其の九

…ハッ、ハーッ

カラカラカラ

ん、あ、あれ、トイレットペーパーがないぞ?

西校舎3階トイレの一番奥の個室に斎藤は居た。
放課後、時たまやってくる抗えない欲望を一人で解消するために、個室に籠るのだ。

自宅の教員住宅のトイレは妻に気を遣ってしまうため"それ"をするには適していなかった。

結婚したらしなくなるものかと思っていたが、そんな事は全くなかった。
年を取るにつれ、週に2度から1度へ、週1度から二週に1度へと頻度は落ちたが、ほぼ定期的にそのオスとしての欲望は斎藤を襲った。

おいおい、トイレットペーパーが無いじゃないか。ちゃんと予備を置いておけよ、今日の当番は吹奏楽部か?

西校舎3階のトイレは3階のほぼ突き当りにあり、奥は屋上へと続く階段、手前は音楽室になっていたため、その掃除は音楽室を使用する吹奏楽部と合唱部が週替わりで行うことになっていた。

奥まっていて、かつ、個室側の壁は音楽室と防音壁で隔てられている。そのため校内の中で特に静かで、授業と部活の時間帯以外は誰も来ない。
それを格好の場所とみなして斎藤は、自慰を行う際にはいつもここに来るのだ。

確か、駅前でもらったティッシュが…あったあった。これで拭こう。

駅前でもらった性感マッサージ店のティッシュだ。
駅前には各携帯キャリアのショップ、ファーストフード店、ファミレス、回転寿司、居酒屋などの一般客向けの店舗の隙間を埋めるように、キャバクラ、ニュークラ、フィリピンパブ、性感マッサージ、ピンサロなどが入っている。
給料日やボーナス時期にはサラリーマンがそれらのいかがわしい店に消えていくのを見かけるが、斎藤は一度たりともそういう店に足を踏み入れた事はない。
安月給だから、というのは一因だが、それは自分の心に対する言い訳で、本当は度胸がないからだ。だから自慰すら妻に悟られるのを恐れ、校舎の奥の防音壁のトイレでするのだ。

ああ、参った、こんな事をするなんて、教師として、先輩として失格が俺は、ああ。しかしやっすいティッシュだなこれは、くっ付いて仕方ない。

ああ、参った、しかし、あの美菜子とかいう教育実習生め、なんであんな胸許の空いたシャツを着ているのにかがむんだ。見えるじゃないか、見えたじゃないか、赤色の下着を着けるなんて実習生としての節度はどうなってるんだ。

ああ、そういえば俺が初めてこのトイレに駆け込んだのは、あれは千田早苗のスカートがひらりと、ひらりとした日だった。懐かしい。

赤かった、あの時の千田早苗の下着も赤かったな、美菜子先生のものほど深紅では無かったが、あれは桃色ではなく赤だったな…

物想いに耽る時間も含めて小一時間経った頃、我に返った斎藤は人目につかないようにトイレを後にした。

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