【文字起こし】筆極道vol.1 其の四(選ばれた…)

※ 【】内は語り手の名前です。
※ 句読点、助詞や語尾の修正を適宜入れてます。
※ YouTubeの動画を聴きながら読むと、その場の雰囲気も一緒に伝わってオススメです!!

【千葉】
選ばれたのはクワガタだった。

【Baraki】
御茶ノ水で楽器を買ったあの青年は、実は趣味が昆虫採集だった。
ある日、「そうだ、最近は東北がかなりいい感じらしい」という事を、様々な友人から聞いていた彼は、ある日思い立って、東京駅から新幹線にパッと飛び乗り、十和田湖に辿り着いた。
近所の人に色々聞いてみると、十和田湖の東側にいいスポットがあると言うことを聞きつけ、向かってみる。
そこには、昆虫採集をする人達にとっては夢のような、甲虫だったりクワガタだったりが沢山飛んでいた。
しかし、その中で、ある木に止まっている、ある特定のクワガタだけは、どうしても自分の目が離せずにいた。
何だろう、この吸引力は。何だろう。
「どうしても、あいつだけは捕まえなくてはいけない!」
そんな使命感に駆られていると…

【一志】
突然クワガタの周りに大量の甲虫が集まってきた。まるでクワガタを守るように、一本の木に
何百匹もの甲虫が密集した。
それは最早もう木ではなく、ただの甲虫の塊であるかのような、ただその一点には、ただ1匹のクワガタが止まっていた。
裕二は目を離せずにそれをずっと見つめていたが、ただただ甲虫が増えるだけで、それを捕まえようも捕まえまいも、最早自分に関する事じゃないようにら裕二には思えてきた。
その瞬間だった。
クワガタは飛び立った。クワガタはとにかく高く高くら空高く、太陽に近づきらそのまま大気圏まで突入するような勢いでら空高く舞い上がったのだ。
とにかく高く高く飛び上がって、太陽に近付いた。大気圏に突入し、大気圏を出て、太陽に向かって飛び立ったのだ。

昔ギリシャのイカロスは
蠟で固めた鳥の羽根
勇気一つを友にして…

【美帆】
甲虫を逃してしまった私は、クワガタにされた。
クワガタにされて初めて、内田裕也という殺人犯の気持ちがわかった。
せめてもの情けでクワガタにされた私に僅かばかりの記憶の移植がされた。そこにあったのは、ただただ一人ぼっちにした私の息子の事だけだった。
青森の奥地で、少年に捕まりそうになった私は、息子のことだけを思い返し、ただただイカロスの翼のように舞い上がった。

【但馬】
昔ギリシャのイカロスは、蠟で固めた鳥の羽根、両手に持って飛び立った。
そう言い伝えられているが、私の息子、そう、私にとってかけがえの無い存在。
私にとっての弱点。彼の名は、アキレス。

【小野】
私にとっての弱点、アキレス。
それは、人であった時のような膨よかな肉も皮も無い、それはそれは細い、そう、クワガタの脚でしかなかった。
弱点も二個から六個に増えた。
僅かながらの記憶を移植された私、子供が心配な私、集まってきた裕也の記憶をもった甲虫たちに、弱点を気にしてなどいられない。
私はクワガタ、目の前のあいつらを倒すしかない。

【武】
「初号機はまだ、実験段階です!無茶です!!止めてください!!!」
「いや、このままいく!!」
そういって私は、コックピットに乗り込んだ。
「…上がっています!シンクロ率が!!」

【土井】
上がっています。シンクロ率が。
テレビ画面から、そう音が聞こえる。
最近のゲームは凄いなぁ、まさか虫に人間を乗せて闘わせることができるなんて。
しかもそれが…これは都市伝説でしかないかも知れないけど、実際の人の記憶が、そこに入っているらしい。
通りで、オンラインゲームなんて数千円で買えると思ったら、このオンラインゲームだけ三万円もした。それになぜか、発売後一週間経ってすぐに、発売が禁止されてしまった。
今ネット上では、凄い値段になっている。このIDを、十万、いや、人によっては凄い値段で買うだろう。
そうそう、そういえば何の気なしにネットを見てると、ある1人の人が、自分の全財産を掛けてでもこのゲームのIDを買い漁ろうとしているらしい。
何故だろう、私には分からないが、とにかく何か裏があるゲームなのかもしれない。息子に、
「ゲームは一時間で止めるんだよ。」
そう言って、
「次でセーブしたら止めるよ。あ、でもそしたら、この甲虫のデータが消えちゃうんだ。何か知らないけど、今日で全部アップデートされるから、今までのゲームデータがリセットされるんだって。」
じゃあ、今までの人たちの記憶があるならば、全て消えるのかもしれない。
まぁ、そんな事、考え過ぎかもしれないけど。

【千葉】
全米を席巻したそのゲーム、発売元の株価はうなぎ登りだった。そんなことはどうでもよく、母はただ、ただただ胸騒ぎがしていた。そのアップデートとやら、アップデートで記憶が消える?

【Baraki】
しかし、アップデートをする際に、普通にゲームの画面の中からアップデートするのではなく、一度ゲームの専用のサイトに行って、普通に購入をしなければいけなかった。そこに、
『このゲームをカートに入れますか?』
と書いてある。
どうしてもそのカートのデザインが、自分の記憶を必要以上に呼び覚ましていた。
何だろう、この親近感。
先祖代々受け継がれてきたような、確実に知っているこの、カートのデザインに、母親は、そして息子は、只ならぬ何か特別なものを感じていた。

【一志】
2052年、青森。
「中村さん、なんか向こうに変な人いるよ」
「ああ、あの人ね。いるんだよ、浮浪者で。ずっと。まぁ可哀想な人だからよ、頭おかしくなっちゃってさ、お婆ちゃんでしょ、居るんだよ。ずっと。いや、もうしゃうがないんだよ、あの人は。」
「中村さんこっち来ましたよ」
「うん、知ってる人だから…」
「佐藤さんですよね!ブラジャーって、東京の人、着けるんですか?ブラジャーって、東京の人は着けるんですかね、ユウジがね、ユウジが」
「あー、もう、よしこちゃん分かるけど、ユウジって誰だよ?ユウジってあれでしょ?小学生の時君が書いたあのなんか、カッコイイ男の子なんだから。君の絵なんだよ、それは。」
「いや、私、結婚して子供もできて…。え、でもブラジャーとかパンティーとかって東京の人、着けるんですか?どうなってるんですかね、佐藤さん!」
「私、中村だし」
「君はね、ずっと、ほら色々病気もなって大変だったけど、でもここでね暮らしてもいいし、でも区役所おいで、家も紹介してあげるから。」
「いや、ユウジ帰ってくるんすよ、きっと!」
5時間後。
「中村さん、あのお婆ちゃん、何なんですかねぇ?」
「いやー、あの人ねー、ここでああやってずっと旦那さんと息子、居もしないね、あの人結婚してないからね。居もしない息子をずっと探してるんだよ。
なんか昔から、小学校の頃から、女子小学校、女子中学校、女子校でずっと女ばかりの世界で男とか興味無かったから、男と接することなかったから、なんか考えちゃったんじゃないかなー。」
「お前佐藤、胡蝶の夢って知ってるか?お前が生きてる事だって蝶の夢かも知んないんだぜ?」

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