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アーリー期のスタートアップ投資におけるValuationの実際

皆さんこんにちは。藤原です。今回はValuation(企業価値の算定)のことを書いてみようと思います。

利益も出ていない(下手したらプロダクトもまだない)スタートアップに投資するときの企業価値ってどうやって決めてるんですか?というのはよく聞かれる質問です。業界で成果を上げられているベテランキャピタリストの方々などは「Valuationはアートだから」という、禅僧のような回答することがあるので、質問者の方が余計に混乱することもあるかと思います。

このnoteでは、一応の納得感を得るためのロジックを少しご紹介したいと思います。

通常のValuation手法は使えない

そもそも企業価値というのはその企業があげる(であろう)フリーキャッシュフロー(以下FCF)の総額をWACCを使って現在価値に割り引いたものです。これをDCF法と言います。

ただ、スタートアップの場合はFCFが出ていないことがほとんどです。というかFCFが出てたらそもそもスタートアップなのか?を疑うレベルです。なぜならFCFはざっくり言うと、

FCF = EBIT(1-税率) + 減価償却費 − Δ運転資本 − 投資

このように求められますが、スタートアップの特性として、
(1) EBITは大抵赤字
(2) 資産がないので減価償却費はゼロか、あっても少し
(3) 運転資本(ワーキングキャピタル)は事業急成長により増加傾向
(4) 投資は成長のためにガンガン行う
が言えると思います。総合するとFCFはマイナスになるので、WACCで現在価値に割り引くもクソもないということです。

DCF法が使えないということなので、マルチプル法でやってみるかと考えてみても、赤字なのでPERやEBITDA倍率は使えません。じゃぁPSRでいくにしても、売上が小さい間は非現実的な値が出ます。仮に予想売上高300万円、上場している同業他社のPSRを4.0倍とすると1,200万円。。。

そんなバリューで出資を受けたら(例え数百万円でも)おかしな事になりますから、絶対にやってはいけません。実は地方などではまだこういうおかしな(あくどい)調達が度々報告されています。天地の間にあるすべてのものを欲するは人の業というもの。ぜひ起業家の皆さんには気をつけていただきたいです。

他の算定根拠としてはユーザー数やARPPUの伸びとか、チャーンレートであったり、粗利の成長率などをこねくり回して屁理屈を述べる手法もなくはないですが、アーリー期のスタートアップにとっては少し惨めになってくる可能性があるのでここでは省略させていただきます。

Exitからの逆算で企業価値を求める

算定方法がないとは言え、今からやろうとしている投資に妥当性があるのかを示したいのが人情です。そこでよくやられるのが、

(1) 投資対象スタートアップのリスク度合いから得たいIRRを想定
(2) そのためには何%のシェアをExit時に保有しているべきか計算
(3) そのシェアを保有できるように投資時の企業価値を算定

という流れです。(1)の得たいIRRについては簡単に言うと「シード期でプロダクトもないスタートアップへのハイリスクな投資なので、リターンとしてはIRR80%くらいは欲しい」とか「このスタートアップは結構堅そうなビジネスだし事業もかなり進捗しているので50%くらいあればよいか」みたいなイメージです。

人にカネを渡して80%も利回りを取るとは何事か!と言いたくなるかも知れませんが、株式投資は融資ではありません。担保もなければ信用もない、実績もない、ただ起業家の熱い想いとピッチの資料だけがある、みたいなスタートアップに対して、早晩無価値になるかも知れない株式と交換におカネを出すのですから、これくらいの想定利回りがないと出資できないというのは、僕は自然なことと思います。

さて、仮にIRR80%を想定して、3,000万円を出資するとします。事業計画によると5年後に当期純利益2億円、時価総額50億円で上場するらしいと。この条件で企業価値はいくらまでなら妥当か?を計算してみてください。

3,000万円を80%で5年間運用したら約5.7億円になります。IPO時の時価総額50億円のうちの5.7億円分、すなわちシェアを約11.3%分保有しておきたいということです。

3,000万円を出資した結果として、保有シェアが11.3%になるのですから、逆算すると全体が2.7億円(3,000万円÷11.3%)であればよいので、出資後の企業価値(Post Money Valuation)は2.7億円です。従って、出資前の企業価値(Pre Money Valuation)は2.4億円(2.7億円-3,000万円)となります。

希薄化やIPO延期などIRRを低下させる因子

ここで注意が必要なのは、スタートアップの事業ステージが進んで、シリーズA、シリーズBと資金調達を重ねる度に保有シェアは低下していくということです。資金調達によって発行済株式数が増えるのですから、保有割合が低下するのは当然です。これを希薄化(ダイリューション)と言います。ですので、シード期に獲得したシェアがExitまで維持されることはありません。上記はそのIRRを達成するために最低限確保しなければならないシェアという意味で、できればこれ以上は確保しておきたい、言い換えると、2.4億円よりも安いValuationで投資したいし、2.4億円より高いValuationでは絶対に投資しないということです。

もちろん保有シェアを維持する(プロラタと言います)ように、次の資金調達でも追加出資(フォローオンと言います)すれば話は違ってきます。

また、Exitまでの期間についても注意が必要です。先ほど計算した条件で出資したものの、Exitまで5年のつもりが6年かかったとします。IPO時の時価総額に変更がないとすると、3,000万円が6年後に5.7億円になったのですから

$${3,000}$$万円 $${× ( 1 + IRR )^6 = 5.7}$$億円

この計算式をIRRについて解くと、IRRは63.3%くらいになりますから、Exitが1年延びたことで、結果として想定IRRが80%から20%弱ほど低下したことになります。1年延びただけなのに結構なインパクトですよね。

これ以外にも成長率が思ったほどではなく当期純利益が1億円で着地したらどうなるか、とか、途中でレスキューファイナンスが入ったため予想外にダイリューションが進んだらどうなるか、といったように、投資家のIRR(IPO時の時価総額)に影響を与えそうな要因を洗い出し、Excelでシミュレーションできる財務モデルを作成して、どの変数の変化がいちばん結果に影響を及ぼしそうかという感度分析をすることも重要です。

投資家の属性をよく理解する

今まで述べたようなIRRを重視するのは独立系のピュアVCが多いです。VCも投資家から資金調達しているという点においては起業家と同じで、その成果は主にIRRによって測られます。ですのでIRRを最大化させようとする動きを基本的にはしていきます。

実は一般にはあまり知られていないことですが、あるVCが「100億円のファンドを立ち上げました」と言っても、そのVCの銀行口座に100億円が入っている訳ではありません。A社からは5億円、B社からは10億円、C社からは8億円というように、ファンド出資者(「LPさん」と言ったりします)のそれぞれの出資約束金額(コミットメント)の合計が100億円だということです。

スタートアップへの投資が決まった段階でようやく、ファンド出資者のコミットメント割合に応じて出資金の払込を要求します。これをキャピタルコールと言います。なぜこんな面倒なことをするかというと、初めに全額を受け取ってしまうと、まだ投資先スタートアップも決まっていないのにその時点からVCファンドにとってのIRRの計算がスタートしてしまうからです。先ほどの例でも分かったとおり、同じリターンでも運用期間が延びるとIRRは低下します。

日本ではファンド出資者からのIRRに関する要求がそこまでシビアではないので、効率性を重視してある程度多めにキャピタルコールしておき機動的にスタートアップへ出資できる余地を残すことがありますが、IRR至上主義である米国のVCなどでは毎回毎回、面倒でもスタートアップへ出資するギリギリになってからキャピタルコールすることが多いようです。

これとは別にCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)は別の力学が働いていることがあります。IRRというのはあまり重視されておらず、どちらかというと出資額(予算)で見られたりします。「出資額2,000万円だったら予算内だけど、3,000万円はちょっと予算オーバーだからNGかな。」という意思決定が行われることがあります。

ですので、起業家の皆さんはCVCに対してはIRRがどうこうというより、シナジーの存在をちょっとだけ匂わせるとか、出資金額感で交渉をしてみる方が良い事もあるかと思います。

さて、時間のキリがちょうど良いので今回はこれくらいにして、また次のnoteにつなげていきましょう。良かったらコメント・高評価・チャンネル登録・あとTwitterのフォローをしてくださると嬉しいです。

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では次回、スタートアップ取材記事でお会いいたしましょう。今回はこの辺で。

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