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あなたは犬騒音があるところに住みたいですか、それとも、犬騒音のないところに住みたいですか。 後編

 曲と曲の僅かな空隙、ほんの数秒の隙間、そのほんのすこしの空白がわたしのギザギザをさらに尖らせ発達させ、糜爛を増悪し、ひどくあわだたせ、凍えさせ、おびえさせ、おそれさせ、硬直させた。酷かった、今日は。界面は酸に侵された金属のように糜爛しながら、ギザギザは奥深くまでくい込み、わたしはホネガイのようにやせ細る。わたしは内側から泡だち、界面になるや糜爛し、ただ形骸のようなギザギザだけが発達していく。凍え、怯え、恐れ、硬直する。音楽が息を吹きかえすと、ふかく糜爛したギザギザのくい込みをほんのすこしだけ押し戻すことができる。すこしずつ、わたしは丸みをもって太っていき、ホネガイのようなギザギザを低くしていく。そう、音楽に守られて、音楽が鳴っているあいだだけ。だが、ほんの一瞬の音楽の仮死がギザギザをまたふかくくい込ませる。何も聞こえなくすること。耳をふさぎ、ひろがり流れ出ている感性の触手をすべて閉ざしてしまうこと。わたしを閉ざしてしまうこと。それが一番いいことはわかっていた。だがいくら閉ざしたところで、外界はわたしのなかに流れ込んできた。皮肉なことに、わたしのなかからいずみのように湧き出してくる。外界とわたしのあいだには、理解しがたいワームホールかなにかがつながっているようだった。いくらわたしがわたしを閉ざそうと、わたしのなかから外界はわきだし、とたんにわたしの内側だったところは外界との界面になってしまい、ギザギザと尖り、棘立ち、糜爛してしまった。そうなると、音楽はもう防壁としては役に立たなかった。わたしを満たすのだ。うつろだからこそ、外界が湧き出してくる。わたしに満たされていないわたしの亡骸のようなもの、酷いときのわたしとはそんなものだった。そのわたしに音楽を満たしていく。音楽を充満させることによって、外界の湧き出す泉に栓をしてしまう、これ以上流れ込んでこないように。どうじに、音楽の洪水によって外界からの穴をうずめ、ながしさってしまう。そう、つぎつぎにうがたれる外界からの穴を音楽の洪水によって洗い流してしまう。いや、わたし自身が音楽の洪水にながされ、ただよう形骸となってしまうまで。そう、わたしは隙間なく音に埋めつくされ、満たされた流れをただよう、人のりんかくをしたビニールのようなものになってしまう。内も外もない。緻密な音の洪水がわたしの外を満たし、わたしの内を満たしている。ひらひらとそこをただよっているわたしは海月などくらべものにならないほど、たよりない、ひ弱な、意志薄弱な存在となっている。音楽が途切れるたびに、わたしはわたしの回復度を知ることになる。ギザキザ、糜爛、あわだち、こごえ、怯え、恐れが息を吹きかえす。次の一瞬、音楽の洪水がまた満ちて、流し去っていく。わたしは安堵し、ギザギザは丸くなっていき、糜爛もひいていく。わたしは人のりんかくをしたビニールとなって音楽の洪水のなかをただよっている。だが、わたしを満たしているのは音楽の洪水でしかなかった。わたしがわたしを満たさないかぎり、音楽の洪水から抜け出すこともできなかった。いつ、どうして、何がきっかけになって、それが始まるのか、まったくわからない、ただ、ふと気づくと、わたしがわたしに満たされている。ひとつの目安はあった、音楽の仮死状態がなくなるのだ。そう、いつの間にか洪水はおさまり、わたしのなかから音楽が流れ出し、わたしのなかで音楽が回流をつくっている。この回流は外界からわたしを守ってくれた。外界に侵蝕され、侵入されてギザギザになっていくわたしの界面を慰撫し、糜爛を鎮めた。一種の内圧ともいえるような弾力と充実で、外界を防ぎ止めた。くぼみをおしもどし、慰撫し、糜爛を鎮め、わたしをなめらかに保った。たとえ、外界の象徴が斬りこんでくるようなことがあり傷口がひらいても、傷口はうちがわからつぼみが花開くようにふさがれ、なめらかに洗い流されていく。
 
 白い箱、白い部屋。二メートル四方の白い立方体。いや外装などどうでもいい。なかが二メートル四方の空間で、全面が白。完全防音で窓もない。出入り口の継ぎ目すらわからない。ドアを閉めきってしまうととけこむようにドアは壁に同化する。暑くもなれければ寒くもない。そんな白い箱のなかで、瞑想する。部屋を充たす無垢な空気は、それだけでわたしを幸せな気分にしてくれた。横になって。だから床になる面はここちよくなっている。胸のうえで掌をくむのもいい、目を閉じて。わたしはわたしに耳を澄ます。聴覚のさぐりを、わたしのなかにのばしていく。両耳から触手のようにのびだしていくそいつは胸のあたりからわたしのなかに溶けいっていき、ふかくふかくさぐっていく、すると、ある瞬間、わたしはわたしのなかにダイブする。するりとわたしの頭蓋骨を脱ぎ捨てて、わたしの深みへとダイブしていく。わたしは潜っていく。わたしの深み。ここはどのあたりか。感覚的にはお腹のあたりだった、脱ぎ捨てられたわたしの肉体はお腹のあたりにわたしを感じている。人の体なんてうすっぺらなものだ。そのうすっぺらななかに四次元的深みがあった。だがそれは、堂々巡りかも知れなかった。潜っても潜っても、ふかくふかく潜っていっているつもりでいても、実はつねに入口へと戻されている。潜れば潜るほど、今いるその地点が潜ってきた入口になっているような、そんな深みかも知れなかった。いや、だが、やがて、わたしの触手はなにかを感じとる、音だった。わたし自身の音。心臓の音。心臓から送りだされる血液が血管にこすれて流れている音。胃袋のなかの化学変化の音。やはり肝臓で起きている、胃袋のなかのそれとは別の化学反応の音。呼吸のリズム。腎臓で血液が漉される音、すこしずつ膀胱を満たしていく音……それらの音やそのほかにもまだ聞こえてくる音がひびきあい、響きあっているその音が聞こえなくなるところ、それがわたしの肉体の輪郭、水渚の膚だった。ダイブしたわたしはそこから外に出ることはできない。響きあう音に共振して、やがてダイブするわたしも響きあう音のなかにここちよくとけてきえていく。
 深夜、ベッドに横たわって、よくわたしはそんな白い箱のことを想った。そう、夜の闇のなかではここまで純粋な響きあう音に、わたし自身になれなかった。どんなにのびのびと夜の闇のなかにとけこもうと、むしろ夜の闇との親和性がそんなわたし自身になることをさまたげた。昼の光にさらされて、ギザギザと棘立ち、糜爛し、あわだち、凍え、おびえ、恐れ、硬直しているとき、わたしはそんな白い箱があれば、と思わないことはなかった。そんなとき、わたしの音たちは乱れていた。ある音が不自然に自己主張をくりかえしたり、かと思えばある音はしぼんでしまい、とけあうこともなく音と音とがぶつかりあい、擦れあい、引っ掻けあい、界面はギザギザとした棘となり、糜爛した。泡立ち、凍え、怯え、恐れ、硬直し、溶解した、わたし。そんなわたしを救えるのは、音楽でもなく、雨でもなく、夜の闇でもなく、あの白い箱、白い部屋以外にはないと思えた。音楽や、雨や、夜の闇はわたしを外界から守り、棘だち、糜爛し、泡立ち、凍え、おびえ、おそれ、硬直し、溶解したわたしをある程度癒やすことはできても、ふかみにまでたちかえってわたしの響きをふたたび調和させることはできなかった。二メートル四方に区切られた空間、壁は白く、暑くもなく寒くもない、窓もなく、出入り口の扉は閉め切ってしまうとまったくわからなくなる、もちろん、外界の象徴もそのほかのどんな音もこの空間には侵入できない。
 こんな白い箱、白い部屋の空想に、わたしは耽った。
 
 あまり人が多くなければ、雑踏はわたしをリラックスさせ、守ってくれた。大量の中国人が訪れる前の京都。あるいは感染症渦中の京都。雑踏ではそこに存在する人々に無関心でいられた。耳障りであろうが、ただすれ違い、通りすぎていくだけの存在。雑踏わきのオープンカフェのテラス席でひと休みするのが好きだった。他のテーブルで会話する男女、道路をすぎていくおばさんたち、子供たち、若い女性たち、目をとじて、雑踏となってからみあう話し声のひとつひとつをときほぐし、わたしのなかに声の主にたどり着き、それぞれの会話を聞き分けるのが楽しかった。厩戸皇子とはいかなかったが、そう、せいぜい、ふたつか、三つの会話なら、どうじに聞き分けて、内容を理解することもむつかしくなかった。そんなとき、わたしの響きはそこにはなかった。ただ行きずりの音の流れだけがわたしのなかに流れこみ、からまり、もつれあい、わたしを構成する。たまたまその音の流れが、そんな男女の会話だったり、京都を訪れたおばさんたちのはしゃぎ声だったり、車のタイヤの音だったり、子供の嬌声や、若い女性たちの声を抑えた会話だったりするだけのことだ。そんな絡みあいもつれあった音の流れを解きほぐすのは退屈しのぎにもなった。そう、脳が退屈しているのだろう、とつねづねわたしは思っていた。家にいるとき、わたしの界面が、あんなふうに、ギザギザと尖り棘立ち、糜爛し、あわだち、こごえ、怯え、恐れ、硬直し、溶解してしまうのは。雑踏は、脳の退屈しのぎには事欠かなかった。
 雑踏に疲れたら、テラス席を離れ、大通りから小路を二三本入った路地を歩きまわる。車の通行も多く、人も行き交う大通り、そんな大通りからすこし入った路地の静けさが、わたしは好きだった。好きという以上に、まったくしっくりきた。とおくにかすかに大通りの賑わいが聞こえるか聞こえないか、それはもう特定の大通りの賑わいというより街の呼吸音のようだ。界面はなめらかになり、わたしは人のかたちを保っていられる。そう、わたしの響きが乱れることもなく調和してしぜんに、ほどよいおおきさでわたしを構成し、その静けさはわたしに干渉してくることもない。干渉してくることはないが、わたしがむやみにのびやかになることやひろがることは適度に抑えてくれる。街の呼吸音とわたしの響きとはぶつかりあって、わたしの界面を構成した。そのぶつかりあいはここちよく、心地よいぶつかりあいがつねにおこり、わたしはわたしの界面とわたしを保っていられるのだった。この静けさは、あの外界の象徴のように、わたしに斬りこんでくることなどなかった。夜の闇のように、どこまでもわたしを拡散させてとけこませてしまうこともなかった。つねにぶつかりあって弾けているが、それがここちよかった。目を閉じてわたしを澄ましても、その静けさはわたしのなかに侵入することはなく、わたしの響きは乱されることもなく、響きあい、むしろととのって調和し、わたしを構成していた。この静けさのなかを歩けばあるくほど、わたしはわたしという純粋な響きにちかづいていく。外界の侵蝕に悩まされ、ギザキザと尖り、棘立ち、糜爛する界面が嘘のようだし、あわだち、こごえ、怯え、おそれ、硬直し、溶解しているわたしが、やはり気の迷いのようにさえ感じられる。どちらが現実なのか、わたしは疑ってしまう。いや、どちらも。どちらも、わたしに違いなかった。わたしに斬りこんでくる、あの外界の象徴も。うんざりする、憂鬱になる。考えただけで。調和しととのっていたわたしの響きの一部の音が大きく、はげしくなり、調和が乱れてしまい、界面は毛羽立ち、あわだってしまう、が、そんな一刹那のあとには、この静けさがぶつかりあい弾けあって、毛羽立ちや泡立ちをなだめ、鎮めて、わたしをあの心地よいわたしにまた戻してくれる。
 
 白い部屋。白い箱。もうひとつ、わたしは、二メートル四方よりはもっと小さい、そんな部屋のことを、空想することがあった。いや、部屋というよりそれは完全に箱だった。わたしの体だけが、しっくりとおさまる、白い箱。花の香りがするのは、わたしと箱の隙間を色とりどりの花が埋めているからだ。はじめてこの箱のことがわたしを支配したその日、ここまで空想し終えて、わたしははっとして、思わず一人笑いしてしまった。これは、まるで、棺桶じゃないか、完全防音という点を除けば。わたしはながながと、のどかに、その箱のなかにわたしをよこたえている。外界はすっかり閉め出されて、箱のなかにはわたしだけが満ちていく、わたしの心臓の音、わたしの血流の音、気道をこすっていく呼気の音、腸のなかを食物だったものが氷河のように流れていく音、腎臓で漉されて流れる血液の音、肝臓の解毒の音、脳みそのニューロンがのびたり、縮んだり、つながったり、切れたりする音、そんな音がひとつになってわたしを構成し、わたしの界面は花の香りに満たされている。そう、香りのなかにそれぞれの香りを放つ花がひそやかなささやきのようなかたちを保っている。わたしはその花のささやきのひとつひとつにわたしを澄ます。鼻腔から流れこむ花の芳香が、呼吸音に絡みあい、わたしの響きのなかにとけこんでくる。かさこそとした花たちのささやきが、界面をここちよく刺激する。ささやきは界面とたわむれ、わたしの響きのなかにとけこんでくる。花たちの芳香とささやきがわたしの響きの網の目のなかにとけこみ、満ちていくにつれてわたしの界面は骨抜きにされて、わたしの響きはあふれ出すのだった。わたしという輪郭から。花たちの芳香やささやきもわたしのなかにとけこんでしまい、いや、わたしの響きこそが花たちの芳香とささやきのなかにとけこんでしまい、いまや白い箱そのものがわたしの界面となる。頑丈で、分厚い、外界を断固として拒絶するひたむきな壁のような界面。白い箱のなかには、わたしの響きが充満している。いまや花たちの芳香もわたしの響きとなり、花たちのささやきも血流の音となにも変わりなくなっている。純粋なわたしの響きだけが白い箱を満たしている。時のながれに濾過されて、わたしの響きは分厚い石灰層にしみこんだ水のように純粋さにたちかえっていく。とつぜん、まぶしすぎる光の重圧がわたしを押しつぶす、押しつぶされたところは目、鼻、口、額など、光の容赦ない刻印をうける。わたしは驚いて、これも光によって刻印された上半身を起こしていた。文化祭の出し物で、わたしは棺桶によこたわる屍の役なのだった。もう四十何年も前の話だ。いや、ことによるとノスフェラトゥかなにかだったかもしれない。
 箱の蓋は取り去られていた。蓋が取り去られると同時に箱からあふれだしたわたしは、一瞬にして、光の刻印によって、爆縮したように、人のカタチに戻されていたのだった。
 
 白い部屋、という考えは、いつのころからかわたしの頭にこびりついて離れなくなっていた。初めてその考えがわたしをかすめ、傷つけていったのは、いつのころか。やがてその傷はふさがったが、そこには白い部屋という瘡蓋がこびりついていて、その瘡蓋は剥がれおちることもなく、ときどきによって様相をかえながら、成長しつづけてきた。そう、あれは高校一年の時だったか、「荘周、夢に胡蝶と為る」と『荘子』の一節を漢文の授業で朗読していた時だった、おそらく、ちいさな白い箱がはじめてわたしを傷つけていったのは。そのちいさな白い箱はある頂点を支点にしてくるくるとまわりながら、とつぜん頭のなかに現れた。「栩々然として」回転するその白いちいさな箱と朗読している荘周の胡蝶がかさなった。箱は胡蝶であり、胡蝶は箱だった。大学に進学して、独り暮らしをするようになると、しばしば白い部屋はあらわれるようになった。賽の目よりも小さかったその白い立方体は、いまでは立派な部屋になっていた。また、立方体ではなく直方体の部屋となり、向かいの壁には大きな窓がひらき、窓のしたには白いパイプベッドが居座っていた。パイプベッドはマットや布団もすべて白くて、何よりも清潔だった。そしてとても不思議なことに、部屋の壁はたしかに白いのだが、窓は扉も蓋も枠もなにもないただの開口部で、そこからさしこむ青空の色に壁や天井は染まっていた。だからといって、その開口部のむこうには空の青は見えず、霧かがったようになっていて、ただ海の気配だけが感じられる。そして、空の青を反映する壁や天井を、ときとして白い雲が流れていった。就職すると、壁や天井はもう空を反映することはなくなっていた。いつのまにか、開口部は外側から白い壁で塞がっていた。あいかわらず、白いパイプベッドが元開口部のしたに居座っていて、清潔な白いシーツ。あるときから、わたしは、その白い清潔なベッドに体を横たえたい、と願うようになっていた。現実の世界に、そんな空間を探し求めるようになっていた。賃貸マンションやアパートを転々とした。そして、気がついたときには、ある形容詞がつくようになっていた、「病院のように清潔で、無機質で、快適な」白い部屋。暑くも寒くもない、澄んだ、無機質な白い部屋。その白い部屋のその白い清潔なベッドのその純白のシーツにもぐりこんで、その無機質な空気につつまれて、ながながとわたしはわたしの体をよこたえる。のびのびと。もう、なにごとにも気を遣ったりする必要もなく、なにかに神経をすりへらしたり、わたしの響きを乱されたりすることもなく。わたしはわたしの響きにわたしをすまし、調和するわたしの響きはただひたむきにわたしでありさえすればよかった。ずっと、その白い部屋にいてもよかったし、いさえすればよかった。やがてわたしの響きはその無機質な空気に感染して、無機質な多孔体そのものになってしまうような錯覚に落ちることもあった。
 
 いつしか、その白い部屋がまた立方体に戻っていることに気がついた。窓は痕跡さえなくなっていた。二メートル四方の白い部屋。出入りに使ったはずの扉さえ、壁の白にとけこんであったのかなかったのかもわからない。いや、今足の裏が接しているこの白い面が、ほんとうに床なのかどうかもわからない。その白い面にわたしはわたしを横たえる。対角線上に。仰向けで横たわり、胸のうえで掌をかさねてみる。心臓の音にはじまり、いつもの音どもが響きあって、わたしを構成している。時は流れているのか、とまっているのか。わたしに意識があるとすれば、それはただ堂々巡りをくりかえす永久機関のエーテルのながれのようなものにすぎず、やがてわたしを構成するひびきのなかに沈みこみ、溶けていく。
 ずっと、その白い部屋の床や壁や天井をどんなものにするか、思いあぐねていた。もう以前のように「病院のように清潔で、無機質で、快適な」雰囲気をわたしは望んでいなかった。そんな雰囲気は、もう、わたしの響きにしっくりこなくなっていた。ある日、気がつくとべつの形容詞がこの白い直方体についていた。「無垢な」と、たしかにわたしは呟いていた。その無垢な白の部屋。いまわたしの界面と接しているこの面も、真上に見えるこの天井も、四方をかこむ壁も、みな無垢な白になっていた。その「無垢」という言葉はすぐにわたしにあるものを思い出させた。蚕の原種だという、女の小指の先ほどのちいさな繭。そのふんわりとした繭の雪のような白さ。驚いたのは、もともと、蚕の繭というのがそんなにも白いということだった。絹糸の白さというのは漂白でもしているものと勝手に思っていたのだ。こんなにも白いちいさいものが山野に息づいているなどと、紅葉する秋の山のなかにひっそりと息づいていたなどと、わたしにはなかなか信じられなかった。女の小指の先ほどのその繭はきっちりと空気との境を区切っているのではなく、おぼろげに無垢な白をただよわせて、空気との違いを主張していた。そう、あの繭のような白い無垢な空間。無垢な白い部屋。わたしを囲む六個の平面からは、ちりちりとした絹糸のように、無垢な白がおぼろげに部屋を充たしている。界面を構成するわたしの響きはただよいでてくる絹の原糸のような無垢のひとつひとつと、ひそやかなささやきを交わしはじめていた。
 あの繭が、ネイルを着飾っていた。あわいピンクに染まったネイルをちいさな真珠の雫がいろどっていた。繭から溶けだすシルクのちりちりとした糸のさきのひとつひとつが、わたしを構成するひびきのひとつひとつと、ゆっくりと、秘めやかにからまりあっていった。繭が触れるところふれるところ、撫でるところなでるところ、界面はぞくぞくとして毛羽立って微熱をふくみ、獲物の振動が蜘蛛の糸をふるわせてその中心にまでたっするように、わたしを構成する音のひとつひとつを震わせ、鼓動をここちよく搾りあげた。わたしを構成する響きという響きの隅々にまでからまり、果ては毛根のようにはりめぐらされた血流がなめらかに、しなやかにこすれ、わたしの響きをさらに膨らませていくのがわかった。繭から解けだしてくる無数の端緒がわたしの響きのひとつひとつとふかく絡みあっていった。繭からとけだしてくる糸はわたしを構成する響きのひとつひとつの音とからまりあい、音の根源にまでさかのぼって、わたしの音のひとつひとつにとけこんでくる。わたしを構成する響きはときほぐされ、わたしはわたしを解きほぐされ、繭の糸の巣へと、やはり、とけこんでいく。ふかく、はげしく。ただ、ネイルが触れたところが、灯がともるように、界面をとりもどす、それは、一瞬の乳輪だったり、刹那の肩の一部だったり、須臾の腰や、背筋だったりした。音のひとつひとつと繭の糸の端緒のひとつひとつは求めあい、からまりあい、糸は音の根源へ、音は糸のもとへ、どこまでもふかくしみこみ、侵しあい、とけあった。いつしか、まるで、つま弾かれた琴の糸のように、繭の糸とわたしの音はひとつになる。わたしが放出したのは、いまやわたしの音となにも区別がつかなくなった繭の糸の熱や快感なのだった。それによって、わたしは、わたしの音を、そして響きを、ゆっくりととりもどしていく。繭の糸ととけあってしまい存在していないかのようだった音どもがかすかに息を吹きかえしはじめ、わたしの響きがゆっくりと立ちあがってくる。わたしを構成する響きが、じょじょにわたしの界面をつくりなおしていく。
 「そんなことがあるのか?」とわたしは呟いた。
 「なに?」
「たとえば、美しい音楽を聴いて、こころが動かないような人間がいるなんて。そんな人間は、まるで、木石じゃない?」
 「あれ? そんなことも気がついてなかったの? やっぱり、かわいい、あなたって」
 「はあ?」
 
  この診断であなたのHSP(Highly Sensitive Person)の度合いを知ることができます。
  HSPは病気ではありません。
  繊細な自分を知ることで、自分や世界の見方を変えることができます。

 
 わざわざ心療内科などに足をはこぶことはなかったが、ネットの診断をためしてみるたびに、結果はほぼおなじだった。「中程度のHSP」。それで、ひとつ、疑問がとけて、不審も晴れた、なぜ、このことに関して、あの人たちはあんなに無関心でいられるのか、ということについて。九〇~一〇〇デシベルもあるあの音に対して、あの人たちがこうも無関心でいられるのか。九〇~一〇〇シベルといえば、たとえば、防犯ブザー並の騒音だ。その防犯ブザーが毎日毎日、こうも繰り返し鳴っているのに、無関心なのか。うちの敷地内でさえ、七〇デシベルある。音源に近いあの人たちのところなら、八〇デシベルくらいはあるだろう、なのに何故こうも無関心でいられるのか。もちろん、HSPなどといったところで、それはただの言葉にすぎない。だけど、そこで線引きができる。一般に、人は、五五デシベルを超えたあたりから、音を不快に感じはじめるといわれている。値が大きくなるほど不快に感じる人も増え、個人の不快感も増す。八〇デシベルを超えると、場合によっては、聴覚に障害がおきることもある。おそらく木石であるあの人たちは、それすらもないのだろう。そう、毎日の長時間の刺激によってすこしずつ聴覚が麻痺していくことにも気づかず、結局、九〇デシベルであろうが一〇〇デシベルであろうが、なんともなくなる。聴覚だけではなく、こころも摩耗し、傷害され、麻痺され、すこしずつ閉ざされていくのだろう。ゆるやかな変化に人は気づかない。これを、人の順応、といっていいのかどうかは疑問だが。とにかく、そうやって人は麻痺し、ならされていき、ついにはあれら木石となるのだろう。
 また、外界の象徴が斬りこんできた。こういう木石もふくめた、外界の象徴。わたしの界面はギザギザと尖り、糜爛し、ふるえ、凍え、怯え、わたしの響きはかき混ぜられる。
 
 また、あの外界の象徴が割り込んできた、わたしの界面をギザキザと尖らせ、糜爛させ、震えさせ、凍えさせ、怯えさせ、わたしの響きをかき乱す。わたしを構成する響き、鼓動、血管を流れる血液の音、空気が出入りする音、ゆったりと腸が動く音、肝臓の化学反応の音、腎臓が血液を漉しとっている音、その他にも、それらの音がつま弾かれた弦のようにひびきあっている調和を、あの外界の象徴は乱し、もつれさせる。乱れた音が、わたしの界面をギザキザと尖らせる。毎日、おなじことのくり返し。わかっているはずだ、あのオバハンには。なぜ、おまえの躾のなっていない馬鹿犬が、いつも吠えるか。おぞい声で。「おぞい」という言葉はよく母親が使っていた。「ひどく汚い」といった使い方をしていた。また、「年をとったもやふるびたもの」にたいしても、「おぞい」といっていた。皺くちゃでもさもさの、ひどく汚い感じだ。「おぞましい」に音が似ているので、そんなニュアンスも、子供のわたしは籠めるようになっていた。母親が死んですっかりその言葉を忘れていたわたしだったが、あの外界の象徴が、「おぞい」をよみがえらせたのだ。おぞい外界の象徴。それは、外界のおぞい象徴ではなかった。おぞい外界、あくまでも、その象徴なのだった。そして、その外界に、わたしの界面はギザギザと尖り、糜爛し、わたしを構成する響きはかき乱され、蹂躙される。この感覚、なぜか、中学一年のころのあの教室の情景が思い浮かんでくる。自習だというのに、クラスのほとんどがぎゃあぎゃあとわめきさわいでいる。注意している生徒もいるが、そんな声は届かない。ゴミをまき散らす連中、席を立ち、暴れ回る連中、そんななかでわたしは、離れたところでぽつんと自習している。いや、騒ぎのどんまん中で。わたしが離れたところと感じているのは、そんな連中との心理的な距離のせいだろう。突然、教室のドアが開き、隣の教師が静かにしろと怒鳴り込んでくる。すると今の今まで騒ぎまくっていた連中は一瞬で静かになる。教師が怒鳴り込んでくるまでは、いいかげんに静かにしろ、と連中を呪っていたわたしは、こんどは、もっと騒げ、騒ぎつづけろ。なぜ、教師に怒鳴られたくらいでしゅんとなってやめるんだ? と、怒りがこみあげてくる。注意していた生徒は勉強も運動もできる優等生で、そんな彼には、騒いでいた連中にたいするような悪い感情は持っていなかったが、ただ、やはり距離を感じていた。この優等生のような人間ばかりだったら、それはそれで息苦しいだろう、が、こんな騒いでいたような連中はさっさときえてしまえばいい。とつぜん、この騒いでいたような連中こそが世の中の大多数なんだ、となぜかそんな考えが浮かび、はげしい雷に撃たれたかのように、わたしは暗い、絶望した気分に覆われた。わたしはただしずかに本を読んでいただけだった、自習ということだったが勝手に自分の好きな本を読んでいたいだけだった、それをこの連中は頼んでもいないのにくだらない騒ぎでわたしをとりまき、その騒ぎに巻き込んでいく。数ヶ月前から始まった「新型感染症騒ぎ」もわたしにとっては、まさにこの教室とおなじだった。政府やどこかの知事が、この怒鳴り込んできた教師ではなかった。「新型感染症騒ぎ」に怒鳴り込んできた教師など存在しない。政府もどこかの知事も感染拡大防止に躍起になる医療関係者も、すべて、わたしにとっては教室で騒ぎまくっている連中にすぎなかった。あの優等生は後々生徒会長になったが、かれはどこへ行ってしまったのだろう? 彼のような人間すら、「新型感染症騒ぎ」の渦中には存在していなかった。また、結核やエボラなどにくらべて、新型感染症自体は、脅威には思えなかった。ただ、脅威にしているのはこの騒ぎだと、教室で騒ぎまくっているこの連中が、さらに騒ぎを大きくしているのだと、わたしは感じていた。そういえば、自習中のこの騒ぎも、はじまりはゴキブリ一匹にすぎなかった。
 こんな連中が、平気で、なんの配慮もなく、わたしの響きをかき乱し、界面をギザギザと尖らせ、糜爛させ、おびえさせ、ふるえさせ、凍えさせ、わたしを弱らせてくる。
 騒ぎたいヤツは騒げばいい、だが、もうこれ以上、他人を巻き込むのはやめてくれ! 騒ぎたければ無人島へでも行って騒いでこい! あの教室で、わたしは叫びたかった。
 
 廊下の「壺清水」の音、隣部屋の空気清浄機の音、釜の煮える音、わたしの指先の音、指先で茶筅が茶碗の底を擦る音、お茶の点つ音。その音だけに、わたしのこころは集中していた。ギザキザと尖った界面は、そのギザキザのひとつひとつが清流にゆらぐ藻のようにこころの流れるほうにむかって従順になびき、糜爛は癒やされ、怯えやふるえや凍えはこころの流れにとけこんで忘れ去られた。はっとして、わたしは今わたしがしていることをあらためて知り、意識をそそいだ。お茶を点てていた、茶筅を振っていた。かすかに、細かい泡のはじける音ともに、茶筅を茶碗からひく。お茶を点てているとき、無になっている刹那があった。今なにをしていたのか、はっとして、気がつくと茶筅を振っているので、そう、それが無になる前から連続する行為であると気づき、そのまま、お茶を点てる行為をつづける。だが、今このお茶を点てる行為が、いま茶筅を振っていることが、ほんとに無が射しこんでくる前からつづく行為なのか、どうか。思い出すにも思い出せず、また、無が射しこむ前からつづく行為であったという保証はどこにもない。ただ、いまここでこうしているから、無が射しこむ前からもここでこの姿勢でこうしていたのだろうと、推し量っているにすぎなかった。いや、馬鹿げている、無が射しこむ直前のことが思い出せないとか、この行為や姿勢が無が射しこむ前から連続する行為かどうかの保証がないなどと、馬鹿げていた。そう、それほど、この刹那に射しこむ無の断層が強烈だった。わたしという連続性が一瞬途絶えてしまい、忘れさってしまうほど。それでいてわたしは何事もなかったようにながれるように行為をつづける。茶筅を抜くとともにちいさな泡がはじけるかすかな音、茶筅の端が天板に触れる音、いったんとりあげた茶碗の高台がふたたび天板に触れる音……湯の煮える音、茶をすいきる音、ふたたび高台と天板との触れる音、また高台が天板とふれあう音、湯の煮える音、柄杓から釜に湯が注がれる音、わたしの右腕の衣擦れの音、柄杓から茶碗に湯が注がれる音、釜の口と柄杓の合がふれあう音、廊下の「壺清水」の音。そう、「壺清水」もさっきから音がしていたはずだった。ずっと、音は連続していたはずだった。目を閉じると、ここが、どこか山奥の、水のしたたりおちる岩場の傍らのようなイメージが浮かぶ。水面に落ちた水滴はちょっと水琴窟のような音色もおりまぜながら、わたしのひびきのなかにとけこんできた。れんぞくする水の響きがわたしの響きを構成するそれぞれの音と音のあいだにとけこみ、音のひとつひとつをつつみこみ、もつれているわたしの響きをすこしずつ、解きほどいていく。わたしの響きを構成する音のひとつひとつはうるおい、すべらかになり、なめらかになる。水の音はやがてわたしの鼓動とおなじところまでしみこんできて、頭のなかにひろがり、わたしを構成する響きのひとつとなる。「壺清水」がわたしのなかで響いている。水の音はひろがり、浸潤し、わたしが水の響きそのものになる。
 こんなわたしがわたしは好きだった。わたしらしい、わたし。あるいは夜の静寂がわたしの響きととけあい、夜のなかに溶けいってしまっているわたし。わたしを構成する響きの、そのひとつひとつの音に耳を澄ましているわたし。時も止まり、ただわたしだけがながれていく。この世界にわたしいがいなにも存在しなくなる。そう、たぶん、胎児の感覚にひたっているわたし。腹のなかで、大海を知らず、自分をつつみこむ世界に響く、もうひとつの鼓動や血流の音を自分とつながっている、自分の延長だと、外も内もなく、わたしと世界の区別もない、わたしも世界もない、ひとつの地平だと感じ、認知している未熟な感覚、その感覚にひたりきっているわたし。そのわたしこそ、この世の中で、もっともわたしらしい瞬間にちがいなかった。そんな瞬間瞬間をつみかさねて、わたしはわたしという流れになる。れんぞくする、わたしとなる。このわたしらしいわたし、わたしがもっとも好きなわたしの瞬間を、どれだけ、つづけ紡ぎだしていけるか。
 
 パソコンの画面をとじ、いまわたしは思いだし、むきあっている。なつかしいわたしと。雨がふっている。ガラスのサッシのむこうでは、新緑のかえでの葉のいちまいいちまい、その葉先からしたたりおちる水滴のひとつぶひとつぶの音が色とりどりに響いているのがきこえてくる。あの十六万葉の宇宙船どもはどうなったのだろう。虚無にむかって漕ぎ出していった木の葉のようだった宇宙船。わたしのなかの宇宙にむかって漕ぎ出した、これら楓の葉のような、あまい露をしたたらせる、うつくしい、みどりの葉。

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