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「最低賃金1000円」実現で、これから日本で起きるヤバすぎる現実

2019年度の最低賃金の改定額が10月から各都道府県で発効されます

最低賃金を引き上げ続けるといえば、反対する国民はほとんどいないでしょう 同じように、最低賃金の引き上げペースを加速するといえば、低所得者層はみな喜んで期待することになるでしょう

しかし、引き上げのペースを上げ過ぎると、救済されると思っていた低賃金の人々が真っ先に解雇されてしまうというパラドックスをご存知でしょうか?

その理由というのは、大半の中小零細企業は人件費を大幅に引き上げる余裕がないため、廃業・倒産の道を選択するか、社員・アルバイトの人数を減らす選択をするか、基本的にはこの二択を迫られるからです 低賃金の人々にとって最低賃金は、最低限の収入を補償するという役割を果たしているのです

債務超過になっていないかぎり、多くの経営者は後者を選択し、事業の継続に努めようとします。その時に初めに解雇される対象となるのは、誰でもできる仕事しかできない人々、低賃金だから仕事がある人々です

これでは最低賃金の引き上げが、経済・社会にとって期待できる政策ではなくなってしまいます

もっとも社会が救済しなければならない低賃金の人々をかえって苦しめ、格差拡大を推し進める原動力になってしまうというわけです

新しい最低賃金は全国平均で901円と前年度比で3.1%上昇し、4年連続で約3%の引き上げを達成しています

都道府県別では、1位の東京が1013円、2位の神奈川が1011円、3位の大阪が964円となり、東京と神奈川が初めて1000円の大台を超えています その一方で、最下位が青森、岩手、秋田、長崎、熊本、鹿児島など、東北・九州の各県を中心に15県の790円となっています

最低賃金の引き上げ自体は問題ないのですが、日本経済の実力を超えて引き上げてしまうと副作用のほうが大きくなってしまうからです

実際に、政府が6月21日に閣議決定した経済財政運営の基本方針「骨太の方針」では、最低賃金の引き上げペースをこれまで以上に上げるということが示唆されました

そのような政府の方針があるなかで、7月30日に開かれた中央最低賃金審議会(厚生労働相の諮問機関)が徹夜の激論を経て、最低賃金の引き上げ率を前年度並みの3.1%で決着させたのは評価したいと思っています

5%という数字が遠のいたことで、過度に目先の副作用を懸念する必要がなくなってきたからです

「5%程度を目指す必要がある」という主張の背景には、「最低賃金を5%ずつ10年連続で引き上げれば、日本の生産性はきっと高まるはずだ」という誤った考え方があります

最低賃金の引き上げペースを拡大すれば、日本で大多数を占める中小零細企業が生き残るためには、有無を言わさず生産性を高める必要性に迫られるという論法なのです

その結果として、生産性を高められた企業は存続することになるし、高められなかった企業は淘汰されてしかるべきだという思考経路が働いているというわけです

果たして、中小零細企業が生産性を高める必要性に迫られることで、本当に生産性を高めることができるのでしょうか?

これは少し考えればわかることですが、5%を主張する識者の論理では「中小零細企業の経営者がやる気を出せば生産性を高められる」と言っているのと何ら変わりがないのです 「インフレになると信じればインフレになる」というインフレ期待と同じで、昨今の経済の実態を無視した単なる精神論の類にすぎないのです

そもそも、多くの中小零細企業の経営者が人件費の負担が増え続けるなかで、やれることはすでにやっています 決して識者の言うように、怠けているのではありません

地方の経営者でも収益が上がるというのであれば、雇用を削減すること以外のことはすでにやっているのです。中小零細企業にとってセルフレジやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などの自動化投資の負担は決して軽くはないですが、従業員の作業を減らして経営の効率化を図っている、または考えている経営者が少なからずいます

しかしながら、大多数の中小零細企業は自動化投資を目前にして、大きな壁に突き当たってしまいます

たとえば、小売業では自動化投資をしても回収の見込みが立たないことが多いですし、製造業では大量生産から少量多品種生産へと生産体制が変わってきているため、自動化投資の障害となっているのです 仕事の受注先の大手企業の方針に中小零細の製造業が逆らえるわけがありません

このような荒唐無稽な考え方が受け入れられてしまうのは、日本の現状をしっかりと把握することなく、生産性が低いという数字だけを見てしまっているからです

その数字の背景には、それぞれの国々によって生活様式や価値観、文化、税制、社会保障などに違いがあり、一概に並べて比較するのが適当であるとはいえません 生産性の計算にしても統一した基準で計算されてはいないので、絶対的な数字というわけではないのです

そこで注目しなければならないのは、各国の国民の生活水準はどうなのか、国民はその生活水準に満足しているのか、生活が苦しい国民の割合はどのくらいなのか、ということです

また、日本人と比べてアメリカ人やイギリス人などが豊かな暮らしをしているのかといったことにも目を向ける必要があります そうすれば、生産性という数字を引き上げるためだけに、何を犠牲にしなければならないか理解ができると思います

アメリカ政府の公式見解では、アメリカ人の6人に1人は貧困層、3人に1人は貧困層および貧困層予備軍です。今のところ、格差の拡大は史上最悪の水準にあるといわれています

イギリスでも大都市と地方の格差が拡大し、地方を中心に生活苦に悩むイギリス人が増えています アメリカでトランプ大統領が誕生し、イギリスがブレグジットで混乱しているのは、両国の国民の生活水準から見れば必然だったのかもしれません

グローバルに競争している企業は、最低賃金が5%上がろうが10%上がろうが、業績にほとんど関係がありません ところが、地方の企業はグローバル企業とまったく経営環境が異なりますし、とくに地方でそれなりに大きい企業では、雇用を守らなければならないと考えている経営者が実に多いのです

雇用を守るということは、なかなか生産性や利益率まで手が回らないのが現状です 利益率を上げるには雇用を削減すれば達成できますが、経営危機でもないのにそうする地方の経営者は稀でしょう

東京の大企業は利益を第一に求めて株主に報いようとしている一方で、地方の企業の多くは生産性を上げるより今の雇用を守るほうが大切であると考えています 生産性の議論をする際は、大企業と地方企業の経営者の視点は違うということを認識するべきです

日本も最低賃金は2003年度から2018年度までの15年間で32%引き上げています(2019年度を含めると36%上がっています)ので、決して上げてこなかったわけではありません

日本では最低賃金の引き上げが生産性の引き上げに関係しているという効果は、少なくともこれまでのところ確認されていません

そうであるならば、やはり真に注目するべきは生産性という数字ではなく、国民が今の生活水準や生活環境をどう思っているかです

常日頃から企業の経営現場を見ている立場から言わせていただくと、収益性が高い大企業は最低賃金を5%上げても10%上げてもほとんど影響がありません しかし、最低賃金の引き上げに余力がない中小零細企業は、社員やアルバイトの人数や労働時間を減らすしか選択肢がありません

冒頭に申し上げた通り、その時に苦境に追い込まれるのは、低賃金だからこそ仕事にありつける、特別なスキルを持たない人々です 結局のところ、最低賃金の大幅な引き上げは、もっとも社会が助けなければならない人々をさらなる窮地に陥らせてしまうのです

最低賃金の引き上げが進むにつれて、その水準に近い時給の人々が増えてきています最低賃金の改定後にその賃金水準を下回った労働者の割合を示す「影響率」という数値が、その状況をよく表しています

影響率は2008年度から2012年度にかけて2%~5%の水準にあったのですが、2016年度は11%、2018年度は13.8%にまで上がってきているのです 政府は全国平均1000円をより早期に実現することを目指していますが、900円を超えてくると影響率の加速度が高まってくるので、今後は雇用への悪影響を意識しておかねばなりません

そのように考えると2020年度以降の最低賃金に関しては、できるかぎり緩やかな引き上げにとどめていくのが無難です。日本は他の先進国より物価上昇率が低いので、いっそうの気配りが求められます

その際に、どの程度の引き上げが適切なのかと聞かれることがありますが、それは誰にもわからないことです ただ、敢えて申し上げるとすれば、2%程度の引き上げに縮めるのが安全策のように思われます

最低賃金を毎年引き上げ続けていくことで、生産性の低い企業が徐々に淘汰されていくのが避けられない流れですが、そこに勤める人々の多くはスキルに乏しいので、簡単には再就職することができないでしょう

ですから、そういった人々にスキルの習得を促し、労働市場に戻していくシステムを早急に整備しなければならないと考えています

若年層や低学歴層にスキルを身に付けてもらい人材育成の底上げをすることこそ、生産性の引き上げに直結する可能性が極めて高いからです

2019年度の国の一般会計では、公共事業関係費は6兆596億円(臨時・特別の措置8503億円を含めると6兆9099億円)となっていますが、そのうち1兆円だけでも恒常的に人材教育に回すことができれば、若年層や低学歴層だけでなくすべての層のスキルアップに役立つはずです

生産性という数字を引き上げるために深刻な格差社会になるよりは、人材教育の底上げによって低スキルゆえの失業を回避すると同時に、生産性も上げていくという前向きな政策のほうが、大多数の国民が賛成してくれるでしょう

ケインズの師匠でもあるケンブリッジ大学のアルフレッド・マーシャル教授は、学生たちをロンドンの貧民街に連れて行き、そこで暮らす人々の様子を見せたうえで、「経済学者になるには、冷徹な頭脳と暖かい心の両方が必要である」と教え諭したといわれています 最低賃金を大幅に引き上げるべきだと言っている識者は、冷徹な頭脳ばかりが鍛えられて、人としての心や感性が鈍くなっているのではないでしょうか マーシャル教授の言葉をぜひ心に刻んでいただきたいところです。


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