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【Q3.拡大版立山黒部アルペンルート】4.雷鳥と私

 昼食は、バスターミナル待合室の売店で、ホットドッグを食べる。


 自然ガイドツアーの開始時刻になったので、集合場所である博物館入口で待つ。特に人が集まっている気配は無い。参加者は、結局自分一人だけだと言う。自分と、老齢の男性ガイドの二人パーティでツアー開始だ。


 何とも贅沢だ。二月に知床半島に行った時など、ネイチャーガイドツアーは全て満員御礼で、参加出来なかったのに。午前の様子を見る限りでは、今日の室堂にも、大勢の外国人観光客が居る。彼等の誰一人として、立山の自然や文化に興味が無いのだろうかと思う。
 ツアー参加者が自分一人だけなので、私の都合が良いようにコースを組んでくれると言う。ツアーが終わった後、今日の宿にそのまま投宿出来るようにしてくれる。有難い。
 博物館付近の道は、まだ凍った雪道なので足元に気をつけるように言われる。立山の湧水も、今はまだ凍っている。

 ガイドは、モンベルの登山ウェアを着ている。良い物だろう。
 始まってすぐに、シャッターチャンスが訪れる。至近距離の地表で小鳥が盛んに動き回っている。体表はダークブラウン。ガイドによると、日本固有種だという。名前も教えて貰ったが、撮影に手一杯でメモを取れず、そのまま失念してしまった。


 標高三〇〇〇米に近いので、周囲は高山植物帯だ。主要な樹木はハイマツである。山肌のある部分には、白く雪が残り、またある部分はハイマツの緑が露出している。雷鳥は、ハイマツの松ぼっくりの裏側の松の実を好んで食べると教えてくれる。
 再び歩いていくと、先の方に人だかりが出来ている。「あの辺には、オスの雷鳥が居るのだろう」とガイドが言う。その通りであった。近づいて行くと、岩の上に立って盛んに囀る雷鳥を、人々が取り囲んで撮影している。自分も参加する。野生の雷鳥は、こんなに人との距離が近いのかと驚く。



 人間の聴衆に囲まれたオスの雷鳥はしばらく独唱を続けていたが、突然奇声を上げて飛び立つ。観客の一人の男性の頭を踏み台にして、遠くへと飛んで行く。「そんなことアルの?」と思わず声が出てしまう。男性の頭に雷鳥が乗った瞬間をバッチリ撮影出来たと、隣の女性が言っている。
 「みくりが池」の少し先まで歩く。「みくりが池」の表記は、国土地理院と自治体と、宿泊施設とで少しずつ異なると言う。緑色の水面が美しいことで知られているのだが、今の時期はその半ば以上がまだ氷に閉じられている。これから夏に向けて、徐々に解けていくとのことだった。


 地獄谷を見下ろす展望スペースに寄る。以前は歩道を歩いて、谷の方まで降りていくことが出来たとのことだが、有毒ガスの濃度が濃くなったため、現在は立入禁止となっている。


 市街地を見下ろす。市街地の先は、富山湾があると思うが、見えない。
 ガイドは、顔見知りらしい中年男性と情報交換をしている。中年男性は、昨日ここでオコジョを見かけたが、素早くて撮影出来なかったとのことだ。大小の岩がゴロゴロしていて、身を隠しやすい場所に、オコジョは時折姿を現すという。
 オスの雷鳥は撮影できたので、次はメスも見つけたいとガイドが言う。だが見つからない。縄張りを主張するために、時に高所に立って囀ることで自らの存在を誇示するオスと異なり、メスは積極的に姿を見せたり鳴いたりはしない、その分発見は難しいと解説される。結局見つからないまま、ツアーの時間は終了してしまう。
 今夜の私の宿泊地の前で、ガイドと別れる。メスの雷鳥は、朝方と夕暮れに見つけやすいとアドバイスを残して去っていった。


 宿屋にチェックインし、今日の宿泊スペースである自身の寝床に荷物を置く。六人一部屋の相部屋で、二段ベッドの上段だ。大きさ的には、快活クラブのフルフラットルームぐらいの横幅で、縦幅は充分に長い。サンライズ号の、のびのび座席よりは全然広い。


 再び外に出る。山の夕方は早い。一六時を過ぎると、屋外を歩く人間の姿は殆ど見なくなる。たまにすれ違う登山者も、足早に今夜の宿を目指している様子だ。
 ハイマツの根元に、メスの雷鳥を見つける。ガサガサと動きながら、餌を探している。こちらを警戒する様子は全く無い。少しずつ接近してみる。
 直立不動で撮影をしていると、メスの雷鳥は少しずつハイマツの茂みから出てきて、歩道側に足を踏み入れる。至近距離まで近づいてくる。遂に自分の足元にまで来る。僕の靴の爪先と、雷鳥の身体が、同じ一枚の写真の中に収まる。



 希少な体験をした。来て良かったと思う。決して安くはなかったが、室堂で宿を取った甲斐があったと思う。
 
 火山ガスの出る土地なので、温泉も当然湧く。入浴し、夕食を食べる。山間地とは思えないほど豪華なものであった。追加で日本酒と白エビを注文する。食券制だ。こんな高地で白エビを食べるのは、何だか不思議だ。身分不相応な贅沢をしているような気がしてくる。


 部屋のどこかから、ドイツ語で会話をする女性達の声が聴こえてくる。なかなか寝付けない。自分は、軍隊生活や寮生活に適応出来ない種類の人間であることを、再確認する。
 鈍臭いことに、二段ベッドの下段に、シャツを落としてしまった。次の日の朝、共用スペースに丸めて置いてあった。



拡大版立山黒部アルペンルート・二日目までの行程


 この宿の温泉は、昼の清掃時間帯以外、二十四時間入ることが出来る。早朝から入浴し、三度写真撮影に出発する。山の朝は早い。山道には登山者以外にも、私と同類の、撮影目的の人間がちらほら居る。
 昨日聞いた場所とは異なる地点で、オコジョらしき生物の姿を二度目撃したが、いずれも早過ぎて撮影出来ない。撮り逃したが、それはそれで面白い。ポケモンGoのような位置情報ゲームを、リアルでやっているような楽しさがある。もちろん、順序としては先に自然観察や野鳥観察が存在して、その楽しさを、GPS技術を応用して電子媒体に落とし込んだのが現在のゲームなのだが。そしておそらく、その楽しさは吾々の祖先の原始人が狩猟や採集で生きていた頃に培われた本能的なものである。
 オコジョとかの、イタチ科の生物がモデルのポケモンは、何が居ただろうか? 

 これから山頂に向かう高齢女性の二人組から、何か良い写真が撮れましたかと声をかけられる。オコジョを見かけましたが、撮影は出来ませんでしたと正直に答える。


 早朝の立山は美しい。周囲では鳥達が盛んに囀っている。 

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