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サハラ砂漠マラソン完走記

はじめに

 2019年4月。平成最後のチャレンジとして、僕はサハラ砂漠マラソンに参加をした。雑に言えば7日間で230kmの砂漠を荷物を背負って走る、世界一過酷なウルトラマラソンの一つという説明が適切であろう。自分の中で振り返れていなかったサハラ砂漠マラソンを、改めて何に価値を感じたかという点で振り返っておく。

 練習方法、準備物、感想を書いているnoteやブログは日本語/英語で検索をするとよくヒットし、僕が書いても目新しいものが無いという意味において文章の価値が少なくここでは割愛するとして、改めてどのような大会なのかという前提を整理した上で、なぜ参加者はサハラに出場し、感動し、完走し、何を持ち帰るのだろうか、ということをサハラマラソンの仕掛けにフォーカスし、私見ではあるがサハラマラソンを総括する。

サハラマラソン概要

 フランス人のパトリック・バウアー氏が35キロの荷物を背負いモロッコのサハラ砂漠の中を走った経験をもとにサハラマラソンが開催される。2019年時点で34回開催されている。

開催月:毎年3-4月、開催国はモロッコ。
コース:毎年異なり約230-250kmを6ステージ、7日間で走る。6ステージのうち、最初の3ステージは毎日約40km弱、4ステージ目は夜通し約80km、5ステージ目は42.195km、6ステージ目は5-10kmのチャリティーラン。

他レギュレーション:食料(14,000kcal以上)や寝袋などの必携品約7-10kg程度(0日目時点)を自分で背負うこと。(水と野営地のテントは運営から支給)。

参加者および内訳:2019年4月開催の第34回MDSは世界51カ国から約800人、うち日本人27人が参加。世界からの参加者内訳は約50%がイギリス人、次いで30%がフランス人、残りが他ヨーロッパ、アメリカ、日本、アジア、モロッコ、他と続く。日本人参加者内訳は男性23名、女性4名、年齢層は31歳から70歳。

参加費:3,600ユーロ(フランスからモロッコへの往復航空券、サハラ砂漠までのバス移動、レース中のメディカル、水、テントサービス、レース終了後のホテル2泊、レース前後の食事を含む。)

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実際に僕が背負った食糧たち

他:テント生活中の7日間は電波もなければ水洗トイレもシャワーもない。外からのコミュニケーション方法として、参加者にはGPSが装着され、応援者はレース毎のタイムや順位やリタイアしているかどうかが見られるようになっている。そして応援者は参加者にWeb経由でメッセージを送ることができる。参加者は毎回のレース後、だいたい17時頃にプリントされたメッセージをベルベル人の運営から受け取ることができる。(応援者→参加者への一方通行的なメッセージとなる)

なぜ、サハラマラソンに出るのか?

サハラマラソンにはパワーワードが並ぶ。
「世界一大きくて有名なサハラ砂漠」
「7日間のウルトラマラソン」
「荷物全運びの自給自足生活」
「世界一過酷なレースの一つ」
パワーワードが並びつつも、運営のオペレーションがしっかりしており、制限時間もかなりゆとりがあり、完走率自体は他のウルトラマラソンやフルマラソンよりも高い(第34回MDSは完走率95%)。
では、参加者はパワーワードだらけのマラソンを完走した!という事実が欲しいのだろうか?とんでもない、そんな承認欲求を得るには参加費と練習量がとても高くつくのであり得ない。それでは、このマラソンに来ている人たちは莫大な時間とお金をかけて何を期待し参加して、何を持ち帰っているのか?ここで整理する。

1)参加する前から期待して、期待通りあるいは想像以上だったもの
・砂漠のロマンス
・達成感
2)参加する前に期待してなかったが得られたもの
・グルーヴ感
・人間の社会性(人がいられるから頑張れる)
3)参加する前の期待とは異なったもの
・実際には完走は余裕であり、完走者がポジショントークで辛さを増しているのでは?という穿ったものの見方、考え方
1 )と3)は省略し、ここでは2)について具体例を挙げながら総括していく。

グルーヴ感の正体

 突然エモいワードが出てきてびっくりしてる人もいるかもしれない。そう、サハラマラソンは最高にエモいのだ。さてどのような仕組み(あるいは心理的作用)がサハラをエモくさせているのかを紹介しよう。
 パリはシャルルドゴール空港には、出発前日からサハラマラソン参加者が集まり空港近くのホテルに泊まる。多くの国から集まってきた彼らは、異様な雰囲気を発している。小さいバックパック、多くはサハラマラソン運営者から購入してるのでお揃いであるが、そうでなくても登山まではいかないにしろ小さいバックパックと寝袋と杖を備えた人が溢れており、遠目にもサハラマラソン参加者だとわかる。

 その集団だけで、皆似た格好をして、プライベートジェットで大陸を跨いだらどうなるだろうか?異世界に来たグルーヴ感と高揚感を感じるのだ。ポイントは、オリンピック選手とは異なりサハラマラソンにおいては選ばれていないのに一方的に日本代表の感覚に浸れる事である。事実、多くの選手は国旗を背負っている。彼らは公務員でも、普段から国旗を背負っている国益主義者でもないので、他人からの期待を日の丸に込めてこの地に来たのだろう。
 野営地に到着し、国別に別れたテントに案内され、名前と「JPN」が書かれたゼッケンが渡されると、僕自身もなんか勝手に日本代表になったような気持ちよさを感じていた。

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 また、毎回のレースのスタート地点では参加者がスタート30分前に集まり、主催のパトリックが車の上に立ち演説をする。多くはその日の誕生日の人の名前を読み上げて全員で祝うものであった。そしてスタート直前には爆音の音楽とともに皆で踊りながらスタートを切る。この仕掛けは、もはやフェスの一つのステージと同じ仕掛けである。しかも広大な砂漠のど真ん中である。そんなグルーブ感が、この惑星の果てにある過酷な絶望の土地の果てしない距離の砂漠のマラソンを、魅力的で美しくチャレンジングなマラソンに仕立ててくれた。

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人間の社会性(人がいるから頑張れる)について

 いきなり主語が大きくなったので、この人は詐欺師か?あるいは頭がおかしくなったのか、と言われるかもしれない。気は確かである、頭はもともとおかしいしこの文章にはアフェリエイトリンクもない。
 伝えたいことは、約230kmの果てしないマラソンは、決して一人の力では走れなかったという事だ。本当に一人ならば気力は1kmも続かないだろう。
なぜならば人間は本来怠け者であり、しかも我々の普段の暮らしでは文明のお陰で道も整い、かつ日常的に走る必要性がなくなっている。
 それが道なんてない、天候も最悪のサハラで10kmだって進もうと思えば、体力以上に気力が持たない。砂漠にはいろんな地形がありサハラの10kmは他での何km、などと一般化できないが、特に砂丘では1km進むにも地平線を何度か越えてはたどり着かず、を繰り返す本当の絶望を味わう。

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 なのになぜ絶望を乗り越えて走れているのか。それは運営(パトリック、医者、メディカル、カメラマン、メディア)が常にヘリを飛ばし、走っている貴方がたはエライ!といってくれる応援スタンスと何があっても大丈夫という心理的安心感と、参加者同士の声かけの文化によって参加者の気力はなんとか底を尽かずに延命し、そして見事に気力がなくなりそうなタイミング、約10-13km毎に設計されたCP(チェックポイント)により回復する仕掛けがある。それにより毎日クタクタになりながらもゴールができる。

 また、毎日ゴールした後は僕の場合はマメが12個できて、野営地を歩くことさえ困難を極めた。それは翌日の朝になっても同じである。しかしなぜ頑張れたのか。それは概要にも少し書いたが、応援者がいたからである。応援者は参加者のGPSを把握し随時メッセージを送り、参加者は毎日メッセージを受信できる。このメッセージが千鈞の重みを持ったのだ。
 もちろん学生時代の部活動で応援をし、応援をされる事もあったが、応援する事される事は当然であり、千鈞どころか空気と同じくらいの重さしか持たなかった事に気付き、今ならスポーツ選手がヒーローインタビューで言う「家族やファンの皆さんに支えられて」などの言葉がサハラマラソンを経てようやく理解できた。
 これらすべてが、人間の社会性をくすぐりながら参加者が頑張れるような仕掛けになっていたのだと思う。僕たち人間は、一人ではなく、複数人が存在し相互に影響しあっているこの社会の中で生きているのだ。

終わりに

 サハラマラソンで感じた空前絶後の達成感や眼を見張るような砂漠の美しさは、他の人のエントリーを参考にされたい。これを求めにサハラを目指し、実際にその地に立っただけで既に満足度は十分だ。加えて、上記で紹介した通り、グルーヴ感を高めることによりモチベーションを上げ、適度にテンション(負荷)を維持させて完走を容易にさせる仕掛け(システム)がある事により、素晴らしい環境を長い間心の底から存分に楽しめて、気づけばとてつもない距離を完走してしまっているのが僕の思うサハラマラソンの良さであり「本当の価値」だと、走り終わった後に実感した。
 色々と思いつくまま書き進めたら、当初書きたかった話から若干逸れてしまったがお許し頂きたい。
 サハラマラソンに対して自分は一生縁がない、と思っている人が、この仕組みを知ることで少しでもサハラに興味を持っていただき、楽しそう!自分も参加したい!走れるかも!?と思っていただければ有難い。
 僕だって「とりあえず」「ノリで」「背負うものもなく」出て走れてしまったのだ。単に走って達成感や充実感を感じたのみならず、この地は多くの気づきをもたらしてくれた。きっと何度出ても僕にとっての新しい気づきや大切な発見をもたらしてくれるのだろう。サハラマラソンに出て、これからも好奇心の赴く限り即断即決で動き続けようと、僕は確信をした。

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