない人」と「インプットが増えるほど面白くなっていく人」の違い


やたらとインプットとアウトプットをたくさんやっているのに、なんだか、言っていることが表面的で、ちっとも面白くない人がいる。

そういう人はたいてい、「アウトプット」はやってるけど「活用」を疎かにしている。

たとえば、「良い文章の書き方」の本を読んだら、そういう人は、単に「良い記事の書き方」のまとめ記事を書く。そして、それを「アウトプット」と言っている。

しかし、これでは、知識は血肉にならない。
血肉になっていない知識は、畳の上で練習した水泳のようなもので、いくらやっても泳げるようにはならない。

インプットした知識を血肉にするには、インプットした「良い文章の書き方」のテクニックを使って、自分のオリジナルの文章を書く必要がある。

つまり、インプットした知識をそのまま出力するだけではダメで、その知識を使って、具体的な何かをしないと、血肉にならないのだ。

アウトプット <<<|越えられない壁|<<< 活用

なのである。




■血肉の質

更に言うと、「血肉の質」も問題となる。
単に「活用」するだけでは、質の良い血肉にならない。

なぜかというと、
第一に、インプットした知識を間違って理解し、間違った活用をしている場合が多いからだ。
第二に、正しく理解している場合でも、理解が浅く、技量が低いからだ。

では、血肉の質を高めるには、どうしたらいいのだろうか?

まず、フィードバックが必要だ。

自分が間違った理解&活用をしていても、自分だけでは、なかなか気づけない
だから、インプットした知識を使って作ったものを他人に評価してもらい、他人からフィードバックを受ける必要があるのだ。



■フィードバックの質

このとき問題となるのは、フィードバックの質だ。
フィードバックの質が低いと、血肉の質はたいして改善されない。

では、フィードバックの質を上げるには、どうしたらいいのだろうか?

文章技術の例で行くと、単純にインプットを活用して書いた文章をネットで公開するだけでは、フィードバックの質は低いことが多い。

それは、次の2つの理由による:

(A)質の高いレビュアーがレビューしてくれない。
(B)レビュアーが質の高いレビューをしない。

これらの問題を解決するには、次の2つが必要だ。

第一に、質の高いレビュアーと仲良くなる。
第二に、質の高いレビューをしてもらえるような関係性を築く。




■フィードバックの取り込み

さらに言うと、質の高いレビュアーに質の高いレビューをしてもらうだけでは、血肉の質は十分に高くならない。

文章技術の例で行くと、レビュアーから受けたフィードバックを即座に取り込んで、実際に文章を改善するところまでやってはじめて、血肉の質が大きく改善する。



■質の高いレビューをしてもらえる「場」に行く

もちろん、現実的には、「そもそも質の高いレビュアーにどうやって出会うんだよ?」というのが一番難しいところだ。

一番手っ取り早い方法は、就職先や転職先を選ぶときに、質の高いレビューをたくさんしてもらえそうな会社や部署を選ぶことだ。
ただ、この方法だと、仕事と直接関係ないもののレビューをしてもらうのは難しい。
その場合、レビュアーをネットで探すことになるわけだが、SNSでレビューしてくれそうな人を一人ひとり口説いて仲良くなろうとするのは、なかなか手間も時間もかかり、効率が悪い。
なので、オンラインであれ、オフラインであれ、たくさんの質の高いレビュアーと一度に仲良くなれそうなコミュニティに参加してしまうのが、現実的だろう。私はそうしている。



■自問自答

ただ、実は、レビュアーからフィードバックを得られたとしても、まだ血肉の質は、十分に上がらない。
なぜかというと、どんなに優れたレビュアーでも、所詮は他人だから、人間関係を害するほど踏み込んだフィードバックはなかなかしてくれないからである。
また、レビューに大きな時間を割いてもらうのも、現実的には困難だ。

そこで、レビュアーによるレビューと「自問自答」を併用するようにする。
自問自答なら、他人では到底口に出せないような容赦のない質問を、執拗に重ねることで、とことんまで深掘りし、問題の本質をえぐり出すことができるからだ。



■思考が堂々巡りしない自問自答

この時重要なのは、単に頭の中で自問自答しているだけでは、自問自答の質は低いということだ。
脳のワーキングメモリーの制約のせいで、十分に深掘りして自問自答できない上、同じことを何度も考えたりして、思考が頭の中で堂々巡りしてしまうからだ。

これを避けるためには、テキストに書き出しながら自問自答するようにする。

さらに言うと、単にテキストに書き出すだけでも十分ではない。
自分の考えに対する懐疑、それに対する懐疑、さらにそれに対する懐疑、と懐疑やツッコミや自問自答をツリー状に構造化して書き出しながらやった方が、ずっと自問自答の質が高くなる。
(効果的な自問自答のやり方については、もし要望が多ければ、別途記事もしくは書籍として書きます)

ここまでやってはじめて、インプットした知識は自分の血肉になる。
そして、インプットした知識を血肉にすることで、人間は成長していく。



■空論君と実論君

以下、インプットした知識が血肉にならないタイプの人のことを「空論くん」、ちゃんと血肉になるタイプの人を「実論くん」と呼ぶことにする。



■読書方法の違い

本の種類によって読書方法は異なるが、とくに実用書を読む時、空論くんと実論くんでは、読み方の違いが大きくなる。

どちらのタイプも、1回目に読む時は、「そもそもその本を読む価値があるのか?」を確かめるために、ざっと速読する。そこで読む価値なしと判断した場合、どちらのタイプも、その本はそれ以上読まない。
ここまでは、どちらも同じだ。

違いが出るのは、「ちゃんと読む価値あり」と判断した場合に行う、2回めの読書だ。

空論くんは、その本を読み終えることを目標にして読む。そして、読んだ後、その本のサマリーを記事にアウトプットして終わりだ。

これに対し、実論くんは、その本に書かれていることをいちいち自分で試したり、分析・考察・検証したり、それについて誰かと議論したりしながら読む。また、本に書かれた方法を使って、自分が今書いている文章、プログラム、設計書、手順書、指示書、企画書、作業計画書、ToDoリスト、スケジュール、事業計画書、営業提案書、業務フロードキュメント等を改良しながら読む。そして、自問自答してそれらをさらに改良したり、誰かにレビューしてもらったりする。
このため、1冊の本を読むのに、けっこうな時間がかかる。

この違いにより、実論くんと空論くんでは、以下のように、「読書時間」の内訳が異なる。

実論くんは、「インプット、活用、フィードバック、自問自答」の4要素のバランスが取れているのに対し、空論くんはインプットとアウトプットばかりに偏っていて、とてもバランスが悪い。

空論くんの話を聞いていると、「あれも読んだ」「これも読んだ」と、かなりの読書家のように聞こえるが、実際には、実論くんに比べると、むしろ、トータルの「読書時間」は短いのである。



■まとめ

実論くんと空論くんでは、「知識獲得」→「知識」→「話の内容」の3つの側面が異なる。
実論くんは、この3つが、以下のようになってる。

一方、空論くんは、以下のようになっている。

表に整理すると、以下のようになる。

この違いにより、実論くんの脳には鍛えられた知識が蓄積していくが、空論くんの脳には、ぶよぶよとした贅肉知識ばかりが増えていく。

結果、実論くんからは、実感のこもった、リアリティのある、面白い話が聞ける。
一方、空論くんがぺらぺら喋るのは、抽象的な言葉遊びであり、ごたくであり、机上の空論である。端的に言って、つまらない。


結局、ただやみくもにインプットとアウトプットを増やすだけでは、頭の中にガラクタがいっぱいつまっているだけの、つまらない人間になってしまうのである。



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ちなみに、この記事は、面白文章力クラブのみなさんにレビューしてもらいながら、書き上げました。
面白文章力クラブは、面白い文章を書けるようになりたい人が集まって、お互いの文章をレビューし合うコミュニティです。


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