【文字起こし】筆極道vol.1 其の二(ひょっこり現れた…)

※ 【】内は語り手の名前です。
※ 句読点、助詞や語尾の修正を適宜入れてます。
※ YouTubeの動画を聴きながら読むと、その場の雰囲気も一緒に伝わってオススメです!!

【美帆】
ひょっこり現れた路地裏で、女とぶつかった。思いっきりぶつかった。女は倒れたが、裕也は混乱していた。
もしかしてこの挙動不振を見られたかも知れない。そう思った裕也は、そのまま女を絞め殺した。

【但馬】
絞め殺した女をどこに隠そうか?
裕也はそう考えた。
またメルボルンに行き、カンガルーのお腹に入れてしまおうか?あそこなら、野比のび太の机も繋がっているんじゃないか。
裕也はそう考えた。

【小野】
いや、カンガルーに隠すのはやめよう。
野比のび太の机もやめよう。
手頃な大きさのアレがあるじゃないか。
あの老婆の持っていたあのカート。

【武】
そう、あのカートの名前はコバーン。
青春の匂いのする、カートの名前はコバーン。
そうだ!
そういえばあの時も椎名林檎を聞いていたっけ。椎名林檎の事を考えながら、裕也は一昼夜歩き続けた。一昼夜と思っていたけど、実際のところは四昼夜くらい歩き続けたので、気づくと周りは林檎畑だらけだった。
人々の言葉にも訛りが目立つようになり、どうやら此処は東北、津軽みたい。

【土井】
テレビも無かった。ラジオも無かった。
でも、私たち二人には、私と裕也の間には愛があったと思う。
あの時、ぼろぼろになって、埃まみれになって、
道を歩いてきた訳のわからない男が私の目の前で行き倒れた。
それを匿う形で私の家に裕也を連れて帰り、食事を与えた。
回復していく裕也を見て、私は心の底から喜びを感じた。 そして、いつしかそれは特別な感情へと変わっていった。
あの時に戻りたい、そう思った。
でもそれはもう、戻らない。
なぜなら、裕也は、甲虫。

【千葉】
十和田湖のほとりで、裕也と語り合った時は、甲虫になるとは思いもしなかった。ただ2人で「あの青函トンネルをぬければ自由になれる。」
そう、言っていたのに…。

【Baraki】
裕也の看病をしていると、そう、それはどの位の期間だっただろう。3ヶ月だっただろうか。
町での生活にも馴染み、自然に訛りも身に付けた。町の人々も、彼はもしかしたら地元の人なのかもしれない。そんな風に思わせるだけの説得力を持っていった。
裕也は、生活をしていかなきゃいけないということで、近くのカート工場で働くことになった。

【一志】
この人はもう本当に助からないんじゃないかと、拾ってきた時は思ったの。
目が覚めた瞬間に出た一言が「おっパブに行こう」だった。
私は"おっばぶ"のことを知らない。
役所の人にも聞いてみた。
広辞苑でも調べてみた。
しかし、誰もこの言葉を知らない。
ただ、裕也はその、大切な"おっばぶ"のことも忘れ、日々、青森の生活に慣れていった。
最初は私の実家の林檎畑をずーっと手伝ってくれたんだけど、途中でカート工場の方に就職をした。ただ自分の過去のことは一切語ろうとしない。何も、自分が幾つで、どこに住んでいて、家族はいるのか、今まで何をしてきたのか、何一つ語ろうとしない。
でも私は気にしなかった。彼の美しい瞳を見ていると、何の嘘もない彼の人生が私に伝わってくるから。
ただひたすら彼の事を信じた。

ある日、彼が、仕事に出ている時に、私が彼の荷物を整理していた。
その時に出てきた。
このブラジャー。
区役所の人にも聞いた。
「佐藤さん、東京の人は男の人もブラジャー着けんですかね?」
「いやーぁ、東京はこわいとこだかんね、わからん!男もブラジャー着けるかもねぇ。」
次の日、家に帰ると、
パンティーが出てきた。
「佐々木さん、東京の人は男の人でもパンティー履くんかね。」
「いまはネットも発達してるからぁ…!」
私は納得した。
…スカートが出てきた。
「区長さん!!東京の人はスカート…」
「…スコットランドの人は履くからねぇ!!」
私は、納得したにも関わらず、彼に対する疑念が少しずつ少しずつ募っていった。

【美帆】
「パパー、この甲虫なんか変だよやっぱり」
息子の問いかけに、私は黙ってしまった。
甲虫は、虫かごの中でひたすらにひたすらに暴れ続けた。
「パパー、甲虫、死んじゃうのかなぁ?」
既にもう死んだ人間が甲虫になっているという事を、私は一切誰にも言えない。勿論この息子にも。
だから私は黙って息子の話に耳を傾ける事しか出来なかった。
「ここで死んじゃうの、可哀想だよね。甲虫、逃してあげようよ」
私はドキッとした。この甲虫を逃してはいけない、決して。
そこに私の仕事もかかっている。
そして、この凶悪犯は例え虫けらになったとしても、もう一度野に放ってはいけない。
私は息子を咎めたのも束の間、息子はもう、甲虫を逃してしまっていた…。

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