見出し画像

【ニンジャスレイヤーDIY小説】グルメ・オブ・ロンリネス(メキシカンタコス)

※コレはウォーカラウンド・ネオサイタマ・ソウルフードに着想を得た、博多・天神エリアの店が舞台のエーリアス=サン食べ歩き二次創作です。


最高のメキシカンタコスが食べられる店が、中洲にあるんだ。行ってみたいニンジャヘッズは案内するから任せてね。
ここは福岡なのかネオサイタマなのか。そんなのはどっちでも良いんだよ。とりあえず深く考えずに読むんだ、いいね。

◆◆◆

ネオサイタマの路地は混沌としている。一本道を間違えるだけでややこしい目に巻き込まれることもあり、油断ならない。油断ならないとわかっていても、人間、疲れていればうっかりすることもぼんやりすることもあるわけで。長引いた仕事の帰り、俺は人波に流されてうっかり歓楽街のど真ん中まで入り込んでしまった。

立ち並ぶ無料案内所の入り口には「最高に満足」「あやしさはない」「全てを網羅する」とケバケバしい書体で書かれたハッピを身にまとうスタッフが屯している。

通りを挟んだその向かいには、看板を持った2人組の女性。まだまだ冷え込む季節だが肩と脚は思い切り露出されている。寒さを感じていないのか、それとも意地なのか。ふらふらと近寄っていく男性を横目に、俺は足早に立ち去る。

どうにかしていつもの大通りに戻りたいのだが、こうも全方向から客を呼び込む圧にさらされると方向感覚がめちゃくちゃになる。「おねぇさんカンワイイ〜!」「一緒にカンパイ、ね?」「アッ、結構です。間に合ってます……」気付けば先ほどの2人組に声をかけられ、腕を取られそうになり慌てて逃げ出す。

このままでは確実にヤバい。今日の仕事はかなり厄介で長引いたが、その分報酬も悪くなかった。そのせいで懐は暖かい。本当なら気前よく使っちまいたいところだが、勝手の分からないネオサイタマだと間違いなく俺みたいなのはカモられる。

さらにまずいことに、腹の虫まで騒ぎ出した。昼飯を食いっぱぐれたせいだ。ここは誘惑が多すぎる。早いとこなんとかしないと、後悔するタイプの散財をしちまう。

辺りを見回しても目に入るのは「カワイイ大学」だの「娘娘酒場」だの、到底腹の膨れなさそうな、それでいて財布の中身だけはすっからかんになりそうな看板ばかりだ。だから俺は「アカチャンこんにちは」や「きらめき王子様」の中に紛れ込んだ「メキシカンタコス」の看板にも一瞬気付かなかった。そう。メキシカンタコス。

電飾に囲まれた地下に続く階段の横に、慎ましやかなサイズの立て看板。気の抜けたサボテンのイラストと、「ン」か「ソ」か曖昧な文字で書かれた「コットンフィールズ」の店名。俺は直感した。ここは"マジ"だ。周囲の店とは明らかに違うアトモスフィア。この立地でメキシコ料理を出しているところが何よりの証拠だ。

もはや迷う必要はどこにもなかった。背後に迫る雑多な街並みと客引きの手から逃げるように、地下への階段へ転がり込む。狭い階段の途中にはさまざまなポスターやフライヤーが貼られており、少しだけ未知の店内への不安が湧いてくる。が、しかしここまで来て逃げ帰ることはできない。俺は腰抜けではない、真の!真のなんかこう、アレなのだ。

思い切って店内へ続く扉を開ける。「いらっしゃいませドーモ!」俺を出迎えた店員はニコニコと愛想良くカウンター席まで案内してくれた。店の内装は西部劇に出てくる酒場のようで、なんだが気分がワクワクしてくる。壁や天井にはネオン看板や電飾が飾られていて薄暗いのに賑やかな雰囲気だった。

俺がすっかりガンスリンガーのような気持ちになってカウンターに腰掛けると、そこには巻物めいた長さのメニュー。よく見ればすべてビールの銘柄だ。よく知ったコロナビールやケモビールはもちろん、聞いたこともない外国の銘柄まで揃っている。世界地図の上に所狭しと書き連ねられた商品名に、よくここまで集めたものだと感心する。

あまりにもビールの種類が豊富でワケがわからなくなってきたので、先にフードメニューの方を決めてしまおうと別のメニューを手に取ったところで、「メキシカンセット、コロナビールで!」という別の客の注文が耳に入った。俺は抜かりないので、すぐさまメニューの中からメキシカンセットを見つけ出す。

メキシカンビールにタコス、チリソーセージ、フライドチキン、サラダ。これならビールもいくつかの選択肢から選ぶだけで済む。何より空腹もそろそろ限界だ。「注文頼む!ええとメキシカンセット。そんでビールはテカテ、いや待てやっぱりコロナで」「ハイヨロコンデー!」厨房に戻ろうとしていたスタッフを呼び止め、無事に注文を済ませたところで改めてメニューをじっくり眺めてみる。

スペアリブもなかなか魅力的だが、2〜3本入りはひとりの胃袋にちょっとヘビーかもしれない。これは誰かを誘って食べに来るべきだ。……よく見ると、ピザやハンバーグ、カレーに紛れて鯖塩焼きセットなんてのもある。メキシコでも鯖を塩焼きで食べるのだろうか。それとも単に店主の趣味なのか。

その他にもパスタやサラダ、グラタンにドリアと商店街にあるような地元密着型の洋食屋めいたメニューが多い。いや、洋食屋にしてはビールの種類が多過ぎるのだが。改めて店内を見回すと、ギネスやコロナ、ケモビールにバドワイザーのような見知ったビールのネオンサイン看板があちらこちらに掲げられている。そしてその隙間に見たこともないような名前のビールのポスター。

手書きの掲示板には今月のおすすめ銘柄なんかも載せてあって、ビールに対する愛とこだわりを感じる。フルーツビールやチョコレートビールなんて変わり種もあるが、果たしてこれはメシに合うのだろうか……??

「メキシカンセットね!」しばらく店内を見ながらぼんやりしていると、俺のビールとタコスが運ばれてきた。コロナビールにはもちろんカットしたライム入り。ワンプレートにタコスやサラダ、チキン、ソーセージが盛られており、見た目にも賑やかでめちゃくちゃ美味そうだ!!

さらに店員はエプロンのポケットからボトルを取り出す。真っ赤なのと、鮮やかな緑ので2本。「これは?」「タコス用で、赤いのが辛いソース。緑のが辛くないソースです」それだけ言い残すと、他の客の注文を取りに行ってしまった。赤いのはわかる。多分チリソース的なやつだ。だが緑のソースの方は見当もつかない。なんだか店のライティングも相まって、かなりケミカルな雰囲気を醸し出している。

しかし熱々のタコスとキンキンに冷えたビールの前で、迷っている時間はなかった。「えぇい……イタダキマス!」筒状に巻かれたタコスを手に取り、まずはソースをかけずに頬張る。タコスの生地は揚げてあるようで、ザクザクの食感が楽しい。中に詰まったひき肉と、上にのせられた千切りキャベツの相性もいい感じだ。これはシンプルに美味い!

口の中に感じる脂の旨味をコロナビールでザッと洗い流すように飲み込む。それから、赤い方のソースを手に取った。店員はただ単に辛いとだけ言っていたが、どのくらいの辛さなのだろうか……?恐る恐るボトルを傾け、タコスの上にソースをかける。思ったより勢いよく出てしまったが、ソースの真っ赤な色が加わることで、タコスがより一層美味しそうに見えた。いやむしろソースをかけて完成する料理なのかもしれない。そのくらい完璧な見た目だ。

真っ赤なソース付きの部分に齧り付く。ソースは思ったよりも辛くない。この赤は多分トマトの色だ。熱々のタコスとは対照的によく冷えたチリソースは程よい辛さと酸味がきいていて、旨味の強いひき肉によく合う。コレは多分、ドリトスにつけてもめちゃくちゃ美味いはずだ。

うん、赤い方のソースがこれだけ美味いなら、こっちの緑の方も心配いらないかもしれない。相変わらず正体は予想がつかないが、とりあえず食べてみてもいい気がしてきた。

2本目のタコスに手を伸ばし、今度は緑のソースをかけてみる。鼻を近づけてみると、なんだか野菜やフルーツのような爽やかな香りがした。思い切って口に入れてみるとやはりフルーティな味わいで、見た目に反して青臭さは全くない。材料の内訳は全く想像もつかないが、とにかくさっぱりしててキレがあって、これまたひき肉の脂とマッチしている。

これは、かなり大正解かもしれない。思いがけず転がり込んだ店でこんなに美味しいメキシカンタコスに巡り会えるなんて、完全に想定外だった。ビールもキンキンに冷えてるし、チリソーセージには粒マスタード、サラダには皮付きのブドウとグレープフルーツまで添えられている。フライドチキンの揚げ具合も絶妙。非の打ち所がないプレートだ。

ひたすらに美味い料理とビール、そして空腹。その三つが揃えば完食はあっという間だった。最後に残していたグレープフルーツを齧ったところで、時計を見るともう22時を回ろうとしていた。まだまだこの歓楽街エリアはこれから賑やかになっていくのだろうが、俺には明日の仕事もある。

こう言う日は長っ尻せず、とっとと帰って熱い風呂に入り、寝ちまうのが良い。さっさと会計を済ませて地上へ戻ると、そこには相変わらず魅力的な客引きと圧の強い看板、そして無料案内所のスタッフ達。だが先ほどまでの俺とは違う。満たされた胃袋と、アルコールによる軽い高揚感。もはや歩みに迷いはなかった。上機嫌で帰路に着く。

歓楽街に迷い込むのはごめんだが、目的があって行くのは良いかもしれない。ただしあんまり女の、しかも借り物の身体で独り歩きするようなエリアでもないから、今度は誰か知り合いを誘ってから行こう。そうなると自ずと候補は限られるのだが、果たして目的地がこのエリアだと知ったら付き合ってくれるだろうか……?でも俺は次に絶対スペアリブを食べたい。それに、美味しいものはだれかと食べるともっと美味しく感じるはずだ。

店の場所は伏せたまま、まずは「最高のメキシカンタコス食べに行こうぜ!」と誘ってみたら、案外すんなり付き合ってくれるかもしれない。そもそも、フジキド=サンを連れてたら変な絡まれ方もしなさそうだ。週末あたり、声をかけてみても良いかもしれない。そんで、ニンジャの五感で緑のソースの内訳を分析してもらおう。

そう考えると愉快な気持ちになってくる。アルコールでほろ酔い気味のせいかもしれない。なんにせよ、友人感覚で声をかけられる相手がいると言うだけで、知らない土地での暮らしも案外なんとかやれているのだ。この身体のことも、そのうち案外すんなりと解決するかもしれない。

美味しいご飯はどうやら気持ちまで前向きにしてくれるらしい。あぁやっぱり絶対にまた来よう、コットンフィールズ。そして次こそソースの正体を突き止めてやるんだ。

これは多分なんらかの活力となるでしょう。