其の十一

19:00までのシフトを終えた千田早苗は、そそくさと帰りの身支度を整え、勤務先のショップを出た。向かう先は西口改札前のチェーンのドーナツショップだ。

藤堂宏文からは「19:27着で行く」というLINEが届いていた。今19:07、ドーナツショップに着いてオーダーし席に着いたら19:12、コーヒーとドーナツ1つを軽く食べて19:18、化粧直しが終わるのが19:27、改札前に向かって宏文と会うのが19:30。

そこから行く先は、駅前から少し外れたラブホテルだ。勤務先とは駅を挟んで反対側。平日休憩3時間を終える頃には23:00。そのあと駅に向かい、宏文は上り、早苗は下りに乗って別れる。

「不倫は3年」と一般的には言われているが、かれこれこの関係を続けて5年目になる。

宏文はこの駅周辺のエリアに外回りに来た際に携帯を破損させ、たまたま早苗の勤務先にやってきたのだ。最初の接客担当が早苗になり、それから来店の度に番号札を無視して早苗を指名した。

早苗は普段は、ルール外の行動を取る客を一番嫌悪していた。それは正義感や真面目さから来るものではなく、その都度要らない対応が増えることが煩わしいという理由だった。

それが、宏文のルール違反に対しては特に苛立ちを持たなかった。端整な顔立ちの宏文に対して、少なからぬ興味が湧いていたからだった。

何度目かの来店で宏文が代替機を返却したとき、連絡先を交換した。そして、その日のうちに宏文と会い、関係を持った。
その時、宏文は35歳、早苗は31歳。お互い伴侶を持ち、宏文には子供もいた。だが、お互いまだ若く、生活と、それをなぞるだけで使い果たすことのない生身の身体を持て余していた。

宏文の端整な顔立ち、それは何故か少しの懐かしさと哀しさを早苗に抱かせた。
いつも21:30頃(それはたいてい一度目と二度目の間の小休止だった)、ベッドに寝そべる宏文の顔を見ては、そういう想いに浸った。

今まで一体何故だか分からなかったが、今日、あの平沢中で教育実習をやってるというバカっぽい女が記憶を蒸し返してくれたお陰で、ピンと来たのだ。

そうか、斎藤だったのか、あの顔立ちは。

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